ウィザードリィX 災渦の中心

ストーリー提供:ゆまさん

居酒屋の物語
  ―――Tavern Chronicle


 居酒屋は薄暗かったが,さびれて貧しい店の様子を包み隠すのに充分と言うわけではなかった。とはいえ,数少ない旅人たちは,そのことには気付かないふりをしていた。しばらくすると入り口の戸が開き,年齢も定かでない背の高い痩せた男が入ってきた。そして,部屋の中の新顔,特に今,あなたと他の数人が座っているテーブルのあたりにちらりと目をやった。あなたは知る由もないことだが,この男は世界を救える者を探しに毎晩この店にやってくる,ここではちょっとは知られた男だった。そんな事こはつゆ知らず,あなたはその男がテーブルに近付いてきたときも,何気ない一瞥を与えただけだった。

 彼は主人にワインを頼み,このテーブルに座っていいかと尋ねてきた。彼がつまみを持ってきていたので,断る者は一人もいなかった。彼はテーブルの端に座り,居合わせている者の顔を注意深くひとわたり見回した。
 「旅の方々,我が美しき町リルガミンへようこそ」
 彼はテーブルにいる,したり顔や,からかうような表情の者たちを無視して話し始めた。あなたは黙って彼が続けるのを待った。
 「見たところ,あなた方はここは初めてのようですね」
 彼は続けた。
 「ならば,この土地や,人や,我々が吸っているこの空気が,悪しき方へ向かっていることなど気付きはしないでしょう。もしよければ,今宵は冒険と魔法と勇気の物語を話してさしあげましょう」

 ワインがきたので,彼に文句を言う者はいなかった。
 「数年前…」
 話は始まった。
 「ちょうど今ここに座っているあなた方のような,勇敢な冒険者の一団がありました。彼らは恐ろしい龍ル・ケブレスから,リルガミンの宝珠を取り戻すために探索を始めたのです。その珠は,我が国の健全な繁栄を,我々の知らない方法で守っていました。それが無ければ,地震や神罰や疫病が国を覆ってしまうのです。幸運にも,冒険者達は勝利をおさめて宝珠を持ち帰りました。皆は喜びにあふれ,再び,平和と繁栄がもたらされるはずでした」

 「しかし,数年経つと,恐ろしいことが再び起こったのです。人々は混乱し,恐怖しました。ブラザーフッドと呼ばれる神秘のグループに守られているこの宝珠では,我が国を守ることはできないのか? 人々は疑問の答えを求めて,賢者の最高会議にすがりついたのです」

 「緊急の会議が開かれました。賢者達は閉ざされた扉の向こうで,リルガミンに新たに迫った危機に対する解決策を見出そうと,持てる知識と魔力のすべてを使いました。そして数週間後,彼らは青ざめ,やつれ,悪い知らせを持って現われたのです。」

 テーブルの誰もが沈黙し,すっかり見知らぬ男のとりこになっていた。彼は一息おいて,話を続ける前にそれぞれの目を見渡した。
 「『真実はまさに混沌そのものを織りなしておる。』賢者はこう告げました。『超自然の魔法の渦にしてすべての災害の原因が,ブラザーフッド寺院の真下,奥深くで形成されておる。4つの自然の力のバランスが壊され,その裂け目が結び付いて,災いの渦(メイルストローム)の中心部に横たわっている。それは次第に大きくなり,我々の町や国はおろか,全世界を飲み込んでしまうことだろう。我々の知る限り,間もなく世界は存在しなくなる。』」

 「このひどく危険な状況で,賢者達が頼れる人物はたった一人でした。魔法の世界と自然界のバランスを見守り,これを保つ責任を持つ大魔法使い,ゲイトキーパーという人物です。この,かつては人間で,今やそれ以上の存在である人物は,もし生ある者の声を聞く気があるなら,必ずや助けとなるはずでした」

 「賢者達は,自分たちの要請は答えられるものだと確信していました。しかし,恐るべきことに,ゲイトキーパーは,賢者達が崩壊を願っている,まさにその渦の中に囚われてしまっていたのです! 恐怖にかられ,賢者達は彼らよりもさらに神秘的霊感と魔法の知識を持っている,ブラザーフッドの元へ向かいました。そして,ブラザーフッドの高位の予言者,ブラザー・ドリューによって,悪と裏切りの話が水晶の元に明らかになったのです」

 「それは,宇宙のすべての秩序の崩壊を願う,ソーンという名の裏切り者のブラザーの物語でした。彼女は無限に広がり続ける裂け目,すなわち,今我々の世界を脅かしている渦を作り出す方法を見いだしたのです。この裂け目から,混沌が支配し,我々の世界が存在できない,新たなる宇宙が創り出されるのです。彼女を止めることができなければ,我々はこの世界と共に全滅することになるでしょう」

 見知らぬ男は,聞くものに考える時間を与えるために,しばらく黙り込んだ。
 「それはただのお話なのですか? それとも本当のことですか?」
 あなたはその答えを恐れつつ,あえて尋ねてみた。

 見知らぬ男は皮肉っぽく笑って,穏やかに言った。「我が名はフォンティザン,議会の十二賢人のひとり,その私が語った話です」
 その言葉と共に急に部屋が暗くなり,見知らぬ男は姿を消した。
 と,ほとんど同時に,部屋のずっと隅の方で大きな外套を着た暗い人影が現われた。あなたは,この不可思議で恐るべき場所でこれ以上何が起きるのか不安に思いながら,本能的に武器に手を伸ばした。
 「恐れることはありません」
 人影は男とも女とも分からぬ声でそう告げた。
 「私はイェルダーブ,リルガミンの最も高位なる賢者です」

 あなたは目を見開いたが,それでも暗い隅にあるぼんやりした影しか見ることはできなかった。あなたはおぼろげな恐怖を感じたが,必死にそれを表に出さないようにとりつくろった。

 「我々は,ブラザーフッド寺院の最も奥深くへ降りて行く,勇敢な冒険者を求めています。そこには数多くの危険が待ち受け,勇気,強さ,力,そして知性を試されることになるでしょう。そこでゲイトキーパーを見つけ,無限に広がり続ける渦から,彼を解き放たなければなりません。しかしその前に,自らの利のみを追い求める邪悪な魔法使い,ソーンを打ち負かさなければならないのです」

 「この危険な冒険を行なう勇気があるのなら,まずブラザーフッドの高位の神官,グブリ・ゲドックを探しなさい。彼はリルガミンの宝珠を守っています。寺院の迷宮の,それほど深くないところで見つかるでしょう。彼は知っていることならすべて教えてくれます。しかし,知りたいことを得るためには,正しい質問をしなければなりません。そして,その知識なしには,本当の冒険が始まらないのです」

 「寺院の奥底に向かって,ソーンの魔法で作り出される危険を打ち負かさなければなりません。そして数多くの試練をくぐり抜け,囚われの大魔法使いを助け出すのです。彼を自由にして,世界をその運命から解き放ってください」

 「我々の願いと祈りはあなたがたと共にあります。グブリ・ゲドックとゲイトキーパー,そして必ずや邪悪なるソーンを探し出してください。ララが共にありますように!」
 そういうと,イェルダーブは姿を消した。今や決断を下すのはあなた自身。あなたには「災渦の中心」に挑む勇気はあるか?

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