(102話)

白山神社

ところ          中京区麩屋町通押小路下る上白山町243

創建は高倉天皇の平安末期、こんな話が伝わっ ている。
社伝によればー。
平家一門が権勢を振るった平安時代末期。加賀国(現在の石川県)の白山神社の第八社で、平家
の武将が乱暴狼藉(ろうぜき)をはたらいた。怒った僧らが加賀一の宮のみこし三基を持って京の
内裏まで押し寄せた。
 「では、どうしても、だめだとおっしゃるのだな・・・」
折りから内裏へ白山の僧たちが無理難題。加賀国石川郷白山権現″加賀一の宮″の神輿を三基
もかつぎ込み、 それをバックにしての強訴である。
「・・・なんといわれましても帝は、首をタテにお振りにはなりませぬ」
取り次ぎの公卿も、いまはガンとして、僧にいい切った。 もはや、これまで __________屈強の、山の僧
たちも引き揚げるしか手はない。三基の、重たい神輿を、また肩にかつ ぐと、内裏をスゴスゴあとに
した。
ちょうど、いまの麸屋町押小路までやってきた時である。
強訴が不成功だったせいか、神輿が肩に食い込み、前に進まない。
「・・・面倒なり。このまま打ち捨てて、帰山しては・・・」
僧たちは、神輿を打っ散らかし、一目散に逃げてしまった。
さて、僧たちはそれでもよかったが、困ったのは近くの人たち。ありがたい神輿を雨ざらしというわけ
にもいくまい。人々ほ仕方なく、社をつくり、おまつりしたのだった。
今の白山神社の社はその時の一基を祭った跡、他の二基は八坂神社に移された。祭神は菊比売
”くくりひめ”と読み、くくるが結びにつながるところから、縁結びの神として親しまれている。
後桜町天皇が歯痛で悩んでいたところ、宮中の女官がこの神社に神箸と神塩を献上するとたちま
ち歯痛が治ったことから、歯痛平癒のご利益でも知られる。また、ここの神箸を赤ちゃんの食い
初めに用いると一生を無病息災で過ごせるともいわれている。
 
白山といえば、石川県と岐阜県にまたがる白山火山帯の主峰。古くから、聖地とし て信仰され、
白山禅定と呼ばれた白衣の道老が登り下り、いまも登山者は多いが、聖山の名を持った神社が、
日本全国に2千7百社あまりあるが 。

HOME *** *** NEXT