(12話)

弁慶石

ところ 中京区三条通御幸町弁慶石町

弁慶石の話は全国に数多くあります、それだけ人々に感動を与えた伝説上の人物。

その昔、五條大橋に出没した弁慶、力が強くて、この巨石を「エーイッ!」と投げつけ
たところ約二。五キロも離れたこの地に投できた。 いや、弁慶が比叡山から投げた
んだともいう”弁慶石”
三条大橋を西へ三百五十メートル行った所に其の石は立っていた。一度は通りすぎ
てしまうほど、三条通に面してはいるが約二坪程のあき地に、立て札とともに意外
と新しく、きちんと石はあった。
その由来書に______
この石は幼少のころ住んだ三条京極にあって、弁慶がとてもかわいがっていたが、
義経を守って奥州へ逃げ、高館で立ち往生の最期をとげた悲運の豪僧”弁慶”を
したって、その死後、京極から奥州へ移された。が
この巨石、ある日突然として大声で怒鳴りだし”三条京極に往かん”とわめき出した
のだという。その奇跡と前後して高館地方に熱病がまん延し始めた。
人々は「弁慶さまのたたりだ。この石を弁慶さまの生まれ故郷にかえそう」と約五百年
前の室町時代、淳徳三年、三条京極に移し、以来当町を”弁慶石町”と名づけた。
その後、石は、明治二十六年3月、町内の有志により同町へ引きとられ、昭和4年に
この場所に建てられた。
文字通り、アイドルとなった弁慶石は「男の子がさわれば、力持ちになる」「火魔、病魔
からのがれることが出来る」といい伝えられ、町内の守り神としてたて奉られてきた。
ある銀行が土地を買い取り移動させて、比叡山からお坊さんが祈とうにきて。お坊さん
が山へ帰った直後に大雨と嵐が来て京の町が半数壊れた(室戸台風)その後にどこか
らか行者がたづねてきて祈とうの最中、息をふきっけると石が”ビュービュー”というて
泣いて、弁慶を恋しがったとか。
石を見ていると弁慶の顔に見えてくる、なにせ狭い道、カーラッシュたちまち交通事交
もと。。。。。。 。。弁慶死して7百年、いまだ”悲運”は続いている。

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