(134話)

桂川の餅屋の娘

ところ        西京区桂浅原町

京の町外れに住むある夫婦に、待望の赤ちゃんが授かりました。あきらめかけていたときでした
ので、二人は大そう喜び。
さて、お腹の子がそろそろ産まれそうな気配になってくると、男は心配で心配でいてもたってもい
られなくなり、丹波の老ノ坂にある子安地蔵に、安産をお願いしに出かけてきました。
丁度その時、折り悪く別のお地蔵さんがやってきて、「子安地蔵さま、私の知り合いに難産でひど
く苦しんでいる母親がいます。どうか一刻も早くあの苦しみから救ってやってください」と頼みました
ので、子安地蔵は「はてさて困ったものよ。我が身は一つ、同時に二人のお願いを聞いてやること
もできず、どうしたものかな??!」としばらくの間考え込んでおりましたが、「やはり苦しんでいる
者を先に助けねばならんでな・・・先の方、申し訳ないが、ここで待っていて下されや」と言っておい
て、後から来た地蔵さんといっしょに出かけてしまいました。
男は家に残してきた妻のことが気がかりでなりませんでしたが、ここまで来た以上手ぶらで帰るわ
けにはいきません。そして、やっとのことで帰ってきた子安地蔵をせきたてるように家へと向かい
ました。
その道中、子安地蔵は大そうなすまなそうな声で、「お前の妻はな、実は難産の末に子を死産す
るという運命にあったのじゃ。しかし、多少でも関わりあったが何かの縁、今回は何とか赤児の命
も助けてやろう。だがな、その代わり、その子は十八になった年に桂川の主に命を捧げることにな
るだろう。それだけはわしの力ではどうにもならないのだよ。」と言いました。
男は混乱した思いの中で、それでも今はただ、妻と子の安産を祈らずにはいられませんでした。急
いで家に帰ると、まっ先に妻の寝ている部屋に行き、妻が子安地蔵の約束通り元気な男の子を産
んでいるのを確かめると、ほっと胸をなでおろしました。
男の子は二人の愛を一身に受けて、やさしい心根のまますくすくと育っていきました。あまりに元気
なその子の様子に、父も母も、子安地蔵の言ったことが誤りであるような気さえしてきました。
そんな折、男は偶然にもお役所から、桂川の守り役の役を仰せつかったのです。再び男は不安に
さいなまされ始めました。こうなったら桂川の水に異変がないことを祈るばかりですとうとう男の子
は十八の年を迎えました。
不思議なことにその日から大雨が降り続き、桂川の水があふれんばかりに水かさを増してきました
父親は動転しながらも覚悟を決め、立派に役目を果たそうと桂川に出かけた時、息子が声をかけ
ました。・・・・・
「お父さん、今日はお願いがあるのです。私ももう十八です。りっぱにお父さんの代わりがつとまる
年ではないですか。どうか、桂川のことは私に任せて、家にいてください」そういうなり、父親の止め
る声を振り切って笠一つもち雨の中を飛び出して行きました。
父親はこれも全て運命だと悟り、妻に息子の最後がきたことを告げました。そして、息子の亡がら
を持ち帰るため、後を追って桂川へと向かいました。
先に出た息子の方は、桂川まで走り通しでしたので、とてもお腹がすいていまいそこでまず腹ごしら
えをしようと、川のそばにある餅屋に入り、名物の餅をたらふく食べました。
さて、代金を払おうとして金額を問うと、餅屋の娘は「百貫です」と言います。あまりの金額にびっく
りしながら、あいにく持ちあわせのない息子は、娘に編み笠を渡し、「悪いがこれを代金の代わりに
とってくれ。そして、もしも私が死んだら、この命、編み笠一枚のものだと思ってほしい」と頼みます
と、娘は「私も一緒に連れていってください」と申し出ました。
息子が命を失うことにもなりかねないと説得をしますと娘は意を決したような真剣なまなざしで話し
始めました。
「実は私は桂川の主なのです。今日はあなたのお命をいただくはずだったのですが、あなたのやさ
しさに心をうたれました。あなたを六十一の年まで生かしてさしあげましょう」そう言って娘は桂川に
姿を消しました。後から来た父親が息子の無事な姿を見て喜んだのは言うまでもありません。
その後桂川にはもとの静かな流れがもどり、息子も六十一の年まで、病気一つせず、生きのびた
ということです。                               [京都昔ばなし]より
 
余談
平安京造営の時、現在の右京区京北町の木材を京都に運搬するなど、桂川の流れは丹波と山城、
摂津の木材輸送によく用いられた嵐山までは保津川(ほづがわ)などと名を変え、嵯峨より南の下
流域を桂川と呼ぶようになったとあり「土佐日記」935年(承平5年)では桂(津)などは湊町として栄え
た菅原道真太宰府に左遷された時都を離れ桂川から大阪船で九州。桂川の氾濫多く川沿いの庄屋
(旧家)の吹き抜けの天井に避難用の船が備え就けていた。

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