(126話)

蛸薬師堂

ところ             中京区新京極蛸薬師東側町五〇三番地

蛸薬師堂は、正式な名前を「浄瑠璃山 林秀院 永福寺」と言い、元は二条室町にありましが。秀吉の
時代、都の東の端の城壁代わりに寺院を集めた寺町を造った。
平安時代末期に室町に一人の富者がおり出家して林秀と名乗り、毎月欠かさず比叡山根本中堂の薬
師如来へお参りをしていた。林秀は歳を重ねるに従って根本中堂への山道が厳しくなり、薬師如来様
の仏前で、「私も、年老いて年来の月参りも出来なくなります。 どうか薬師如来様のお姿を一体お与え
下さい」と祈願をすると。
その夜、夢枕に薬師如来様が現れ、お告げになられました。「昔、伝教大師(最澄)が、私の姿を石に彫
り、比叡山に埋めている。これを持ち帰るがよい。」 林秀は大喜びし、翌日薬師如来様の示された所
を掘ると、瑞光赫々とした立派な石の御尊像を得る事が出来ました。
この尊像を持ち帰り、六間四面のお堂を建立し永福寺と名付けた、石像は秘仏で、八年ごとのご開帳
の時に公開される。
蛸薬師堂云われは鎌倉時代(1249〜1256)のこと。永福寺に善光(ぜんこう)という若い僧が住み込み修
行をしていた。ある日、母親が病気になったとの知らせにより、善光は急いで母を寺へ呼び寄せて看病
するがいっこうに回復しない。そんなある日、母は「むかし好きだった蛸を食べると病気が良くなるかもし
れない。蛸を食べたい。」と・・・・しかし、善光は僧侶の身で、蛸を買いに行くことを躊躇しておりましたが
、病弱な母のことを思うと決心した箱をかかえて蛸を買って帰りました。
町の人々は僧侶が生魚を買った事に不審を抱き、善光のあとをつけて寺の門前で、箱の中を見せる
ようにと彼を責めました。善光は断ることも出来ず、一心に薬師如来様に祈り「この蛸は、私の母の病
気がよくなるようにと買ったものです。どうぞ、この難を助け下さい。箱を開けると蛸はたちまち八足を変
じて八軸の経巻となり霊光を四方に照らしました。
人々は皆合掌し、南無薬師如来と称えると不思議なことに、この経巻が再び蛸になり、門前にあった池
(今の御池通の由来となった御池)に入り、瑠璃光を放って善光の母を照らすと、病気はたちまち回復し
ました蛸薬師では毎年12月31日10時より「大晦日恒例大根炊き」が行われ親しまれている。

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