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暗いところで夜空を眺めると、大小さまざまの星が輝いている。それらの星は、どうして明るさに差があるのだろうか。小さく見える星は、星が小さいからなのか、それとも遠くにあるためなのだろうか。このような疑問は古代人も持ったはずであるが、紀元前220年頃、古代ギリシャのエラトステネス(紀元前273年頃―192年頃)は、地球の赤道での周囲を約4500キロ(1976年現在、半径6378.14キロで全周は40054キロ)と測定し、当時の測量技術を考慮すればかなり正確であったといえる。そのエラトステネスも、星までの距離を測ったという記録は残されていない。当時は、測定する手段がなかったのである。
恒星(見かけの位置がほとんど変らない星座を形成しているような星)までの距離が実際に測定されるようになったのは、それから2000年以上の後の19世紀の中頃である。地球に近い恒星までの矩離は、地球の公転(ここでは地球が太陽の周りを回転していること)を利用する。ある恒星の角度を測定した後に、半年後に地球が太陽の反対側に行った時の星の角度(視差、この場合は年周視差)を測定して、三角測量の原理を使って決定された。こうして決定された太陽から最も近い恒星は、ケンタウルス座のアルファ星(その星座で最も明るい星)で、この星は南天にあり、北関東からは見えないが、4.3光年の距離にあることがわかった。その年周視差はわずかに角度の0.75秒(角度の1度は60分で、1分は60秒というように60進法をとる)であった。この測定をしたのは、南アフリカのケープ天文台にいたヘンダーソン(1798―1838)である。その後、同じ星座に4.28光年の星(光度は11等)が測定された。
角度の1秒というのは、東京から富士山までの距離を100キロメートルと想定して、その頂上にある50センチの物を識別できる程度の角度であるというから、いかに小さな角度であるかということがわかる。この方式は恒星までの距離を測定するには最も確実な方法ではあるが、年周視差が小さくなると測定の誤差が大きくなって、どの恒星にも適用できるわけではない。年周視差の精度は0.003三秒が限界で、数千個の恒星が測定されているが、誤差が10%以内の恒星は数百個に過ぎないといわれている。それでは、それ以遠の恒星はどうするか。
紀元前2世紀に、肉眼で見える最も明るい星を1等星、最も暗い星を6等星として世界で初めて1080個の恒星のリストを作ったのが、古代ギリシャのヒッパルコスである。その名前にちなんだヒッパルコスという人工衛星を1989年の8月に打ち上げて、星までの距離を測定する計画が進行中である。この計画は、地球の大気の影響を受けない宇宙空間から恒星までの距離を三角測量の方式で正確に測定しようとするもので、12.5等星までの11万8千個の恒星を対象としている。対象が膨大なので、1997年9月現在、まだ結果を確定するには至っていない。
天文学では、距離梯子という原理を使って、それ以遠の恒星までの距離を測定する。すでに距離がわかっている恒星についての性質から、明るさの指標となる物理量を見つけだして、その性質を距離のわからない恒星の真の明るさ(絶対等級という)を推定し、その絶対等級と見かけの明るさとを比較して、その恒星までの距離を求めるのである。(1997.9.21)
恒星の中には、明るさが変化するものがあり、変光星と呼ばれている。変光星には、変光の原因によって、外因的変光星と内因的変光星とに分類される。外因的変光星は、星自身の明るさは変化しないのだが、二つ以上の星が連星を構成していて、その共通重心のまわりを軌道運動している場合、観測者から見て交互に相手の星を隠す食現象によって周期的に明るさが変化する星である。これに対して、内因的変光星は、星の内部の物理的状態が時間とともに変化するために実際に明るさが変化する星で、その代表は脈動変光星である。
恒星の距離の測定に利用されるのは、恒星自身が膨張と収縮を繰り返す脈動変光星の中のケファイド(セファイド)変光星と呼ばれている恒星である。ケファイド変光星は、変光の同期が長いほど、絶対光度が大きくなっている。この周期―光度関係を利用すると、観測によって周期がわかれば絶対光度がわかり、その絶対光度と見かけの明るさを比較することによって、ケファイド変光星までの距離がわかるというわけである。こうして、アンドロメダ星雲の中にあるとケファイド変光星を観測して、太陽系を含む銀河系宇宙とは異なった星の集団であるアンドロメダ星雲までの距離を決定することができたのである。その測定をしたのは、最近しばしばマスコミに登場するハッブル望遠鏡で有名なエドウィン・ハッブル(1889―1953)である。1920年代はアンドロメダ星雲までの距離は約70万光年とされていたが、1950年代には大きく訂正されて現在では320万光年と三倍以上に修正されている。
ケファイド変光星を利用して距離を決定する方法は、ケファイド変光星を観測できる星雲には適用できる。しかし、それよりも遠方にあって、ケファイド変光星を観測によって分離できない星雲までの距離は、どうして決定すればよいのだろうか。
結論から先にいうと、ハッブル定数を使うのである。この定数は、前述のエドウィン・ハッブルが1929年に発表したものである。遠方にある銀河(英語ではgalaxyといい、恒星の集団で、太陽が属する銀河系宇宙も銀河の一つ)は観測者から遠ざかりつつあり、その後退速度がそれぞれの銀河までの距離に比例するというもので、その比例定数がハッブル定数である。ハッブル定数を決定するには、各銀河のスペクトル線の波長の赤方偏移(すべての波動現象に見られるドップラー効果では、観測者から遠ざかりつつあるものの波長は赤い長波長側へずれる)とともにその銀河までの距離を知る必要がある。その距離を測定する方法によって、ハッブル定数は50から100まで分散しており、定数とはいいながら現在でも一つの数値に固定できないでいる。前回述べた距離の梯子を用いても、それほど銀河までの距離の決定は難しいということである。
ところで、一般に距離10光年の天体を観測するのは、その天体の10年前の状態を観測することになる。夜空に輝いている星はすべて距離が異なっていると考えれば、それぞれの距離の分だけ昔の様子を眺めていることになる。100年前の光もあれば、50億年前に地球へ向かった光もあるわけで、それを知ってから星を眺めると、これまでとは違って見えるのではなかろうか。(1997.9.28)
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