住民自治と行政改革
Inhabitants' Self-Government and Administrative Reform




はじめに
 世界の各民族は,それぞれ固有の歴史的背景の中で現在を生きている。わが国の場合は,明治維新と第二次世界大戦の敗戦という大きな歴史的変革の時代を経験しながら,更に大きな変革の時代へ突入し始めている。国際的にはグローバル・スタンダードの採用による経済活動の自由化へ,国内的には明治政府が構想して太平洋戦争中に頂点に達した中央集権から地方分権へ,戦時統制経済の延長線上から規制緩和へ,生産者中心から消費者中心へと,大きく変貌しようとしている。東西冷戦構造が崩壊した後の1990年代に入って,政治改革,行政改革,金融改革など,国家の基本構造を変革する大改革が目白押しである。
 第二次世界大戦後,わが国は天皇主権から国民主権へ権力のよってくるところを変更し,立憲君主制から民主主義へと転換した。それは,忠君愛国の軍国主義から「揺りかごから基場まで」の福祉国家への転換でもあった。この転換に伴って,日本国憲法以下の法体系も整備された。欧米に追いつき追い越せのかけ声に励まされて,1973年のオイル・ショックの経済危機も乗り越えて,世界第二の経済大国にのしあがった。1990年代に入ると,土地投機に踊らされたバブル経済は行き詰まり,それまで潰れることはないと信じられていた護送船団方式の金融機関が相次いで破綻するに至った。
 国民の社会生活の面では,働くことを生き甲斐とする会社人間がサラリーマンの主流となった。田舎では青年が流出して過疎化し,都会では人間関係が希薄化して,ともにコミュニティーの成立を遅らせた。国民は衣食住のうち,遠狭高といわれる住宅は大都市のサラリーマンにとっては満足すべきものではないとはいえ,グルメの流行やテレビの料理番組の盛況に見られるように,衣と食については世界一流の水準を達成することができた。しかし,物質は豊かになったが,精神は貧しいままであるといわれている。リストラ,ローン破産,年金や医療保険の破産,生命保険の破綻など,現在の生活が脅かされる中で将来に希望を持てなくなっている。
 第二次世界大戦後の教育改革は,経済発展に乗って高等教育の普及を促進する役割を果たしたが,最近は義務教育における学級崩壊に直面するに至った。教育とは何か。教育にとってコミュニティーとは何か。コミュニティーにとって学校とは何か。当面する課題は,深刻でそして解決が難しい。
 戦後のわが国の経済体制は自由主義経済を標樗しながら内実は大蔵省を中心とする官僚集団による統制経済であったが,第二次世界大戦後から半世紀を経て,これまで経済発展を支えてきた制度が有効に機能しなくなりつつある。経済活動のグローバル化による第二次産業の国外脱出は,金融制度と税制に深刻な影響を与えている。戦時中から継続していた業界団体を形成して新規参入を防ぎ,業界の利益を守るという方式は,フロンガスによるオゾン層の破壊や炭酸ガス(二酸化炭素,CO2)による地球温暖化の例に見られるように,世界的に取り組まなければならない環境問題には有害であることが判明した。中央官僚による財政資金の国家統制は,経済大国であるために求められる国際化と自由化の中で中止せざるを得ない状況に追い込まれている。
 その一方では,国際化と惜幸酎ヒが進展する中で明治以来の中央集権を目指した国家体制がぐらつき出しており,確固たる展望を見出せないままに地方分権への扉が開かれようとしている。行政改革の名の下に中央官僚の反対を抑えて実現した情報公開法は1999年5月に成立し,地方分権を図るための関係法律の整備に関する法律(以下「地方分権推進一括法」という)は7月に国会を通過した。しかし,法律は成立すればそれでよいものではない。むしろ,問題はこれからである。情報公開法は国民が知る権利を行使して初めて生かされるのに,3,300弱の地方公共団体における情報公開条例の制定はまだ半数に達していないし,地方分権推進一括法では財源の委譲が見送られている。国内では避けがたいものとして急速に到来する高齢化と少子化に対応しなければならず,国際的には地球環境の保全に主導的な役割を果たすことを期待されている。
 歴史の流れは,画一的なイデオロギーの時代から多元的価値観に基づく自主と自立の時代へ向かおうとしている。平等か自由か,結果の平等か機会の平等か,選択肢が多くなった分だけ,混迷もまた深まっている。この混沌とした状況の中で,どこに考え方の出発点をおくべきかは,現状分析においても,将来の見通しの上でも,決定的に重要な決断である。本書では,21世糸己の中頃までを視野に入れるようにして,現状を踏まえて将来を展望した。国民主権から出発して,住民自治のあり方から今後の行政改革に及ぶが,この過程で一貫しているのは,主権者である地域住民の視点から民主的政治体制を構築しようとしていることである。
 わが国では,本音と建前を巧妙に使い分けてきたが,もはや現実を無視した建前論では,迫り来る国際化,自由化,情報化には対応できなくなっている。現実を的確にとらえた上で目標を設定し,その目標に至る方策を地域住民の問で議論して決定するという草の根民主主義をわが国の地域社会に定着させ,個人主義に基づく永続可能な社会を構築することができなければ,わが国は国際社会のなかで衰退を余儀なくされるに相違ないという危機意識を持っているのは筆者だけではないであろうが,それが杷憂であることを願うものである。
 本書の執筆に当たっては武田誠法学部助教授(刑法)に懇切な助言をいただき,出版については前専務の石橋雄二氏のお世話になり,編集は古田理史氏をわずらわした。ここに記して,厚くお礼を申し上げたい。


目 次
はじめに

第1章 主権者と地域住民・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
 1 憲法における主権者と地方自治の本旨 1
 2 主権の具体的発現 5
 3 直接民主主義と代議制民主主義 16
 4 住民自治と地方政府 24
 5 中央政府と地方政府 29
第2章 地域住民と地方政府・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
 1 住民自治と直接民主主義 41
 2 住民自治と選挙公約 47
 3 住民自治と権力の集中排除 54
 4 地方政府の首長ヒ補助機関 57
 5 税源の偏在とナショナル・ミニマム 63
第3章 予算原案と議会の役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81
 1 選挙公約と予算編成 81
 2 予算編成における補助機関の役割 89
 3 議員の選挙公約と予算原案の修正 95
 4 議決と執行佗抑制均衡 101
 5 予算審議と地域住民の傍聴 109
第4章 予算・決算と住民参加・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・117
 1 行政機関とボランティアの役割 118
 2 事業執行と予算の流用 120
 3 予算の執行と住民参加 124
 4 監査委員と学識経験者 128
 5 情報公開と市民オンブズマン 132
第5章 首長と補助機関・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・137
 1 選挙公約と行政の継続性 138
 2 稟議制度と責任の所在 142
 3 首長と人事権 144
 4 終身雇用と利益集団化 148
第6章 地方分権の必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・155
 1 住民参加と責任の明確化 156
 2 歳入歳出の連動と政策体系 161
 3 広域行政と国民主権 164
 4 理想社会の追求ヒ住民自治 167
第7章 住民自治と行政改革・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・171
 1 地域住民と自治意識 171
 2 議員と議会 174
 3 首長と補助磯関 178
 4 制度改正と官僚組織 180
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・192
索  引・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 194