(117話)

歯神之社(はがみのやしろ)

ところ            南区九条蔵王町

近鉄東寺駅から東へ、建物の隙間に埋もれるようにして歯神之社の史跡が存在していたのは記
憶していたが、2006年1月、歯神の社は、お社も鳥居も無くなり。石灯篭なども放り出され、寛算石
も産業廃棄物かの様に無造作に放置されそして6月、社の跡地には、「新婚さん向け」の看板があ
る一軒家が建って無くなった是こそ道真公のタタリカ!!
学問の神とあがめられていふ菅原道真が、時の執権藤原氏に追われ、筑紫の国太宰府に流され
て静かに世を去って間もないある夏の日、平安京は激しい雷雨にさらされた。都人はひどい天災
に見舞われた。道真の怨霊が、九州の地から、うらみ重なる藤原氏のいる京へ飛来、雷となって
あらわれたのだ。そのとき、道真を慕う筑紫安楽寺の行者寛算も、道真に同行、雷と化して京の
空へ飛来、藤原時平らを空からさんざん悩ませ、石となって、蔵王の森に落下した。
時平らが滅んだので安心したのか、蔵王森南側の原っはに、ものすごい地響きと共に落ちてきた
のである。
「神のたたりや、道真公を追っばらったバチがあたったんや。あな、恐ろしや、そやけど、この
寛算の霊、民に罪はないと思ったのか、人家をさけておりてきた」
忽ち人々は、天から降ってきた巨石のまわりに集まり、あれこれとうわさした。
この巨石の飛来に驚き、おぴえたのは宮人たち。「大鏡」にも、三条天皇のころに、寛算が変怪
となってあらわれたことがしるされ、三条天皇も寛算内供奉のたたりで、目をわずらったことが
書かれている。
その後、魔よけが病よけになり、いつしか”歯神″としてまつられるようになった。以後、寛算石
をおがむと歯痛がびたりと止まる、といい伝えられ、袁方からもお参りが絶えなかつたこの霊石、
ラジウムを含む隕石だとう説もある。
現代はコンビニより多いと云われる歯医院はタタリそれとも地域社会に24時間営業で貢献する事
を願う。
 
神社自体は宗教法人でもなく、寛算石も何らかの指定や登録があった訳でもなく、個人に所有さ
れていたものなので、所有者以外が口を挟む余地は無い、とのお役所の判断です。法的には、ビ
ルの屋上のお稲荷さんや、各家の台所の荒神さんや恵比寿さんと同じ扱いになるようですね。ビ
ルの屋上のお稲荷さんよりは、はるかに公共性のあるお社だと思えるのだけれど、そんなことは
関係ないことなのですねお神輿については同保存会から京都学園大学に寄贈された。
 
藤原時平ひらがな文字に貢献したお陰で女流文学(紫式部・清少納言)に発展し日本独自の文化
が生まれたと思うでなければ道真の漢字ばっかりの文字?!!

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