(1995.7.23〜7.31)
アメリカ道中膝栗毛 BY 木村 & 川上
1995/7/23(JST)
今回の同行者は,マイク川上,羽藤(幕張),丹羽(幕張),そして私こと木村の4名である。仕事はともかく,海外旅行慣れしているのはマイクだけ,という,ちょっと不安な道中である。 懸念された横浜での集合もうまく行き,NEX(成田エクスプレス)のホーム前でまいくとばったり会う。ホームに上がり,NEXを待つ間,何故か自転車の箱を抱えた旅行者が何人も目の前を通り過ぎる。ツールドフランスとかに参加するのだろうか? 「別便で送ればいいのに,迷惑な話である事だ」,などとのんびり話をしていたのだが,既にネタの神様は降りていらっしゃったようだ。ホームに8号車の表示を見つけて並んだのだが,実はその表示は嘘で,柱番号通りにNEXが入ってくる。周囲の期待を背負っているだけあって,最初からこれである。今年は海外旅行者の出足が良く,22日にはいつもより1万5千人多い4万人,23日も同様に見込まれる,という話をNEXでまいくに聞かされる。確かに,NEX
も混んでいる。って,全席指定だったよなあ。あの立ってる人達は何者なんだろう? と見ていたら,立ってる親子連れのお母さんが「座ってるのはお金を余計に払ってる人よ」と説明していた。なんか違うぞ(^^;) ともあれ,NEXに立ち席特急券があったとは,初めて知ったわけで。寝坊したときのために覚えておこう。成田着。延々と続く修学旅行の女子高生(制服がいいんだ,これが。)の列に邪魔にされつつも,無事幕張ペアと合流。席を並べて取るためにチェックインを急ぐ。が,ここでまいくに最初の悲劇が訪れた。「2+2でしか取れませんねえ,禁煙席は。4人まとめてだと,喫煙席になります」という,冷たい係員の声。困るまいくに,「そんなに吸う人はいないですよ,実際は」という係員。すごく吸う奴は一行にいるんだってば。結局,4人並ぶことにして喫煙席を取り,まいくは,売店でマスクを買い込んでいた。余談だが,機内でアイマスク変わりのサングラスにマスクをして寝ているマイクの姿は,ヤクの売人か変質者以外の何者でもなかったことを追記しておく。
搭乗してみると,マイクの真横はみんなの喫煙席,つまり禁煙席に座っててもたばこが吸いたい人のために空いている席であった。こりゃ可哀想だなと思って私がそちら側に,間に幕張ペア,そしてマイクが一番離れた席へ。しかし,離陸前に,スチュワーデスに案内されて,何故か足のきれいなお嬢ちゃんがその「共用席」の窓側に座り込む。しかも,座った途端に胡座をかいている。変な嬢ちゃんである。一体何者なのだろうか。疑惑をはらんだまま,機は飛び立つのだった。離陸前に、部品交換のため出発が20分程遅れるというハプニングが起きる。飛行機というのは、エンジンがかからないとクーラーが入らないため、その間蒸し風呂状態なのだ。海外が初めての丹羽氏は、大変不安そうに天井のエア吹き出し口をいじっていたようだ。
機内食の時間である。横のお嬢ちゃんは,お母さんまで連れてきて,すっかり「共用喫煙席」を占拠してしまった。たばこを吸うわけでもなく。そして,その時である,我々一行の前に信じられない光景が広がったのは。謎のお嬢ちゃんは,なぜか「きつねどんべえ」を開け,スチュワーデスにお湯を要求していたのだ。ベジタリアンなのだろうか。いや,それにしても何かもっとましなものがあるだ
ろうに,何故どんべえなのだろうか。よほど旅慣れているということか。深夜,UAの機内サービスで「Hot noodles」という軽食が出る。何かと思えば,ハーフサイズの「(赤い)きつねうどん」とクラッカーであった。謎の嬢ちゃんは,食わずにしまっていたので,「3度の飯よりカップうどんが好き」説は却下された。確かに,娘は旅慣れているようで,食事の後さっさと着替えて寝てしまった。そう,着替えてである。Tシャツにショートパンツというさっぱりした格好の上に,スウェットの上下を着込み,ご丁寧に襟首にタオルまで巻いて,靴下を重ねて,という。足が見えなくなっちゃったよう,と悲しんだのも束の間,今度はその母親がかましてくれる事になるとは。日本時間では22時を回った頃だろうか,周囲は半分寝ていて,半分映画を見ている。と,突然明け方の明るさが左から入り込んできた。例の謎の親子連れの母親が窓を開けているのだ。窓の外を見ては,何かを書いている。句会にでも持って行くのだろうか。案の定,スチュワーデスに注意されて一旦は閉めるものの,結局夜中中開け閉めを繰り返していたようだった。おかげで,寝入りばなに窓の光で,何度か起こされてしまった。そんなこんなで機はニューアークに近づき,これ以上は機上では何も起こるまい,と思っていたのだが,だがしかし。着陸体制に入る直前,機体が大きく振動した拍子に,2列ぐらい前のラゲッジボックスががくんと開いた。ちゃんと閉めてないからだと思ったら,取っ手兼ロックの部分が外れかけていた。ううむ,侮りがたしUA。
7/23(ET)
米国である。しかも東海岸である。ああ,なんでこんな所に来てしまったんだろう。と,嘆いていても始まらないのである。とりあえず,通関を済ませなければいけないわけで,ほえほえとinspectorの前に列を作る。ハワイと違って,inspectorの眼光は鋭い。「What kind of buisiness?」そう問う目がマジである。びくぅっとしながらも,しどろもどろ説明しているのを聞きながら,多分ブラックリストであろう分厚い名簿を探し,しかし,いきなり判子を押しはじめるinspector。何も言わないから説明が足りないのかと思って,延々説明しちゃったじゃないかよう。マイクと私は、それでも早々に通関を済ませたのだが、その後に続いていたはずの幕張ペアがなかなか出て来ない。「なぜこんなにかかるのだろう」「まさか説明がうまくなくて引っかかっているのだろうか」横須賀ペアの不安は募るばかりである。海外旅行初体験の丹羽氏にとって、観光ずれしていない東海岸、しかも「さいとしーいんぐ、すりーでいず」などという決まり文句では済まないビジネストリップというのは、大き過ぎる試練だったのか。十数分後出て来た幕張ペアによれば、子供が泣き出した家族連れを審査官が先に通してしまったのが敗因だったということで、ほっと胸をなでおろす横須賀ペアであった。それはそれとして,4人共無事に入国を済ませたので,TAXIでRedbankへと向かうことにした。空港のタクシー乗り場では,行き先を先に告げて配車を受けることになっている。配車のおねえちゃんは2台だわね,と言ったらしいのだが,destinationを書いたチケットを1枚しかくれず,何故か1台に4人乗りになってしまった。運ちゃんは「too many」とかなんとか言ってたような気もするが,気のせいだろうか。しかも,Redbankなんか行ったこと無いぞ,というようなあんちゃんで,迷う迷う。地図なんか積んでないので,適当にRedbankまでハイウェイで行き,あとは道を聞きながらである。助手席に座ったマイクは語る。「タクシーの運ちゃんは機嫌が悪く、制限速度55マイルの所を100マイル以上で飛ばし、他の車には拳を振り上げて怒るは、しょっちゅう"shit"と言うはで、とても恐かった。」
なんとか,Molly Pitcher Innに到着したのだが,それでもまだネタの神様は我々を休ませてはくれなかった。適当に部屋割りし,部屋に入ると灰皿があるべき電話の横に「This room is ano smoking room」の三角札が。しまった,これでは死んでしまう。急遽,マイクと部屋を代ってもらったのであった。ごめんね,マイク。晩飯は,外に食べに行こうとしたら何もなかったので,セブンイレブンのDeliコーナーで買ってきたサンドヰッチで済ませ,寝ることにした。味は妙に淡白である。ターキーとローストビーフという素材の問題かと思っていられたのはこの時までだったが。移動するだけでこれである。明日は一体何が我々を襲うのであろうか。まさか,これもコピーしちゃいけませんの神様の与えた試練なのだろうか。
7/24(ET)
朝。いつものように4時間ほどの睡眠で目覚めた私は,あたりがまだ3時である事にちょっと愕然としていた。普段なら,寝る時間である。どうも時差ボケつーか,旅行疲れで寝る時間が早い。朝飯を,ホテルの食堂(いや,レストランと言うべきか)で取ることにして,4人で食堂に向かった。結構な御値段である。いわゆるコンチネンタルブレックファストとか,アメリカンブレックファストとかのセットがない。ま,いっか,ということで,適宜単品で注文を行う。目新しいパンを食おうということで,Bagelという(アメリカではポピュラーらしい)パンを羽藤氏が注文しようとしたのだが,彼が「ば-じぇーる」と発音したところ,ウェイトレスに「べぃがぉる」と「ばぐる」の中間のような発音で訂正されてしまった。これだけなら何の問題もない,単なる間違いだったのだが,その後数日間にわたってBagelを目にするたびにどちらが正しい発音だったかで盛り上がってしまったあたりが間抜けな一行であった。しかも。店員に中国人と間違えられ、「じゃぱにーず」と答えると、さらに「バカンス?」と聞かれ「ビジネス!!」と答えたら目を丸くしていた。「そんな英語で仕事ができるのか!?」とその顔には書かれていた。
午後はB社のスティーブン・F氏(以下スティーブ(余談だが,彼のメールアドレスはsfcである。スーパーファミコンとか言ってしまうと国際問題になりそうで,未だ口に出して言う事が出来ない))が遊びに連れて行ってくれるというので,午前中のうちに私は御仕事をすることにした。その間にプールでは丹羽氏溺死未遂事件が発生していたらしい。目撃者1の証言によれば,MollyPitcherInnのプールは3フィートの部分と8フィートの部分があったという。そして,無心に泳いでいた丹羽氏は,そうとは知らず8フィート部分で力尽きて立とうとし,溺れかけたとのことである。目撃者2の証言「いやー,本気で溺れてたよな(笑)」

そう、宿には屋外プールがあり、プールのライフガードは若い姉ちゃんで、しかも他に金髪ビキニのねーちゃんも泳いでいたらしい。さすがアメリカである。「毎日欠かさず泳ぎに行ったのはこのせいだったりして」、というのは後日マイクの語ったところである。
さて,そうこうする内に,昼飯時である。朝からちゃんと食べてしまった我々は,とてもではないがまともに昼飯を食える体調ではなかった。しょうがないので,またセブニレブンにいって適当に飲み食いしようということになった。アイスとかミネラルウォーターを買って外に出ると,羽藤氏はなぜかバナナを持っている。どうやら,バナナが好きらしい。流石,某バナナ好きの湊師匠の後輩であると,マイクと二人で納得した。
ホテルに戻り,しばらくするとスティーブが迎えに来た。目的地は,東海岸随一の欲望渦巻く娯楽都市,アトランティックシティである。カジノの手前にはカジノ労働者の粗末な住宅が並ぶ。そう,彼らはカジノで働いた賃金をカジノにつぎ込む,盲目の祭官たちなのだ。その荒んだ町角と,必要以上に飾りたてられたカジノのビルのコントラストが,あたかも蜃気楼のような非現実感を醸し出している。うそです。そんなに詩的じゃありません。でもまあ,唐突に『カジノ!』って感じです。我々は,まあやっぱり貧乏人で,おおむね25¢のスロットマシンや25¢のビデオポーカーで遊んでいました。それでも,トータルでは各人10〜20ドルすっていましたが。それなりに楽しんでる間に,実はスティーブはルーレットで負けてたらしいが,それは秘密にしておいてあげよう。で,アトランティックシティといえばボードウォークである。要は海岸側の板張りの目抜き通りのことだ。カジノと,博打で儲けたあぶく銭を吸い上げようという魂胆が丸見えの土産物屋と食物屋が立ち並ぶ,歩いてるだけで楽しい通りである。手足が無いおばさんが口でオルガンを引いてたりもする(ちと驚いたが,それ以上に西太后とか思い出してしまうあたりに私の人格的問題があるのだろうなと)。ボードウォークにあるワーナーブラザースの店に連れて行ってもらう。LoonyToonsのあしらってあるポロシャツやらTシャツやら帽子やらがわんさか並んでいる。セル画迄売っている。こっちのヲはいいなあ。いや,そーでなくて。で,その並びにあるプラネットハリウッドで晩飯をおごってもらう。ハードロックカフェの映画版だということで,店のあちこちに映画で使用された小道具がころがっている。有名俳優のリッププリントとかも壁に貼ってあったりする。だが,料理は大味で量だけが多い。マイクなどは、「食欲がないのでサンドウィッチでいいや」とステーキサンドをオーダーしたら、NYカットのばかでかいステーキをサンドしたのが出て来て呆然とする始末。「まさか,アメリカ料理とはそういうものなのではないか」と,不安がよぎる。まだ2日目なのだ。この先大味で量だけが多い晩飯が毎日続くなどという不幸を信じてなるものか。結局,大筋でそうなったけれども。この店ではテーブルマットの代わりに俳優の若い頃の写真が印刷された紙が敷かれており、スティーブとあてっこをしていたのだが、羽藤氏がまたよく当てる。芸能・音楽の50(って、クイズ・グランプリなんてもう覚えてないよな)でもサクサク答えてしまいそうな程、芸能通である。その博識はNY編で爆発するのだが、それは後の話である。
帰りの車の中の会話はほとんど覚えていないのだが,私はいびきをかいて寝ていたらしい。どこでも良く寝る奴だ。いやいや。もっとも、後部座席の3人は、程度の差こそあれ良く寝ており、おまけにスティーブはずっと仕事の話しかしないので、一人で相手をつとめていた助手席のマイクは大変だったようだ。
ちょうど夜中の12時頃。宿の火災報知器のベルが鳴り響く。どうせ故障だろうと思ってきにしていなかったのだが、マイクは結構驚いていたらしい。彼の手記には、この夜の事がこう書き記されている。『明日の会議のための予習をしながらうとうとしていたが、はっと我に返る。5分後2度目のベルが鳴る。窓から外を見ると、消防車が3台くらいやってきて、沢山の消防士がわらわらと降りてくる。不安になって、パスポートと現金とザウルスをウエストバッグに入れて逃げる準備をする。「Powerbookは会社のだからいいや」(^^;) 様子が分からず不安なので、廊下に出てみる。階段で消防士が右往左往している。「ここで焼け死んだら日本のテレビに名前が出るんだろうなぁ、、、」とか思うあたり妙に冷静である。さらに10分後、3回目のベルが鳴る。たまらずロビーに降りてみる。レストランの厨房の前に人だかりがしているので、ホテルマンに「どうしたんだ?」と聞いてみるが、「なんでもない、なんでもない」との答えしか返ってこない。ホテルの名前に傷が付くのを恐れているのだろうか?「アメリカのホテルには○適マークはないのかなぁ。」と訳の分からないことを考える。落ちついているようで、結構動揺しているものである。結局それ以上の動きもなく、やがて消防車も帰ってしまったので、予習をして2時半頃寝てしまった。』
7/25(ET)
今日から仕事である。朝飯は抜いて(つーより,入るわけもなかったと言うべきか)集合する。実はこの日も朝の3時から打合せの参考資料とかを英文に書き落としている。午前中のミーティングも早々にサリル・B氏(以下サリル)は姿を消し,スティーブともう一人,ブルース・K氏(以下ブルース)が今日のお相手である。ブルースは結構年かさのおっちゃんで、どうも目付きが恐い。厳格な校長先生といった風情である。昼飯は,B社のカフェテリアで取る。マイクと羽藤氏は,戻ってきたサリルを含むB社の3人に雪隠詰めにされ,苦労していたらしい。私と丹羽氏は,のんびり通訳さんと世間話をしていたが。昼飯を終えてカフェテリアを出ると,普段はしまっているB社の売店が開いている。これは見逃してはなるまいと,一行揃って売店へ行くことにした。前日,土産物を買うならここがいいとWBの店に連れて行っても結局何も買わなかったくせに,ここではあーだこーだ言いながら買い物をする日本人に,スティーブは怪訝な顔をしていたらしい。そりゃそうだろうなあ。
5時になり,ミーティングを終えて戻ってから,スティーブに教えられた店に夕飯を食べに行く事にした。7時半ぐらいに集合ということで,とりあえず解散する。ニュージャージーの夏は,日の暮れるのが遅い。8時ぐらいまで日が出ている。ということで,その僅かな時間でマイクは泳いでいた。なんであんなに体力があるんだろう。
私は私で,前日ちらと見掛けたコミックス専門店に行ってみる事にした。ホテルから数分の所にあるその店は,間口が狭い割には奥行きがあり,中には数人の子供と怪しいあんちゃんが居た。あんちゃん,といってもかなり太った長髪のあんちゃんである。つまり,地味な眼鏡とポストホビーの紙袋とバッテン掛けのショルダーバッグを足せば,まんま業界標準である。洋の東西を問わず,ヲはヲということなのだろう。ただ,向こうのヲは陽気である。何冊か選んで持って行くと,「Wow, it's a good choice!」とか,Vampirellaを指差して「I, I love her inthe red robe! Mmmmm..!」とか,いちいちうるさくて,楽しいあたりが良い所であろう。
ま,そんな話は置いといて,スティーブお薦めの店である。スティーブいわく,バリエーションもあり,量も適当だと。RedHeadsというその店にはタクシーで行く事にしたのだが,ホテルで呼んだタクシーは鬼のように汚かった。いや,そーでなくて。ちょっと遠い,middletownというところにあるその店は,日本で言えばつぼ八とかガストとかのレベルのお店のようだった。スティーブが後日語ったところによると、「あの店に行くと、去年NTTでミーティングをした時に行ったあの店(つぼ八)を思い出すんだ」と言っていることからも、我々の認識は合致していると言えよう。喧騒,大雑把な料理,変に愛想のいい店員。そして,大味で量だけは多い料理。特に我々を恐怖のどん底に陥れたのは、サラダのドレッシングであった。「ペッパーとロシア風とラズベリーがあるけど、どれにするかね?」あくまでも陽気に問う店員。恐いもの見たさでついラズベリードレッシングを注文してしまうマイクと羽藤氏。出て来たサラダは、血のように赤いドレッシングにまみれている。一口、口にした途端に、マイクの顔がゆがむ。「ラズベリーだよおー」情けない声で、そのまんまを言うマイク。ひねりなさい、とか考えながらも、とりあえず一口賞味させてもらった。「うう、ラズベリーだ」ひねるも何も、ラズベリーなのだ。それほどに強烈で、酸っぱくて甘くてまずい。アメリカ人の味覚に、我々はただ恐怖したのだった。翌日,スティーブに「食いきれなかったよ」と言ったら,「そうか? 私は量が多くてちょうどいいので,あの店が好きなんだけれども」とのたまわれた。ああ,アメリカ人って‥‥(T_T)
7/26(ET)
打合せ2日目である。打合せの内容はおいといて。この日は、もう流石に時差も抑え切り、活発な論議があったのだが、NTT側の別の部署のコメントに基づいたB社のまとめに異義をさしはさむ奴(俺だ)とかいて、マイクに「あー、この人はまたよけーな事を…」という目で見られてしまいましたとさ。

<会議中の記念撮影>
それはさておき、この日の昼食は、スティーブに近所の北京料理屋に連れて行っていただけるということで、車で移動する。外は、いまにも夕立ちが来そうな天気である。店自体は非常に雰囲気も良く、スティーブ曰く「ちょっと高級な中華料理屋なんだよ」だそうで、確かにバーミヤンなどとはちょっと違う。小吃房と龍苑の間ぐらいであろうか。でもランチセットが8〜10ドルとお手頃である。中華料理のいいところは、メニューに漢字が使われており、かつ英語表記があるので、なんとなく何が出るのか分かるあたりだろう。初日から胃腸の調子の悪いマイクはお粥を頼んだが、他の面々は適宜ランチセットを頼み、ついでにスティーブが中華なナチョスを頼む。料理が運ばれるのを待っていると、いきなり外で雷が鳴っている。アメリカでは、夕立ちも凄い。夕立ちと言っても、英語ではThunderstormである。もう、これが降る降る。しかも、落雷のためか、いきなり停電である。UPS(無停電電源)が良く売れるわけだ。B社では、停電時は発電機に切替え、長時間停電する時には安全のため全員帰宅してしまう、などという話を聞きながら、環境の違いに驚きかつあきれていると、あまりの勢いの為か、それとも店がぼろいのか、雨漏りまで始まってしまう。そんなこんなで、結構ハプニングがあった割に、結局出た物は全部食べてしまうあたりは基本であろう。
そして、何事もなかったかのように午後のミーティングを終えてホテルに戻り、今日は一回ぐらいホテルで飯を食おうかということになった。だがここで我々はひとつの疑問にぶちあたった。前日の朝食時に見かけた、「5時以降はジャケット着用」という服装コードである。ジャケット着用とは、いったいどの程度の服装を言うのだろうか。まさか、正装ではあるまいが、タイをしていくべきなのだろうか。ジャケットを着ていれば、下はTシャツ+ジーンズでもよいのか。深く考えずにふつーのパンツとふつーのシャツで良さそうな物なのだが、本当にそれでいいのかと問われると、下限についてはいまいち自信が持てない。ので、聞くことにした。フロントのおねーちゃんに聞いてみると、「なんだ、そんな事もしらないの、このおのぼりさんは」みたいな苦笑と共に丁寧に教えてくれた。結論としては襟付きのジャケットで、ジーンズ不可らしい。これから米国に行く人は注意するように。食事はこれまた結構な御値段で(と言っても、スープをつけてたかだか$30程度なのだが)、ちょっと腰がひける。マイクは、あいかわらず食欲が無い。ので、きっと少ないだろうとサーモンを頼む。幕張ペアはNYカットのステーキ、私は「フィレ」だけ理解できた何かを頼んでみた。しかし、来てびっくり、ステーキはともかく、私の皿には白身魚の薄っぺらいのがでろんと乗っかっている。アメリカサイズかと思ったら、ほとんど松良サイズである。全然足りない。かたや、マイクの皿には厚さ4cmはあろうかという鮭の輪切りが載っている。というわけで、マイクの鮭を半分いただいてしまったのだった。ごちそうさま。なお、丹羽氏は、ステーキの「大味で量だけはある」攻撃に参っていたが、羽藤氏はきれいに平らげていたようだ。
で、明日までしかメールリーチャブルな場所に居ないわけだが、宿題で持って来たATMOSの所内資料は全然終っていない。このままでは日本に帰れないのではないかと、甚だ不安になる。この懸念がまさに的中しようとは、ちょっと予想してたかも知れない。いや、予定通りに帰りはしたのだが。
7/27(ET)
朝である。午前中ミーティングなので、朝の内にチェックアウトをしなければならない。で、5時ごろに内職を打ち切って荷物をまとめる。喉が乾いたので、自動販売機でコーラを買っていると、マイクがやって来た。見ていると、「だめだなあ」とかつぶやいている。話を聞くと、初日にスティーブが教えてくれた「25¢玉/10円玉コンパチ説」の検証をしていたとのこと。やるなあ。
チェックアウト後、フロントに言って、荷物を預ってもらう。私とマイクは先に預けてしまったのだが、後から来た幕張ペアの荷物を預ける時にハプニングがあったらしい。荷物預りの場所がよく聞き取れなかったらしい幕張ペアは、ずんずんと廊下を歩き続けて、挙げ句にベルボーイに連れ戻されていたらしいのだ。おまけに、荷物を置こうとしたら、電動ハンガー(洗濯屋などにあるような奴)のスイッチの上に置いてしまったらしく、いきなり機械が動作しはじめ、かかっていたえもんかけががらがらと落ちて来たとか。当事者の羽藤氏は、「生涯のびっくりしたことの中でも5本の指に入りますよ」と言っていた。ううむ、それほどのスペクタクルを見損ねてしまったとは、非常に残念である。
午前のミーティング後、スティーブが「アメリカの家庭を見て行かないか」と招待してくださる。「単なるビジネスパートナーではなく、より近しい友人として今後とも共同検討を続けて行きたい」などという暖かい御言葉で今回のミーティングを締めくくった直後だけに素直にすごく嬉しい。で、スティーブ宅というのが、これがまた広い広い。1階には16畳位のリビング+ダイニングの他に8畳くらいのダイニングキッチンしかないのだが、中2階に客用寝室、踊り場にスティーブの机、2階に子供部屋と夫婦の寝室があり、地下にはゲームルームと2台分のガレージがある。殊に感心したのはゲームルームで、元は打ちっぱなしのコンクリ壁だったのを自分で改装したとか。しかも、壁に自分で穴を開けてHOゲージの小さなレイアウトまで設置してある。拾って来て修理したビデオポーカーも置いてあるし、実はヲなのかもしれない。
<スティーブ宅にて>
で、なんだかんだで遅くなったが、ホテルに一旦戻り、ニューヨークへ向かう。来る時の運ちゃんが妙に不機嫌だったので、4人乗っても大丈夫なステーションワゴンのタクシー(ハイヤーかもしれない)をフロントに呼んでもらう。やってきたのは立派な車(総皮のシートのタクシーは、今回の旅行中後にも先にもこれだけだった)で、運転手もサンダーバードのパーカーのような絵に書いたような運転手である。御丁寧にこのクソ暑い中上着まで着ている。「暑かったら脱いでいいよ」とマイクが言っても、結局最後まで意地を通して上着を脱がなかった。リンカーントンネルを抜けると、そこに忽然と現れるマンハッタンの摩天楼群。「Oh、Newyork!」などと、すっかりおのぼりさんと化した我々ははしゃいでしまったのであった。堅そうに見えたタクシーの運ちゃんも「Yes, it's NEWYORK!」とか言って、おのぼりさんたちをあおり立てる。だが、最も印象に残ったのは、初日から結構静かだった丹羽氏が、いきなり元気いっぱいになったことであろう。
チェックインを済ませて、蟹を食いに行く為に、まず葉玉さんの研究室へ行くことにする。先程のパーカーと違ってこの時の運転手は仮営業免許の人で、かなり商売熱心であった。何せ、帰りの時も電話してくれれば迎えに来るとか、一生懸命言っている。しまいには葉玉さんの学業の心配やら、AIDSの心配までしてくれたのであった。コロンビア大学の入口で電話してくれとの事だったので、マイクが電話をかけに行った。羽藤氏、丹羽氏もついていったので、私は校門前であたりを眺めていることにした、のだが、全然戻って来る気配が無い。気になったので見に行くと、電話が故障していると言う。どこでも似たようなものか、と思って見ていると、その「故障している」とマイクが言った公衆電話で、通りすがりのおじさんが電話しているではないか。おかしい。で、マイクが横でかけているにもかかわらず、並行して電話をかけてみると、ちゃんと葉玉さんにつながったのである。もちろん、横でかけていたマイクの電話は、「25¢入れてけろ」と繰り返していたらしい。どうも、マイクとNYの公衆電話は相性が悪いようだった。それとも、朝のコンパチ事件の祟りで、コインといえどもコピーしちゃいけませんの神様の目からは逃れ得ないという事だったのかも知れない。葉玉さんの研究室を見物後、NW部の森さんとの待ち合わせ場所に向かう。タクシー2台で行くしか無いということで、幕張ペアがうそうそしている。どうも、葉玉さん+横須賀ペアと、幕張ペアという乗り分けを想定しているようだ。で、これまでのタクシー乗車パターンでは、マイクがかならず助手席で運ちゃんとのコミュニケーションを担当し、残り三人はマイクに頼りきっていたわけで。マイクはB社との共同研究グループのジョン万次郎だね、などと話していた矢先である。で、結局葉玉さん+幕張ペアと、横須賀ペアという車割りで待ち合わせ場所に向かう事とした。二人ともほっとしていたようである。で、実は横須賀ペアは、「どーやってタクシー拾えばいいんだー」とか、先に行ってしまった葉玉さん達のタクシーを見送りながら不安におののいていたのであった。無事タクシーも拾えて、待ち合わせ場所につくと、森さんがぽつねんと座っていた。マイクが手を振ると、大げさに手を振りながら立ち上がる。んー、どらまのようだ。「アメリカ式」とか言いつつ抱き付こうとするマイク。笑いながらびしっと拒否する森さん。ドラマというよりはコメディかも知れない。交差点の対角線に居た先行の葉玉チームとも合流し、本日のメーンエベント、蟹屋である。
サイドウォーカーというこの店は、田村正和でおなじみ「ニューヨーク恋物語」の舞台になって以来、日本人には有名な店らしい。森さんが予約してくださっていたのですぐ入れるかと思ったのだが、実は集合時間を間違えていたらしくしばらくカウンターで待つ事になった。カウンターには灰皿が置いてあり、私と丹羽氏はいたくほっとする。NYに来てからというもの、喫煙可能な場所がほとんどなかったのである。なんでこうどこもかしこも禁煙にするかねえ、などといいながら一服していると、テーブルの支度ができたようだ。スパイシーなメリーランド産の蟹というのを勧められたので、それを頼む。出て来た物は、ほんとにゆでただけの蟹で、それを人数×6匹まとめて、机の上にざっとぶちまけ、チリペッパーをひと瓶どかどかっとその上にぶちまけたという代物。もう、いきなり手づかみでむしっては食い、である。3匹も食べるといい加減飽きて来るのだが、目の前にはまだまだ山のようにあり、ノルマを果たすまでは帰れないのではないかと言う脅迫観念が生まれている。もう、無心になって食べる。数年前の北海道での蟹食い放題以来、蟹からは遠ざかっていた私だが、これでまた当分「蟹は見たくないモード」である。なんとかたいらげて、地下鉄でホテルへ帰る。葉玉さん曰く、「10時ぐらいまでは大丈夫だけどそれ以降は地下鉄はあぶないよ」とのこと。もっとも、帰ってからガイドブックを見たら「8時以降は危険です」と書かれていたが。NYの地下鉄は、車両は冷房が効いているのだが、駅はまったく冷房がかかっていない。つまり、車両の廃熱がまんま地下にこもっているのである。ずいぶん待たされた後、やっと来た各駅停車に乗り込んだ時には、生き返ったような気がしたものである。
ホテルで、今日までの清算を行うと言う事で、喫煙可能な木村部屋で清算大会である。みな、一様に疲れ、眠気も手伝って切れかけている。某氏の口ぐせであるところの、「帯に短したすきに長し」を落とし所として、翌日の観光計画などを練りながら5分に一回は「帯に短しタスキに長し」と言っては切れたように笑っていたような気がする。しかし、よくよく考えて見ると、私は翌朝から別行動なので観光計画を聞いてもしょうがなかったような気がする。まあいいか。
この後、マイク+幕張ペアのニューヨーク組と私は別行動をとることになる。
[文責:木村]
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さあどっちから見ます?まいく川上のニューヨーク編orぺき木村のピッツバーグ編
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<ロックフェラーセンター>
ロックフェラーセンターでの記念撮影を早々に切り上げて更に徒歩で移動し、我々の泊まっているシェラトンホテル前のキャッツシアターで今夜のチケットを購入した。今夜の公演だというのに図らずも3人横並びの前の方の席を取ることが出来た。らっきー。ちょっと脇のほうだが。料金表では6段階くらいの2番目のランクだったので、S席かA席というところか。1人$67である。窓口嬢は美人だったが、日本人だと心配らしく何度も「今夜の分ですね」と念を押してきたのがおかしかった。きっと過去にトラブルがあったのだろう。この時点で、芸能通羽藤氏の野望の1つはかなえられることが確定したが、オルタナティブである「ブルーノートでジャズを聞く」は実行不能となった。複雑なところである。
とりあえずチケットも買えたので、後は夕食まで自由行動とする。筆者は妻の依頼のセリーヌのバッグを買いに5番街まで戻ったが、お目当てのバッグは日本で売っている価格よりもかなり高い値が付いていた。フランス製品不買運動のあおりだろうか?確信がもてないので、日本は午前5時だというのにも関わらず国際電話で妻に確認してしまう。しょうがないのでホテルへ戻り、代わりの土産として売店で「NOMO」Tシャツと記念に送る絵はがきを買って、ホテルのプールで一泳ぎした。シェラトンのプールということで期待していたのだが、横須賀市営プールといい勝負である。おまけにカルキが強くてすぐ目が痛くなってしまった。ここも若い金髪ねーちゃんがライフガードだったのが唯一の救いだ。羽藤氏と丹羽氏はこの間「バナナリパブリック」でTシャツなどを買っていたそうである。観劇前に腹ごしらえをする必要があるが、シェラトンのレストランには大したものがなく、隣のヒルトンのレストランに入って何だかよくわからん「Tofu入りスープ」と小さい牛ヒレステーキをオーダーする。もう量が多いのはこりごりなので、ちゃんとステーキのサイズを確認する。正体不明のスープは本当に豆腐が入っており、日本の澄まし汁のようである。うまそうにのみ終わってほっとしている我々の顔を見ながら、白人のギャルソンが得意げに説明した。「日本人のシェフが作りましたから。」(あちゃー)
その足でキャッツシアターへいく。流石に本場もんは違う。足が長い。スタイルがいい。踊りがかっこいい。しかし、しゃべりの部分は少しは何とかなるのだが、歌のパートになるともうちんぷんかんぷんである。不覚にも少しうとうとしてしまった。休憩時間になると客も舞台に上がれるので、早速上がって「ブロードウェイの舞台に立った」とかいって喜んでしまった。まだまだ子供である。でもおかげで眠気はさめた。言葉は分からなくともそれなりに感動するものである。最後に全員で挨拶する場面などはやはりじーんと来てしまった。その晩は余韻に浸りながらホテルへ戻り、記念に家族に出すエアメールを書いて投函し、荷物のパッキングをしてベッドに着いた。
7/29(ET)
翌朝は目覚まし時計で7時に起床する。と同時にルームサービスが朝食を持ってくる。野郎、7時15分と書いておいたのに。コーヒー、ミルク、グレープフルーツジュース、スクランブルドエッグ、ベーコン、そしてパンは勿論「ばじぇーる(^^;)」である。朝食を終えてテーブルを廊下に出しているとき、外出から帰ってきた羽藤氏と会った。何とセントラルパークをジョギングしてきたそうである。繰り返しになるが、やっぱり誰かさんの後輩である。手早く身支度を整え、部屋のテレビで「ビデオチェックアウト」(便利な世の中だ)を済ませてロビーへ降りた。
3人揃ったところで、タクシーに乗りニューアーク空港へ向かう。車内では昨夜の余韻を引きずり、芸能通の羽藤氏を中心にミュージカルネタで盛り上がる。しまった、せっかく木村先生に前フリしてもらったのに、ミュージカルに疎い筆者は話の内容を全然覚えて無いぞ。空港に着いてUAのカウンタへ直行するがエコノミーのチェックインカウンタはまだ開いていない。とりあえず、並んで待っていると程なく開いた。早めに行って待った甲斐があり、幸いにも今度は3人横並びの禁煙席を撮ることが出来た。まずは一安心である。ただ、会議資料を詰め込んだ我々のスーツケースには"HEAVY"のタグが付けられてしまった。さて、土産を買おうと出発フロアへ移動した我々を次なる不幸が襲った。もともとニューアークの免税店は非常にお粗末で品数が少ない。そこで筆者は一般の空港売店に望みを託していたのだが、なんとそれら売店群は一斉改装中で無情にも板張りで囲われてしまっていたのである。唯一の救いは廊下の端で細々と仮設店舗が営業されていたことである。免税店で簡単な土産を買い、後はそれらの仮設店舗をぶらぶら見て廻る。木村氏の文にあるように日本人観光客はマナーが悪い。硬貨は円に換金してもらえないので使い切っちゃえとばかりに、コインで払う払う(筆者も昨日エンパイアステートビルでやってしまったが)。どうやらニューアークにはホノルルやJ.F.K.、シカゴのような日本人相手に募金を集めてまわる人はいないようである。
狭い店内もいい加減見飽きてきた頃に、筆者はドラッグコーナーの前でふと目を停めた。なんとダイエーでは\900円もするジョンソンアンドジョンソンの糸ようじが、たった$1.75ではないか!?思わず2つも買ってしまったぜい。後日イムリッグさんに聞いたところでは、スイスでは\300円くらいらしい。ううむ。もっと沢山買ってきて日本で商売すれば良かった。そういえばスティーブが「アメリカにはアイスコーヒーが売ってない。日本では沢山のベンディングマシーンで缶入りのアイスコーヒーが売ってあっていいなぁ。なぜアメリカでもやらないのかなぁ。」と言っていた。確かにアメリカは自販機の数自体少なく、種類もコーク、ダイエットコーク、ジンジャーエールくらいである。日本のコカコーラの自販機と違って、ジョージアもウーロン茶も草健美茶(字は自信がない)も売ってないのである。日本から缶コーヒーを持っていって売りさばき、アメリカから糸ようじを買って帰って商売すれば大儲けできるのではなかろうか?などと考えてしまった。糸ようじの隣にはスキンがあったが、こちらは日本と同じくらいの値段である。ためしに買ってみようかとも思ったがサイズが合わないと悲しいのでやめた。試着させてくれと言う訳にもいかないし。。。
次は雑誌コーナーである。ここで見慣れたキャラの載った表紙につられて「Game Pro」という、いかにもなネーミングのゲーム雑誌を購入する。その時は知る由もなかったのだが、ピッツバーグで木村先生が偶然にも同じ雑誌を買われていたとは!!ご覧になりたいかたは2人の席に常備されています。内容を見ると今やアメリカの家庭用ゲーム機業界は日本企業の独壇場である。サターン、プレイステーション、3DO、スーパーニンテンドー、ゲームボーイ、任天堂の次世代機「ULTRA64」まで載っていた。サターンは出たばかり。プレイステーションは9月に$299で発売予定である。待望のソフトとして、日本の闘神伝が詳しく紹介されていた。だからって、ゲームそのものが出る前に隠し技(こーるみーくいーん)とかまで紹介するなよな。ところで噂によると、著作権の基準が国毎に違うので、キャラ物を扱うことの多いこの手のゲーム機では外国での著作権係争になるケースを恐れて、同じブランド名の機種でも発売した国内でしか動作しないソフトにするらしい。つまりアメリカでアメリカ版PS用ソフトを買って帰っても日本のPSでは走らないそうである。なるほど、それで輸入Windowsソフトは98のWindows上で走らないのね(^^;)ソウジャナイケド。
搭乗時間も迫ってきたので、搭乗口で他の2人と合流する。更に同じ便で帰国する藤井さんとも会う。藤井さんの「楽しかった?」の問いに思わず「はい。そりゃぁもう」と答える筆者。そうじゃないだろ。そのうち、コノシュアーにアップグレードされた藤井さんは、とっとと先に搭乗されてしまった。いいなぁ。。飛行機に乗ったらもう3人とも寝る寝る。食事以外はずーっと寝ていたような気がする。やはり禁煙席は快適である。というわけで帰りは何事もなく成田に到着してしまった。
7/30(JST)
いやぁ、初日に時間通りに全員集まった時点で「この出張はもう無事終わったも同然」とか思ったが、やっぱり結構疲れた。一緒に行って下さった皆さんありがとう。お世話になりました。人混みで体がぶつかって思わず「えくすきゅーずみー」と口走ったり、入国審査官の「ニューアーク?」との問いかけに「イエス」と答えたりという洋行帰りのボケをかましながら無事家路につきましたとさ。めでたしめでたし。
ここまでおつきあい下さいました読者の皆さんありがとうございました。もしあなたが「ピッツバーグ編」をまだお読みでないなら、ぜひそちらも読んで下さいね。こっちより何倍も面白いですから。ぢゃ。
本旅行記の内容は、ほぼ事実に基づくものであるが、筆者の主観的な脚色が一部施されていることをお断りしておく。
[文責:川上]
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成田である。何がうれしいってあーた、いきなり空港内でタバコが吸える。思わず荷物が出て来る前に3本チェーンスモークしてしまいましたとさ。
Written by 木村 & Written by Y1K