(130話)

お半長右衛門の供養塔

ところ         京都市右京区西京極衣手町

『桂川連理柵』(かつらがわれんりのしがらみ)作品の真似をして心中をする者が続出するよう
になったため享保8年 (1724) に、幕府は心中物の上演の一切を禁止した。
   ・・・・・・・菅専助作の浄瑠璃,またこれに基づく歌舞伎劇。1776年初演。・・・・・・
38歳の帯屋長右衛門と14歳の信濃屋の娘お半の情話を描いたもので,長右衛門がお半との恋ゆえに
継母や義弟からいじめられるのを,貞節な女房お絹がかばう〈帯屋〉の場が有名。
             「桂川連理柵」安永五年十月十五日初日
京都柳馬場押小路の帯屋長右衛門、隣家信濃屋の娘お半の伊勢参り下向と石部の宿でゆきあい、同
宿します。その夜、お半はお供に連れてきている丁稚の長吉にいいよられ、長右衛門の部屋へ逃げ
込み匿った長右衛門と契ってしまいます。それを見ていた長吉は、腹いせに長右衛門が預かっている
正宗の刀をすりかえます。その後、帯屋の隠居繁斎の後妻おとせ、その連れ子の義兵衛により、長右
衛門はおとしいれられそうになるのですが、長右衛門の妻お絹の機転によりことなきですみます。しか
し長右衛門は、お半の妊娠・正宗の刀紛失で死を覚悟していました。
そんなとき、お半は書き置きを残し桂川へ死に行ってしまいます。。長右衛門は、15〜6年前芸妓の岸
野と桂川で心中しようとして相手だけ死なせてしまっていることから、岸野がお半と生まれ変わり自分を
死へ招きよせる因果をかんじて、お半の後を追い、桂川で心中を遂げてしまいました。
事実は・・・・・
中京区柳馬場押小路の帯屋の主人。長右衛門は、38歳の中年男で彼は、隣の呉服商の信濃屋の亡
くなったご主人に、5歳まで育てられた。?孤児だったのかも?で、帯屋の跡取り息子として、帯屋に養
子に貰われた。現在ここには、老舗の【茨木蒲鉾店】
お半:中京区柳馬場押小路の呉服商、信濃屋の娘で年齢は14歳です。信濃屋の娘、お半が、大阪に奉
公(行儀見習いかも?)に行くので、長右衛門は、信濃屋の主人から保護者を頼まれます。で桂川の渡
船場で出発を待っていたところ、悪者(泥棒)に所持金を奪われ、と同時に殺されます。
悪者は二人の(裾の長い着物の)竪褄(たてずま)を結びつけて、あたかも、二人が心中したかのように
偽装し、川に流したその時、長右衛門は38歳、お半は14歳だった。
このような衝撃的な心中事件は、(偽装心中事件)、その年の差が離れていたことから、噂が噂をよんで
話が拡大した。
 
この近郊,嵐山から約3k程下流にあり水路がカーブしていて昔から水害も多い在原業平が藤原高子を
背負って,芥川から長岡への逃避行と同じのようだ。業平と高子は,追っ手に捕まり連れ戻された地で
もある、2人の供養塔の1基は「法華塔」、いま1基は「法花塔」と刻まれており、大水害犠牲者の供養塔
とか、桂川の堤防を守る水防の碑。

HOME *** *** NEXT