地方議員の予算・決算読本
Textbook of Budget and Liquidation for Local Assemblymen



ほ じ め に

 初当選した地方議会の議員が予算書を見せられた場合,その予算書を読み解ける者は稀であると思います。むしろ,日常なれ親しんでいる金額と違う数字の桁数の多さに圧倒されて,全体の構造がどのようになっているか見当もつかないというのが実態ではないでしょうか。年間予算が100億円以下の町村でも,聞きなれない予算用語が出てくるばかりでなく,経費や収入の関連がややこしくて,とても予算書を気楽に読める気分にはなれないでしょう。
 予算書と決算書を取り付きにくくしている要因は,二つあります。一つは,予算と決算の専門用語です。これに対しては,機会あるたびに予算書を開いて,なれ親しむ以外に方法がありません。税の使途を納税者が統制するためには,支出と収入を分類して財政分析ができるようにしなければならないために,専門用語はどうしても必要だからです。政治体制が違っても,税の使途を統制する必要が全くなくなることはないので,支出や収入の分類は必要で不可欠なのです。もう一つは,支出と収入の関連です。
一般会計,特別会計,公営企業会計などの会計間の金銭の出入りだけでなく,一般財源と特定財源,当初予算と補正予算,予算の流用と決算など,金銭の出入りの関係を的確に把握するのは誰にとっても容易でほありません。予算の規模が小さければ,予算全体を掌握することが比較的に容易でも,兆を超える予算ともなれば,もはや個人で予算の全容を把握することは不可能となりましょう。しかし,これらの要因があるとしても,住民代表としての議員は,予算書と決算書の解明に乗り出さなければならないと覚悟しなければなりません。
 地方の時代が提唱されて以来,既に10年以上の歳月が経っていますが,未だに地方の時代が到来しているようには思われません。その理由は,地方公共団体は二権分立(三権分立の立法,行政,司法のうちの司法部門がない)となっており,行政部門は企画立案能力においてそれなりの進展を示しているのに対して,二権の一方である議会が旧態依然としていて,議決機関としての機能を充分に果していないためであると思われます。この認識に立って,執行機関の首長と立法機関の地方議会が実質的に抑制均衡の関係に立てるようにする最善の方法は,地方議会の議員が予算書を読解できるようにすることであるというのが,本書を執筆した動機です。具体的には,国民主権主義の下における議員の選挙公約と予算の関係を明らかにし,予算書の構造を解剖することによって,地方議会の議員が首長が原案作成権を有している予算を修正できる能力を身に付けられるようにすることが本書の目的です。
 予算書と決算書は,一見したところでは,取り付きにくい代物ですが,読み解く方法を修得しさえすれば,予算書と決算書ほど行政に関する情報が凝縮されている文書はほかにはありません。地方議会の議場において実のある議論を展開するには,どうしても予算書を読解しなければならないのですが,そのための努力は必ず報いられましょう。地方議会において税の使途を中心とした論議ができなければ,議会の存在理由ほ半減するでしょうし,いつまで経っても地方自治ほ実現できませんし,押し寄せる高齢化社会に対応することもできないに相違ありません。
 本書における予算と決算に関する説明は,詳し過ぎると思われるかも知れません。しかし,行政部門の手法を熟知していなければ,行政部門に対抗して議決機関としての実質的権能を確保できないという立場から,できるだけ詳細に予算と決算の制度や行政部門の問題点を取り上げるようにしました。本書の狙いは,二権分立の下では政治(地方議会)が行政(首長をトップとする執行機関)をリードすることを期待されているのですから,地方議会の議員が予算審議に臨んで自信をもって発言できるようにすることであり,ひいては議員が地域社会の発展のために主導的な役割を果たせるようにすることです。そのためには,議員自らが選挙民の期待に応えられるように,日常活動に精励するとともに,予算書の解読にも努力することが必要なのです。
 予算書や決算書と同様に,本書も簡単には理解できないかも知れません。しかし,本書を楽々と読破できるくらいでなければ,地方議会の予算審議の能力は向上しないのではないかと思います。そこで,お勧めしたいのは,最初から読んで強いて記憶しようとせずに,まず目次や索引を眺めて,地方議会で話題となっている事項に関するところを拾い出し,そこを読んでみることです。そうすれば,興味をもって読めると思われますし,一旦興味が湧けば,その興味をたどって読み進めばよいわけです。本書の最終目標は,予算書と決算書の解読を通じて,議会の立法能力を向上させて二権分立を実質的に機能するようにさせ,その成果として住民自治を名実ともに実現することなのです。



目  次

  はじめに

第一章 予  算・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  1
 第一節 財政と予算・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  2
 一 財政運営の基本原則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  3
  1 財政の健全な運営 3
  2 他団体への悪影響の禁止 3
  3 国による負担転嫁の禁止 4
 二 予算の種類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  4
  1 当初予算と補正予算 5
  2 議決予算と実行予算 5
  3 本予算と暫定予算 6
  4 骨格予算と肉づけ予算 7
 三 予算原則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  7
  1 総計予算主義の原則 7
  2 単一予算主義の原則 8
  3 予算統一の原則 8
  4 予算事前議決の原則 8
  5 会計年度独立の原則 9
  6 予算公開の原則 9
第二節 予算循環・…・…・…・…‥・‥……・・‥‥…‥‥……‥……‥…‥‥ 10
 一 予算の編成‥…‥‥‥…‥・・‥‥・……‥‥・…‥…‥……‥=・…‥…10
  1 予算編成方針13
  2 予算単価13
  3 予算要求14
  4 既定経費と新規経費14
  5 予算査定15
  (1)予算要求と査定 (2)局部課長の査定 (3)計画と査定
  (4)査定の密室性 (5)増減説明
  6 予算内示19
  7 計数整理 20
  8 予算編成の実態 20
 二 予算の審議と議決・‥………‥・‥‥‥・‥…=‥‥‥‥・・・‥…・…‥     21
  1 予算の修正 22
  (1)減額修正 (2)増額修正
  2 予算の再議 25
  (1)任意的再議 (2)義務的再議
  3 予算の専決処分 30
  (1)首長の専決処分 (2)議会の委任による専決処分
 三 予算の執行‥・‥‥…‥‥……‥‥…‥‥・‥・…・…‥‥‥‥‥‥‥‥    30
  1 予算執行方針 31
  2 予算の配当 31
  3 執行委任 32
  4 科目の新設
  5 予算の流用
  6 予備費の充当
  7 支出負担行為
 四 地方公営企業‥…‥‥‥‥‥・‥・‥‥‥…‥…‥・…‥‥‥‥………‥‥‥・34
  1 経費負担区分 35
  2 料  金 36
  3 予  算 36
  4 経理の方法 37
  5 現金主義と発生主義 37
 五 決  算…‥…‥…‥‥…・・‥・…‥・‥‥……‥・・……・…‥……‥…   ・ 37
第三節 歳入歳出予算・‥‥…‥・…・・‥‥・‥‥‥………・・…‥…・・‥・…      38
 一 予算の内容‥…・……‥‥‥‥‥‥‥………‥・……‥‥‥…‥‥‥‥‥…  38
  1 継続費 38
  2 繰越明許費 39
  3 債務負担行為 40
  4 地方費 42
  5 一時借入金 42
  6 歳出予算の各項の経費の金額の流用 42
 二 歳入歳出予算の構成‥…‥…・…・・‥‥‥‥・‥==‥‥
1歳入と歳出の関係 44
  2 均衡予算 47
  3 スクラップ・アンド・ビルド
  4 新規事業と予算の関係 49
  5 量出制入 51
 三 選挙公約と予算の関係‥…‥‥‥‥・‥‥・・‥・‥‥‥‥‥…‥‥・‥‥‥ 53
  1 行政需要 53
  2 選挙公約 54
  3 選挙公約と新規事業
  4 行政計画と政党の役割
  5 予算原案 60
  6 予算審議と採決 63
  7 予算審議と傍聴人 68
  8 行政サービスと次の選挙
  9 理念と妥協 72
  10 政治腐敗と住民の議会傍聴
   (1)公開の議会審議の重要性 (2)コソセソサスから多数決へ
   (3)議事録
  11 議会広報の充実と図書館
第四節 議会の権限…‥‥‥=…‥‥‥…‥‥‥・…‥‥…・‥・…‥…‥‥‥‥ 77
 一 議決事項‥……‥‥‥=‥‥…‥=…‥…・……………‥・‥・………
  1 条例と規則 79
   (1)固有事務の領域 (2)法令と条例
  2 地方公共団体の事務
  3 機関委任事務 84
 二 議会の権限行使・‥‥‥‥…‥……‥‥‥‥‥‥……‥……‥‥……・…  85
  1 質問権 86
  2 調査権 86
  3 公聴会 86
  4 政党の政策立案能力 87
 三 地方公共団体の実態‥…‥‥‥===‥‥‥・…‥‥‥…・・‥・‥……‥ 87
  1 三割自治 88
  2 縦割り行政 88
  3 行政指導 89
  4 天下り 89
  5 事務局職員 91
第五節 歳  出‥・‥・…‥…‥…‥…・……・=・‥…‥…・‥=‥‥…‥…・ 92
 一 歳出の内容‥‥‥‥…‥=・…‥…・‥‥…‥‥‥‥‥……‥…・‥‥‥‥ 92
  1 歳出の経費の分類 92
  2 議会費 99
  3 総務費101
   (1)総務管理費 (2)企画費 (3)徽税費本台帳費 (4)戸籍住民基
   (5)市町村振興費 (6)選挙費 (7)統計調査費 (8)人事委員会費
   (9)監査委員費
  4 民生費110
   (1)社会福祉費 (2)児童福祉費 (3)生活保護費 (4)災害救助費
  5 衛生費116
  6 労働費116
  7 農林水産業費116
  8 商工費
  9 土木費
  10 警察費
  11 消防費
  12 教育費
  13 災害復旧費119
  14 公債費119
  15 諸支出金120
  16 予備費121
  17 清掃費121
  18 予算修正の目的122
 二 歳出の節
  1 報 酬123
  2 給 料126
  3 職員手当等
  4 共済費128
  5 災害補償費
  6 恩給及び退職年金
  7 賃 金
  8 報償費
  9 旅 費
  10 交際費
  11 需用費
  12 役務費
  13 委託料
  14 使用料及び賃借料136
  15 工事請負費136
  16 原材料費137
  17 公有財産購入費138
  18 備品鰐入費138
  19 負担金,補助及び交付金
  20 扶助費139
  21 貸付金139
  22 補債,補填及び賠償金
  23 償還金,利子及び割引料
  24 投資及び出資金140
  25 積立金
  26 寄附金
  27 公課費
  28 繰出金
  29 節の役割140
  30 節と全体計画
第六節 歳 入…‥‥‥…‥…・…‥・‥…・・…‥……………‥…‥…・‥‥‥ 143
 一 都道府県
  1 都道府県税148
   (1)租税原則 (2)応益と応能 (3)直捷税と間接税 (4) 目的税 
   (5)法定外普通税 (6)税外負担 (7)標準税率と制限税率 
   (8)不均一課税 (9)超過課税 (10)加算金と延滞金 (11)租税特別措置
   (12)租税債権の確定 (13)滞納処分 (14)納税義務の消滅原因
  2 地方譲与税159
  3 地方交付税160
   (1)制度の沿革 (2) 目的 (3)機能  (4)基準財政需要額と
    基準財政収入額 (5)普通交付税と特別交付税 (6)地方交付税の問題点
  4 交通安全対策特別交付金165
  5 分担金と負担金165
  6 使用料と手数料166
  7 国庫支出金168
   (1)国庫負担金 (2)国庫委託金 (3)国庫補助金
  8 財産収入170
  9 寄附金
  10 繰入金
  11 繰越金
  12 諸収入
  13 都道府県債172
   (1)適債事業 (2)五条債 (3)発行条件 (4)公債の負担 
   (5)起債充当率 (6)地方債計画 (7)起蹟に対する住民投票
 二 市町村‥・‥‥‥・…‥‥‥………‥‥‥‥…‥…・・‥・…‥…‥……‥‥179
  1 市町村税179
  2 利子割交付金181
  3 ゴルフ場利用税交付金
  4 特別地方消費税交付金
  5 自動車取得税交付金
  6 軽油引取税交付金182
  7 都道府県支出金183
  8 歳入の節183
  9 一般財源と特定財源
  10 会計年度185
第七節 地方自治の本旨・‥‥‥‥=‥‥‥‥‥‥‥‥…=‥・‥‥……・…   186
 一 財政自主権の必要性……‥‥‥‥‥= ‥‥…‥‥・           ‥‥… 186
  1 財政自主権188
  2 直接請求の除外規定189
二 国と地方公共団体の財源配分‥‥‥‥・  …‥‥= ‥・・・・……‥・…‥‥‥191
  1 地方財政計画191
  2 財源配分192
  3 租税の実質的配分197
  4 税源の偏在と財政自主権
  5 機関委任事務と国庫支出金
  6 地方財政審議会 207
  7 税制調査会 208

第二章 決  算‥…‥…・・・… ‥‥ …・・‥ ・…‥‥ ‥…‥・・ ‥…‥…・・…209
 第一節 決算の調製と議会の審議…    ・…・‥…‥‥‥=‥…・……・…‥209
 一 決算書類・‥・……‥‥…‥…‥…‥‥‥・…‥…‥…・・……・…‥ ‥‥210
  1 決算の調製者 210
  2 決算の調製 210
  3 作成書類 211
  4 歳入歳出決算書 211
  5 歳入歳出決算書事項別明細書211
  6 実質収支に関する調書 214
  7 財産に関する調書 214
  8 主要な施策の成果を説明する書類214
 二 決算書と首長の関係‥‥…・…‥・………‥‥……‥・・・…… ・‥ ‥…‥215
  1 出納長又は収入役と首長 215
  2 予算と決算 216
 三 監査委員の審査‥…・……‥‥………‥・…=‥‥‥……・…・・………‥216
  1 審査対象 216
  2 決算審査の要点 217
  3 監査委員の意見 217
 四 議会の決算認定                                            218
  1 決算認定の留意点 218
  2 決算認定の効果 219
  3 決算の公表 219
  4 歳計剰余金と繰上充用 219
  5 公営企業の決算‥…・‥‥……‥‥‥‥‥…‥………‥‥‥‥‥‥…・220
  6 決算の調製老 220
  7 決算の調製期限 221
  8 監査委員の審査と議会の認定
  9 決算書顆 221
 六 住民監査請求‥‥…‥…‥‥‥‥・・‥‥……‥‥……‥‥……・・‥…223
第二節 財政分析  …・‥・…‥・‥‥‥‥・…‥……‥‥‥……‥‥‥‥ …225
 一 財政収支‥…‥‥………‥…‥‥‥…=…・…・……‥‥‥…・ ‥・‥・225
  1 普通会計 225
  2 形式収支 226
  3 実質収支 227
  4 単年度収支 228
  5 実質単年度収支 229
 二 財政構造の弾力性…=‥‥‥‥‥・……‥・…・・……‥‥‥‥… ・・…229
  1 実質収支比率と赤字比率 230
  2 財政の健全性 231
  3 経常収支比率 231
  4 公債費負担比率 234
  5 財政力指数 234
 三 歳出構造‥‥‥‥‥…‥……‥…‥‥‥・・…‥‥………‥‥‥…・…・235
  1 目的別分類
  2 性質別分類
   (1)物件費 (2)維持補修費 (3)補助費等 (4)普通建設事業費
   (5)災害復旧事業費 (6)失業対策事業費
  3 経常的経費と臨時的経費
  4 義務的経費と任意的経費
  5 投資的経費と消費的経費
  6 単独事業と補助事業 240
  7 公共事業 240
  8 人件費 241
   (1)事業費支弁人件費 (2)人件費比率 (3)人件費と職員数
   (4)職階制と公務員の責任 (5)選挙公約の実現と終身雇用
   (6)民間委託と行政の守備範囲
 四 歳入構造‥‥‥‥…・・‥‥‥‥‥‥…‥…‥・…・……‥…‥・・・・……249
  1 歳入の決算状況 250
  2 経常的収入と臨時的収入
  3 経常一般財源 253
  4 租税負担率 254
  5 年貢と税の相違 256
  6 地方財政白書 257
  7 ミニコミ紙の発行 257

事項索引 252