(145話)

宝厳院

ところ         右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町36

宝厳院 ほうごんいん)は、臨済宗大本山天龍寺の塔頭寺院のひとつ。寛正2年(1461年)、細川
頼之が聖仲永光を開山に招聘して創建。当時は現在の京都市上京区にあった。応仁の乱(1467
年- 1477年)に巻き込まれて焼失し、天正年間(1573年 - 1591年)に再興された、明治時代 河川
工事のため、寺域が買い上げられ、天龍寺の塔頭寺院のひとつの弘源寺内に移転した。平成14年
(2002年)、天龍寺方丈南側の現在地を購入して移転、再興した。
“獅子吼(ししく)の庭”と名付けられたこの庭園は、室町時代、禅僧(策彦周良)によって造られた
名園で、嵐山を借景にした枯山水式庭園である。
嵐山の全容を借景にする庭園は江戸時代の京都の名所名園案内記「都林泉名勝図会」寛政11年
(1799))にも掲載されていたほどの名園又近郊の竹を使用した垣 は自然のままに大胆な作り禅宗
などの創作
 
獅子吼(ししく)の庭
仏が説法する意味で、庭園内を散策し、鳥の声、風の音を聴くことによって、人生の真理を感じ取る
ように造られたのだそうだ。借景回遊式庭園。策彦周良の作庭。獅子の形をした獅子岩、岩から生
えている破岩の松などが有名。紅葉の名所。旧妙智院庭園は江戸時代には都林泉名勝図会にも
紹介された名園・・・・庭の後ろに山や樹木、竹林などの自然物等を庭園内の風景に背景として取り
込むことでより自然帯を立体し構成した庭作りだが現代高層建築の建設による景観の変化などで
破壊されて居る
 
蓑垣(宝厳院垣)豊丸垣(宝厳院垣)桂離宮垣・建仁寺垣・光悦寺垣よりも竹の特製を利用した処が
流石

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