(106話)

太閤の石仏

ところ           左京区北白川東久保田町

北白川の山中越えの起点に「安産の地蔵」「子安地蔵」と地元では呼ばれるお地蔵さんは高さ2M
くらいもありそうな巨大さ。山中越えとは京都から多くの偉人が通り抜けた歴史街道、旧北白川
村の入り口にもなり、りっぱな地蔵さん。
顔が風化して、風説耐えてきた風貌それもそのはず鎌倉時代の作といわれ、太閤秀吉がこの地を
通りかかった時、この石仏を気に入り聚楽第まで運んでしまい。
太閤大いに気に入り毎日対面してはたいそう喜んでいた。しかし、この地に移して夜になると地響
きのようなうめき声がするようになった。どうやら石仏が北白川の里が恋しくて泣いていることが
わかったとか。そこで元の地に安置しなおした。こんな伝説から「太閤の石仏」とよばれています
京大農学部前と銀閣寺道交差点の中間ぐらいの北に安置された、北白川が始まります。
とにかく巨大な石仏鎌倉時代の石仏で「捨遺都名所図会」に描かれている阿弥陀像とか。子安観世音
として人々の信仰が篤く、安産祈願のお参りも絶えなかったそうですそれにしても、流石は太閤秀吉
も仏さんには勝てなかっただろうが寺を南北に集め寺町を作ったのは何故だろう??。

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