(11話)

西の将。山名宗全

ところ 上京区堀川通五辻西入ル

祇園祭が近づくと、かつてこの町は不思議な伝説で持ち切りになつた。”宗全”がよみか
えってくると言われる。
激しい雨足がべんがら格子をたたき、むし暑い梅雨明けを告げる夏の雨の夜。。。
宗全が大勢の手兵を引きっれて東へ進軍する。格子越しに夜空を見上げ、耳をすますと
武将たちのざわめきとヨロイ、カブトのすれ合う音。。。「ガシャ、ガシャ」「ワァー」 ー
果てしなき戦場に向かう武将たちのどよめきは、波のように高く、低く寄せてはかえす大
海ように。!!
その武者列の先頭に、立派なヨロイ、カブトに身を固めた西陣方の老大将宗全(そうぜん
が、大きな刀を片手に東陣をめざして進軍する。。。
とくに雨の夜になると耳をすまして、ヒタヒタと影が走りさるさまは”応仁の乱”の戦場をよ
みがえらせて、夏を待ったのだつた。
”西陣”の発祥地。応仁の乱の西陣方大将山名宗全(そうぜん)の屋敷跡に生まれた。
ここ山名町に、こうした伝説は長い間、町内の古老から語り伝えられた。山名、屋敷跡の
西陣のど真ん中に育ったこの”亡霊伝説”は、いかにも西陣らしい。
ヨロイのすれる音は、実はべんがら格子と低い町家の屋根をたたく強い雨音、トユを伝う
雨水の合成音。武将たちの姿は、低く、むくむくとたちこめる夏の日の厚く、早い雲のい
たずらであろう。子供のころ、走る入道雲が母の顔にみえたり、動物たちにみえたり、
それである。
「ガチャガチャ」とさわがしい機織りの騒音を、美しいリズミカルな音韻に編曲させて育つ
た西陣っ子のイメージの広がりの豊かさが、伝説をまた大きくふくらませたのだろうか。
 
応仁の乱(1467年)。足利義政(8代)跡目争いが原因で、西陣(南朝)に山名宗全9万
余、東陣(北朝)に細川勝元十万余の軍勢が向かいあつて11年間にわたる戦場と化し
た京の歴史的な最大の出来事だつた。横丁のわずか一坪の石碑に凝結されたあとを
とどめている。

なれや知る都は野辺の夕雲雀

あがると見ても落つる涙は

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