(164話)

等持院

ところ     北区等持院北町63

暦応4年(1341)、足利尊氏が衣笠山の山頂にあった仁和寺の子院を譲り受け、この地に移築して等
持寺の別院として中興、改宗し天龍寺の夢窓国師を開山としたのが始まり。その後、尊氏が没した
ときこの寺で葬儀を行い、等持院とし天龍寺末寺となった。以後、足利将軍家の菩提所となった。
方丈と書院の前に広がる庭園は、夢窓国師の作庭と伝えられる。庭園は回遊式で、茶室「清漣亭」
と芙蓉池を持つ西庭と、心字池中心の東庭とに分けられる。特に西庭は、衣笠山を借景に取り入れ
石組みの間に草木、花木をあしらいており、書院に座って回遊式庭園を見れば心が休まる。
慶長11年(1606年)に豊臣秀頼によって復興されました。その後、文化5年(1808年)に多くの建物を
焼失しましたが、再建されて今に至っている「清漣亭」も当時の物か?
尊皇派の志士が等持院から尊氏 義詮・義満の木像の首を盗みだし、三条大橋の下でそれぞれ首に
位牌を掛け、「逆賊」の立て札を立てた。第二次大戦「朝敵の寺」として肩身の狭い時期がありました
が、現在では紅葉の観光名勝として楽しませてくれる.。

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