(135話)

お水を集めるお人形

ところ        北区 小山下総町 

今は昔、高陽親王(かやのみこ) という皇子さまがと言う人がいた親王は、桓武天皇の御子で、
細工名人だった。
京極寺という寺があり、この寺は親王が建てたものであった、その京極寺の前に河原には田が
ありこの寺のものであった。 ところが、天下が旱魃した年、ほとんどの田が旱魃で枯れたと騒動
していた。
その中、京極寺の田は賀茂川の水を引き入れて作った田なので、賀茂川に水がなくなると、田
が庭のようになって、苗も枯れて赤くなり始めた。そこで、高陽親王はこれに対処するべく、高さ
四尺ほどの、両手に器を下げた子どもの人形を造って、田の中に立てた。 これは、人形の持っ
ている器の中に水を入れると、それを受けて顔に流しかける仕組みに作ってあった。
これを見た人が、水を汲んで人形の器の中に入れると、これを受けて顔に流しかけたので、面白
く思って聞き継ぎ、京中の人が市のように集まり、人形の器に水を入れては、興じ騒ぐこと限りが
なかった。そうこうするうちに、その水は、自然と流れ落ちて、田に水が満ちてきた。 田に水が満
ちたとみるや。
人形の話が人づてに都中に広まり、見物人が押し寄せてきましそして、皆が人形の仕かけを見る
ためにお椀の中に水を入れましたので、あたりは再び水を得てよみ返ったという。
これは、面白い工夫であるが、これも親王の細工の巧みさ、風流の至りであると、みな誉めたと語
り伝えている。・・・・・・・『今昔物語集』24巻2話

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