伊豆大島旅行記


はじめに
 今回の伝網G忘年会は、伊豆大島為朝園への1泊2日旅行であったが、現地までの
往復は自己解決ということで、湊師匠と筆者川上は2日間をフルに使った独自行動を
とったため、皆さんと異なる興味深い経験をすることが出来た。このまま胸にしまっ
ておくには惜しいため、ここにご報告することにする。

1.湊師匠が来ない!!
 今回はいきなりネタの神様に襲撃されてしまった。湊師匠と筆者は、2人の合流点
である大船駅のホームで待ち合わせをしていたのだが、待てど暮らせど湊師匠が来な
い。そうこうしている内に、我々が乗ることにしていた熱海行きの電車が来てしまい
、とうとう会えぬまま仕方なく電車に乗り込まざるを得なかった。不安な気持ちを抱
いた筆者を乗せて電車はひた走り、熱海に到着してホームに降り立ってみると、何と
にこにこ顔の湊師匠がそこで出迎えているではないか! 聞けば、大船からは1つ前
の小田原行き電車に乗り、小田原でこの熱海行きに乗り換えたとのこと。「何のため
に乗る電車まで決めたんだよぅ..」とぶーたれても後の祭りであった。とりあえず
一安心というところである。熱海駅からは徒歩で熱海港まで移動したが、15分ほど
で到着し、乗船名簿を書いて無事二人は船上の人となった。筆者は大島の遠景を船上
から写真に撮るつもりであったのだが、当日は5時起きだったこともあって、ガラガ
ラの2等船室で爆睡してしまい、結局写真が撮れなかったのが心残りである。湊師匠
はというと、熱海港で朝食代わりに買い込んだビスケットをぱくついた後、船内をう
ろうろ探検していたようである。

2.自転車で喰い逃げ
 大島の元町港の桟橋では、何故かお巡りさんと、それから旅館やレンタカーの客引
きが大勢出迎えてくれた。レンタカーの料金表をのぞき込んでみると「スターレット
3時間¥6,500円!!」とある。ということで、移動手段にレンタカーを借りる
案は即座に却下となった。次にバスの時間を見るが、我々の目的地である波浮港行き
のバスは1時間に1本しかない。もう1つの目的地である千波地層切断面見学のため
に途中下車した場合、次のバスを1時間も待たねばならないのでこれも使えない。結
局、観光案内所で収集したパンフに載っていたレンタサイクル(マウンテンバイク半
日¥1,700円)を借りることにして、地図を頼りに行ってみる。ところがオフシ
ーズンのせいか、レンタサイクル屋は扉が閉まっていて営業しているのかいないのか
わからないような状態であった。我々が恐る恐るのぞき込んでいると、やたら愛想の
いいおばちゃんが出てきて、何やかやと世話を焼いてくれ、あれよあれよと言う間に
我々は車上?の人となった。このときおばちゃんが『「リス村」の割引券とどっちが
いい?』と言いながら「ミルクセンター」の牛乳タダ券をくれるのだが、これが後に
思わぬ悲劇を呼ぶことになる。ともかく、我々は颯爽とマウンテンバイクで大島周遊
道路へこぎだしたのだが、気持ちが良かったのは最初の内だけで、思いの外アップダ
ウンの連続する道を進む内に、日頃の運動不足がたたって次第に足がだるくなってく
る。しかし幸いなことに、「もうそろそろ限界だよぉー」と思ってる頃に目の前が一
気に開けて、延々と続く雄大な地層面が我々の目前に現れた。第一目的地である「千
波(せんば)地層切断面」に到着したのである。千波地層切断面は、道路工事で山を
切り崩した際に切り通しの崖面に現れたもので、度重なる三原山の噴火によって形成
された火山灰の堆積構造がはっきり分かる貴重な野外標本である。大島町としても観
光の目玉の1つと考えているらしく、ここだけ道路が広くなっていて妙にきれいに整
備されている。ともあれ、運動した後に眺める雄大な景色というのは何とも気持ちが
よいものである。しばらくの間記念撮影と休憩をしてリフレッシュし、我々は再び南
へ向かってこぎだした。あと半分である。

 「周遊道路」というから、海岸沿いの平坦な道かと思っていたが、どっこい山中を
走っていて、結構アップダウンが激しく変速機付きのマウンテンバイクでもかなり苦
しい。10年前はバスで通った(しかも寝ていた)ので気づかなかったのだが。¥2
00円安いママチャリにしなくて良かったと痛感する我々であった。道中きついなが
らも、走る我々の前をリスが横切ったりして、それなりにサイクリングの醍醐味を味
わうことができた。波浮港まで3/4ほどの差木地(さしきじ)地区にさしかかった
とき、我々の目に「牛乳煎餅製造販売」の看板が目に留まり、休憩がてらちょっと覗
いてみることにする。しかし、入ってみた途端に我々は「しまった」と思った。土産
用の詰め合わせしか置いて無く、当然我々以外に客は居ないので、買わずに出るのは
非常に気まずい状態なのである。「あのぅ、ばら売りとかは無いんでしょうか?」と
おそるおそる聞いてみると、愛想のいいおばちゃん(大島の人は総じて愛想が良いよ
うだ)が「裏でつくってるから見てって」という。言われるままに裏手に廻ってみる
と、普通の家を改造した典型的な家内制手工業の作業場で、おじいさんが1枚1枚手
焼きでつくっている。言いなり状態の我々は熱々の柔らかい焼き立ての煎餅を2枚づ
つ頂戴した上に、名産の「あしたば茶」までご馳走になってしまった。すっかり恐縮
してしまった我々は、頂くだけでは申し訳ないのでしばらくおじいさんと世間話をす
る。「元町の方に卸されてるんですか?」「(煎餅に書いてある)この歌は大島の民
謡ですか?ちょっとどんな歌か教えて下さいよ」などと、気分はもう「くいしんぼう
万歳」か「ぶらり途中下車の旅」である。結局頂くだけ頂いた後、「買いたいんだけ
ど自転車だとかさばるんで帰りにまた寄ります」と言って立ち去ろうとする我々を捕
まえて、おばちゃんは何と「途中でおなかが空くやろ」と煎餅を5枚づつ持たせてく
れた上に、ジュースまで出して来ようとする。我々は「いえ、ホントに結構ですから
」と煎餅だけ頂いて逃げるようにして立ち去ったのであった。
 その後程なくして波浮港に到着した。ここは野口雨情という人の歌で有名らしいの
だが、筆者にとってはむしろ地質学的な意味で興味深い場所である。というのもここ
は昔の噴火口の跡で、円形の火口跡地形がはっきりと分かる貴重な野外標本だからで
ある。江戸時代におきた地震によって火口縁の一部が崩れて海とつながり、現在のよ
うに港として利用されるようになったそうである。港をしばらく散策した後、やはり
高いところから見てその特異な地形を実感する必要があるという事になり、上の方の
尾根沿いに走っている周遊道路に出るために、自転車をかついでえっちらおっちら急
な石段を登っていった。こんな時は自転車は不便である。長崎に自転車屋が無い理由
がよく分かる。ともかく、死にそうになりながら上の道にたどり着き、展望台を探し
て記念撮影をする。展望台の前には食堂があってタクシーが停まっており、さっきの
船で一緒だった観光客が食事をしていた。我々だけかと思っていたが、他にもここま
で来る物好きな観光客が居るのね。その後、もと来た道に合流して再びひたすらペダ
ルをこぐ。例の牛乳煎餅やさんはどうしようかと考えたが、「また寄ったら今度はジ
ュースまで出されてしまう。それではあまりに申し訳ない」という結論に達し、その
ままそしらぬ顔で通り過ぎてしまった(^^;)。目指すは次の目的地「大島火山博物館
」である。
3.博物館でびっくり
 帰りは行き以上にしんどかったが、4時頃にどうにか元町近くの火山博物館に到着
した。10年前に三原山が噴火した直後は、東大地震研の測候所を改造した急拵えの
ものだったが、現在は場所も移転して立派な建物になっている。余談だが当時助手と
してこの測候所に赴任された、筆者の大学時代の研究室の先輩Y氏は、赴任直後に噴
火があったためあれよあれよと言う間に助教授になられた。そういえば九大のN助手
も雲仙の噴火で助教授になられた。地学は巡り合わせがものをいう偶然性の学問とい
えよう。それはさておき、玄関先に自転車を止めて入館した我々は、折角だからとパ
ノラマスクリーンの上映と火山ツアーカプセルも見ることにした。1階を見終わり、
2階展示室を見学している内に上映時間の知らせがあったので、上映室に行くために
1階に戻る。はっきりいって足ががくがくで階段の上り下りがつらい。上映室で足を
延ばしてくつろいでいると、午後の便で来られた他のメンバが「やっぱり居た居た」
などと言いながら続々ご登場され、晴れて再開となった。さて上映の内容はと言うと
島の人の日常生活シーンの映像に独白がかぶって流れるという構成で、とりたてて噴
火の資料映像が流れるというわけでもなく、何が言いたいのかさっぱり分からないつ
まらない内容であった。失意の我々は、気を取り直してカプセルに向かう。カプセル
は6人乗りの宇宙船を模したもので、前方のスクリーンに映る映像と連動してボディ
ーソニックの音響を体感するものである。実は、さっきのがあんまりだったので大し
て期待していなかったのだが、これがびっくり。コンピュータグラフィックでかかれ
た、マグマや石英の結晶のポリゴンがぐりぐり動く動く。おまけに銀河万丈のナレー
ションがお茶目である。マグマに翻弄される宇宙船の緊迫したアナウンスの数々を宣
ったあげくに曰く「火山の仕組みがちょっとだけ分かってくれるとうれしいな」(^^;
)。思わぬ所で得した気分になった我々であった。

4.露天風呂!しかも混浴!?...
 その後、湊師匠、ちゃちゃ、筆者の3人は観光パンフの写真につられて町営露天風
呂「浜の湯」に向かう。観光パンフ、そこには水着の若いギャル2人が夕日をバック
に微笑みながら露天風呂に入っている姿が写っていたのである。じゅるっ。そう、1
0年前の噴火でわき出した温泉を利用した「浜の湯」は、町営なので値段が安い、露
天風呂!、混浴!!と3拍子揃った魅力満載の温泉なのである。我々は期待に胸と股
間を膨らませながら道を急いだ。湊師匠と筆者は自転車であるが、かわいそうにちゃ
ちゃは走りである。ほどなく温泉に着き水着に着替えるのももどかしく中に入った我
々の目前に広がったのは、地方の温泉センターと何ら変わらない地域密着型の大衆欲
情もとい浴場の風景であった。ギャルはおろか、居るのは親父ばかりである。たまに
いる♀はというとおばちゃんのみ。どっと疲れが出てしまった我々は、筋肉マッサー
ジなど旅の疲れをいやすことにのみ専念し、そそくさと上がってホテルへ向かった。
途中迷いそうになるが、半信半疑ながらレンタサイクル屋のおばちゃんの言葉通りに
真っ暗な路地へと曲がってみると、ちゃんとそこにホテル「為朝園」があった。おば
ちゃん偉い!!

5.どひ〜!信じらんない
 ホテルに到着するや、研究所ならではの品のいい宴会(やっぱ研究所の飲み会は品
行方正で良いなぁ。事業の泊まり掛けの宴会とかだと例外無く大荒れだもんなぁ)で
、談笑しながらのお食事である。この宴会中、湊師匠より、自分のサブオーディネー
トである前大道君が、実はNHK大河ドラマ「吉宗」の少年時代「頼方」にうりふた
つであるという指摘がなされ、満場の合意を得たため彼の識別名が「頼方」と命名さ
れるなど、1年を締めくくるにふさわしいイベントも発生した。その後、交代で入浴
しながら例によってゲーム大会である。惜しむらくは、このホテルのTVはビデオ端
子がない上に移動ができず、夢の「リッジレーサーレボリューション対戦トーナメン
ト」が実現できなかったことである。そんな中、意外にも数々のポリゴンぐりぐりア
クションゲームを押しのけて、「ツインビー対戦パズル玉」に人気が集まっていた。
同ゲーム中の名フレーズ「どひ〜!信じらんない」や「リボンアターック」はことあ
るごとに参加者の爆笑を買い、長く人々の記憶に留められることとなった。筆者はと
言うと、小ベルが落ちてきて大ベルに変わるというシチュエーションと、「○の中に
ベル」という日頃の業務で見慣れた図柄が、どうしても忘れたい日常へと引き戻すせ
いか今一つ調子が出ず連敗を重ねてしまった。

6.火口原でひーこら
 翌朝は、ホテルのおばちゃん達の「はいごめんなさいよ」と言う声で起こされる。
何とチェックアウトの清算のために、冷蔵庫の中身を調べにずかずかと部屋に上がり
込んできたのである。全く、プライバシーも何もあったもんじゃない。カップルの部
屋にも遠慮無しに入ってくるのだろうか?くわばらくわばら。そんなわけで寝覚めの
悪い起こされ方をしたが、三原山山頂行きバスの時間が8時という事で、慌ただしく
朝食を取って出発した。チェックアウト時に聞いたところによると、今日の船の着岸
は元町ではなく岡田港とのことである。かくして「下山後にもう一度浜の湯にギャル
を捜しに行くぞ計画」はもろくも崩れさってしまった。さて、音声テープの観光案内
や「あんこ椿の歌」などを聞きながらバスに揺られること20分ほどで、我々は無事
火口原の縁にある御神火茶屋に到着した。噴火後しばらくは、ここから先のカルデラ
内への立ち入りは禁止されていたのだが、現在は溶岩流の先端までは歩いていくこと
ができる。ということで、火山岩のごろごろした足場の悪い火口原をわれわれも歩い
てみることにした。途中、疲れはてた若者の集団(実は上智大学生)とすれ違いなが
ら、程なく溶岩流まで到達する。噴火直後に調査で来たときは内部が炭火のように赤
々としていて不気味さを漂わせていた溶岩流も、今では年月の風化にさらされて静か
に横たわるのみである。しばし感慨に浸る筆者であった。さてここで行き止まりかと
思いきや道は先の方までのびている。折角なので行けるところまで行ってみようとい
うことになり、我々は再び黙々と歩き出した。しかし惑星タトゥーイーンのように行
けども行けども砂漠である。しまった戻ろうかと思っていたところへ、前方から4駆
に乗ったお巡りさんが近づいてきたので、この先の状況を聞いてみると、水の干上が
った池へ出た後ぐるっと回り込んで元の御神火茶屋へ出るとのことである。気を取り
直してさらに歩くと確かに広場のような所に出た。ここがその池に違いない。しばし
記念撮影と休憩をすることにするが、悪い先輩にそそのかされた頼方どのが、壁のよ
うにそびえる外輪山壁へいきなり登り始める。我々のお気楽な声援を背中に受け、ず
るずる滑り落ちながらも何とか頂上に到達しポーズを取っている。縁起のいい名前を
もらったせいか、絶好調のようである。この有り余る元気が、後に悲劇を生むことに
なるのだが。。。休憩後、外輪山の内壁に沿って歩き、御神火茶屋まで戻ってきた我
々はとんでもないものに遭遇してしまった。若い女の子の3人連れが何やら口ずさん
でいたのだが、よくよく聞いてみると「おま○こ、お○んこ、うれしいな」と歌って
いるではないか!!幻聴ではないかと周りを見回すと、びっくり顔の湊師匠およびち
ゃちゃと目があった。「聞いたぁ?」「聞いたよね」と信じがたい事実を確認し合う
我々であった。このあまりの出来事に、筆者はカメラのレンズキャップを紛失してし
まったらしいのだが、そのことに気づいたのは下山のバスに乗ってからであった。ど
うしてくれるんだよ、姉ちゃん。
 
7.リス村の破壊神
 下山の途中、吉田さん、湊師匠、筆者はリス村にてバスを降りる。それを見た頼方
どのもあわてて後を追う。冬なのでてっきり冬眠しているだろうと思っていたが、レ
ンタサイクル屋のおばちゃんの言うとおり、リスは元気に走り回っている。面白かっ
たのは、放し飼いになっているオープンスペースで餌を与えることができる設備であ
る。餌を持っているのが分かるらしく、あちこちからリスが集まってきて、次々と体
によじ登ってくるためくすぐったい。最初は素直に餌を与えていたが、そのうち面白
がって色々な与え方をしてみた。特に面白かったのは、差し出した手に飛びついてく
る瞬間に手を引っ込めると、空中でじたばたもがいて落下していく芸である。可哀想
かとも思ったが、地面に落下しても何事もなかったかのように走り去っていく。とに
かく元気な奴等である。リスの餌付けの次には、何故か兎の餌付けもあった。こちら
はおとなしく、動きも緩慢である。それでも人参の匂いに気づいてか、うぞうぞうぞ
と迫ってくる姿には何やら不気味なものを感じる。しばし兎と戯れていた我々に、と
んでもないことが起こってしまった。何と、地中に掘りめぐらされていた兎の巣穴を
、頼方どのがものの見事に踏み抜いてしまったのである。あわれ兎さんのマイホーム
は無惨にも崩壊してしまった。頼方どのパワー爆発である。
  
 

8.果てしない旅
 先にバスで岡田へ向かわれた吉田さんと別れた我々3人は、帰りの船まで時間もあ
ることから、昨日もらったタダ券を消費するために「ミルクセンター」まで歩くこと
にする。途中、食事するところもなかったため空腹を抱えたまま、空港の先にあるミ
ルクセンターまで延々5キロ程を歩いた。しかしそこで我々が見たものは、固く扉を
閉ざしてひっそりとたたずむ建物のみで、人っ子一人いない長閑な田園風景であった
(牛は居たが)。どうやら日曜日なので休みらしい。が〜ん! そういえば昨日、券
をくれるときにおばちゃんが「今日(土曜に)行くなら」と言っていた。今になって
その意味が分かっても、後の祭りである。我々は未だ満たされぬ空腹に、自販機で買
ったお湿り程度の牛乳を流し込み、仕方なしに再び5キロほどの道のりを歩き通して
、ふらふらになりながらやっとのことで岡田港にたどり着いた。岡田で遅い昼食を取
った後、例の上智大学ご一行様を含む大勢の客に混じって船に乗り、大島を後にした
。この季節でも、さすがに日曜の最終便はかなりの混雑である。熱海に到着したのは
6時を廻っていたので、その辺で夕食を取ることにする。しばらく当てもなく歩き回
った後、難色を示す湊師匠と頼方どのを説得してスカイラークに入る。懐具合も今一
なので、知らない土地で冒険をしたくないのである。ところが、席に着くや否や、そ
れまで難色を示していた湊師匠の表情が一変した。隣のボックスにミニスカートのお
姉ちゃん二人が座ったのである。1人は豹柄、もう1人はメタリックシルバーである
。思わず長居をしてしまう我々であった。その後、お宮の松を見物し、土産に「くさ
や」を買う頼方どのにつきあってから、熱海駅より電車に乗った。途中駅から乗車し
てきたおやじ二人が、ふざけて電車の中で取っ組み合いをするなど、最後まで気が抜
けぬまま何とか大船駅に到着する。

9.旅路の果て
 いよいよ珍道中ともお別れである。東海道線ホームの連絡階段を上った後、別れの
挨拶をして筆者がまず横須賀線のホームに降りる。しばし、ぼーっと佇んでいたのだ
が、ホームのアナウンスが「熱海行き快速アクティ到着します。」と告げている。「
あれぇ、ここは横須賀線なのに間違えてるや」と思っていたら、案の定隣のホームで
同じアナウンスを言い直している。「やっぱり間違いだったんだ」と思って何気なく
ホームの表示を確認した筆者の目に飛び込んだのは、「横須賀線 上り」の文字。何
とホームの両側とも「上り」だったのである。これだから田舎者は困ったもんだ、と
思いながら疲れた足を引きずり再び連絡階段を登ると、湊師匠と頼方どのがにやにや
しながら待っていた。「間違って降りていったので、上がってきたら笑ってやろう」
と待っていたそうだ。ホントに最後の最後まで気の抜けない旅であった。その後は無
事に下りの横須賀線に乗り、何事もなく帰宅することができた。

おわりに
 ここまでおつきあいいただいた皆様、ありがとうございました。上記内容は実際の
出来事をベースに記述しましたが、若干の主観的な脚色が加えられていることをお断
りしておきます。(文責:川上)

Written by Y1K