江戸の泥面子の絵柄の面白い発見。お宝発見!03年1月増刊号第46巻
参考001
泥面子の絵柄をよく見てみるとこんな事が見つかりました。
歌川国芳の両面相、「だるま、げどう」にそっくりです。
上から見ても下から見ても人の顔・・・ |
歌川広重の「下村大丸屋」の
呉服店の商標を写しているようです。 |
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当時の人気のあったものや、面白いものがおもちゃに使われるのは、
今も昔も同じようです。
その後、江戸時代の浮世絵を調べてみたら、
また新たに、こんなものも見つけることが出来ました。
似ていると思いませんか?
歌川国芳の「当ル奉納願お賀久面」
中村歌右衛門思われる図 |
歌川国芳の「弁慶梵鐘引き上げ図」の弁慶
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歌川豊国の「団十郎舞台似顔絵」 |
おもちゃ絵、「新板もんづくし」 |
文献によると、当時の文化人を三福対に見立てた番付
「高名時花三福対」(寛永3年1850年)発行には、
幕末浮世絵の三巨匠が、出藍 一陽斎豊国 真景 一立斎広重
狂筆 一勇斎国芳と人気のあった歌川派の絵師の名が併列されているようです。
泥面子という粘土を型で抜いて焼き上げたおもちゃなので、
顔の細かい表情は別として、大まかにみれば、
それらの物が上の様な当時江戸の庶民に大いに受けていた歌川派の
浮世絵などを参考にして作られたと言っても良いのではないでしょうか。
これまで、いろいろな方より泥メンコについての情報をお寄せいただきました。
特に、千葉県、埼玉県に関係した情報がほとんどですが、
昔近くの畑でよく泥メンコを拾って集めていたというものです。
埼玉県所沢のある小学校の生徒の家の畑で見つけたというものは、
HPを見てビックリ・・・ここに紹介している「両面相」と殆ど同じ絵柄のものがあったからです。
これらの現象はつい最近まで、諸説あり謎とされていましたが、
江戸ゴミ「堆肥説」が定説となったようです。
つまり、江戸のゴミ、や排泄物を近隣の埼玉県や千葉県に運び、
堆肥(たいひ)を作って畑にまいたと云うものです。
その中に棄てられた面子があり、そのまま残ったようです。
その数の多さから、当時の面子の流行ったようすが覗えます。
メンコ遊びは博打(ばくち)的要素が強いので、
幕府より禁令がたびたび出されたようですが、
禁令が出されると廃棄され、また流行・・・禁令廃棄
また流行・・・禁令の繰り返しだったようです。
江戸時代、分別ゴミ回収はしていなかったから・・・?
発掘されたゴミ穴や、排水溝跡などからも
大量のメンコが見つかっているようです。
参考資料
国立国会図書館のHP おもちゃ絵 浮世絵
東京書籍(株) 『国吉の狂画』 稲垣真一・悳 俊彦 編著
(株)新潮社 『新潮日本美術文庫 歌川国芳』 編者日本アートセンター
朝日新聞社 『青木コレクション名品展知られざる広重の肉筆画を中心に』
河出書房新社 『図説・浮世絵に見る江戸の一日』 佐藤要人・高橋雅夫 監修