(15話)

蜘蛛塚

ところ 北区千本通北大路下ル十二坊町

今でいうと千本通は無数の卒搭婆が立ち並ぶこの付近の情景から千本と称
されるようになった。
「源頼光朝臣塚」別称蜘蛛塚は千本通の北、船岡山のふもとの、上品蓮台
寺の墓所におおきな椋(むく)の木の下にぽつんとあった。
「爪の皮 むいたところや 蓮台野 」 芭蕉
 
その昔、蓮台野は野辺送りの地だったという。
平安時代の中期というから約八百年前、源家の武将、頼光は原因不明の
熱病に悩まされた。
名医が診断したが、首を横に振るだけ。投薬の効果もない。水ごり、祈とう
。。。。。次々すすめるままに試みたが、いっこうに熱が去らず、頼光は病床
に伏したままうなされ続けた。
冬のある夜。頼光が熱にうなされ床につくと枕元にあやしげな法師が現れ
た。
「苦しめ、もっと苦しめ。乱世がほしい」
法師は真っ赤な口をあけて叫び、荒縄で頼光をしばろうとする。頼光驚き
のあまりぱっと寝床をけると、大刀を振りかぶり、法師めがけ切り付けた。
法師の姿はぱっときえた。
頼光は家来を呼び、あたりを捜させたが、法師の姿は見当たらない。ただ、
畳の上に真っ赤な血が点々と落ちているだけだった。
そのうち、夜は白々と明けた。頼光は、奇怪な法師が気になってしかたが
ない。家来の四天王に命じて探索を始めた。
四天王といえば大江山の酒呑童子を退治の渡辺綱。坂田金時。卜部末武
(平季武)。碓井貞光の四武将。さっそく四天王は点々とつづく血痕をたどっ
た。
血は北野の森「源平盛衰記」には北野のうしろとあり、北野神社の北側と
思われる)の大きな塚に続いて、その塚のわきでぱったり消えている。。。
四天王の一人。渡辺綱はわき差しを取り出し、塚を掘った。
2メートル余り掘ったところ、土がムクムク動いている。見れば体長1メート
ル以上の大きな黒い蜘蛛が苦しそうにうごめいているのだった。四人がか
りでこの蜘蛛をからめとってくし刺しにし、加茂川原にさらしものにした。
頼光にとりついた熱病がみるみるうちにおさまったのは言うまでもない。
現代、この塚は上品蓮台寺墓所の北隅にある。
そばに根をおろしたまるで蜘蛛の足のように伸び切った椋(むく)の木。
この老木を切り倒そうとした植木屋さんが、不思議な病にかかって死んだ。
以来この木の枝をはらおうとするものはない。
伝説なんですね。。。。現代でも伝説はいきて居るのですね。
 
源頼光天暦二年(946)満仲の長男として生まれ、摂津、伊予、美濃など
の国守をつとめた名将。のちに左馬権頭となって正四位下を賜る。栄華を
きわめた藤原(道長)時代に生きた武将。治安元年(1021)七四才で他界
数多くの伝説を残している。渡辺綱の大江山鬼退治と並んで、この土蜘蛛
頼光(らいこう)二代伝説の一つと言われています。

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