

2015.4.24
Fri
とうとう脊柱管狭窄症の手術のために入院することになってしまいました。2014.6に発症し8月くらいから悪化の一途をたどり、9月に小山先生を頼って青洲会クリニックを受診するも改善せず、2月末に総合せき損センターを受診してMRIで黄色靭帯がかなり肥厚して神経を圧迫している脊柱菅狭窄症とわかり、手術を申し込んで待つこと2か月。
前日の晩、夕食とデザート後に「あのね、大事なお話があるの」と切り出すと、話の途中で内容を察してみるみる泣き顔になり、パパにぎゅーっとしがみついてきました。
当日は朝から幼稚園に送って行って、ママと一緒に病院へ行って入院手続きをしたら、早速検査の予定が組まれていて、4/30(木)手術予定とのこと。さばける〜。

森先生の説明では、黄色靭帯を削れば足の痛みは取れるけど、腰のほうにも痛みがあるので、靭帯を削るだけでいいのか金属プレートで固定が必要なのかを鑑別する必要があるとのこと。そのために、4/27(月)に神経根ブロックをして、いま当たっている神経でどこまで痛みが出るかを確認するとのこと。
今日は脊髄造影(ミエログラフィー)を30年ぶりにしましたが、相変わらず痛いやら針が背骨の間にずずずーっと入っていく感覚が気持ち悪いやらで辛かったけど、可愛い娘の顔を思い出しながら頑張ったよ。
夜間EDをする件で一悶着あり。フレゼニウスカビのポンプとテルモボトル・ラインを持参していたのだが、この病院では火傷防止のために患者にお湯の提供はできないしポットの利用もできない。また、看護・衛星管理上、ラインを洗って使いまわすこともできないと言われた。そもそも本来、ゾンデチューブを鼻から入れるのも、気道への誤挿入などの危険があるので、病院の責任としては看護師が挿入して胃まで確実に入ったかを聴診器で確認しなければならないとも森先生から言われた。ボトルとラインを毎日使い切りもしくは消毒できるものを用意するので、ポンプに合うものを探してくれることになったが、持参したポンプに合うラインがない。たまたまカンガルーのポンプとラインはあるとのこと。そこで、妥協案として次のようになった。

・ポンプとラインは病院提供のカンガルーのものを使う。(おぉ、懐かしい!)
・ラインは使い捨て。
・溶解用ボトルは1回に1000ccも解かせる容量のものがないので、500cc×2本に分けて溶解する。(自分で)
・お湯は夕食時に厨房からコップ4杯に注ぎ分けて必要量を病棟に上げてくる。
・就寝前に1本目のボトルをラインに繋ぎ、ポンプにセットして落とし始め、2本目のボトルは溶解済み液を入れたまま点滴台につるしておく。
・夜中に夜勤看護師が、空になった1本目のボトルに2本目の溶解液を注ぎ足す。
結局、鼻から腸に入れるゾンデチューブは持参したものを毎日使いまわしで自分で入れるので、ポリシーと矛盾しているのだが、いろいろ言うと何もできなくなるので黙っていた。意外とお堅い。
看護師全員がポンプの操作方法をマスターするために、業者を呼んで講習会をしてくださったそうだ。たった一人のために申し訳ない。
食事は、朝が欠食で昼食(お粥)と夕食(軟飯)を出してもらえることになったが、これが低脂肪低残渣でしかもおいしい。毎回ほとんど残さず食べて、退院時には4kgほど太ってしまった。

2015.4.25
Sat
今日はママと娘が来てくれました。1階から入ってエレベーターで2階に上がったのに、病棟の裏にお庭があってびっくりしていました。午後半日ずっと病院にいてくれて、中庭で走りごっこや高鬼やだるまさんが転んだをしたり、病院内をお散歩して遊びました。帰りにバス停まで送っていったら、バスが来るまでずーっとしがみついていて、バスに乗ったらみるみる涙顔になってしまいました。ママによると、バスに乗っている間ずっと泣いて、泣き疲れて眠ってしまい、降りるときに起きてまた泣いたそうです。
晩御飯の時も「パパのお席どこだっけ?」と言ってまた泣いたそうです。
悲しい思いさせてごめんね。


2015.4.26
Sun
今日は日曜日なので何もなし。昨日から攻殻機動隊SAC2ndを一気見して頭が痛い。
便秘でお腹が痛かったので病院内を散歩したら出ました。


2015.4.27
Mon
今日は肺活量兼気管支ぜんそくと神経根ブロックの2つの検査のはずが、なかなか呼ばれず。
午前中はリハビリ室で、ブロックや手術後との対比のために現在の痛みの場所と程度の確認。
昼食後に肺活量の検査と、アレルギー吸入薬を吸う前と後で比較してのぜんそく検査。
あとで聞いたところによるとまったく差異はなく正常とのこと。
夕方16;00ごろやっと神経根ブロックに呼ばれて、森先生自ら検査。例によって背中を消毒し、局部麻酔注射(これだけでかなり痛い)を打った後、尻っペタに針をぶっ刺され足にびりびり痺れが来ていたいのなんの。脂汗が出て目がぐるぐる回りました。手をぎゅーっと握りしめて、ひたすら娘の顔を思い浮かべていました。麻酔液を注入するのも最初のうちは激痛が走り、やがてだんだん感覚がマヒしてきました。
検査はこれで終わり。検査台から降りて車いすに戻る際に左足の踏ん張りがきかず、目の前もちかちかしてグルグル回る感じで気分が悪かった。
部屋に帰ってベッドに横になり血圧を測ってもらうと、100-60.
しばらく横になっているとだいぶ楽になったので、17;00前くらいから立ってみて様子を見た。
17;00 右足がやけにジンジンして右の腰が痛い。左は注射針の傷の痛みが気になる程度。
17;15 森先生が呼びに来られて様子を聞かれるが、左腰の痛みはそれほどでもない。
17;30 話が終わってウロウロ歩き回るが、右腰の痛みと左右の足裏がジンジンする感じ。
17;40 ママにメール。まだ大丈夫
17;50 ママに電話。まだ大丈夫。
18;00 徐々に左腰とふくらはぎにいつもの痛みが戻ってきた。
18;15 さっきまで痛みがなくて歩き回った反動か、いつもより痛い感じ
森先生の話は以下の通り。
脚の痛み・痺れだけなら除圧で改善するが、腰の痛みへの影響がこの神経によるものなのかがわからないので、ブロック注射で軽快するかどうかを一つの目安にする。
関節がずれているなど別の要因かもしれないので、結果はやってみないと分からない。
別の要因の場合は、上下の関節を金属プレートで固定する固定術まで視野に入れて検討する必要がある。
MRIでは腰を曲げ伸ばししても上下の関節がずれているようには見えないし、ブロック注射でも痛みが軽快したので、今回は除圧のみで行く方向で考えてみる。


2015.4.28
Tue
特に検査なし。朝からカンファレンスがあったらしく、面識のない先生がやってきて、30年前の手術の様子を聞いて傷跡を見せてくれと言われた。予定通り15時から森先生の手術前説明があり、おおむね昨日の説明どおり金具による固定なしで除圧のみ行うとのこと。もとの状態を100点として、100点まで戻るかどうかはわからない。60点になった時に、40点足りないという人もいれば、60点取れたから良しとする人もあり、とらえ方はその人次第。
隣のおじいさんが入れ歯が割れた。
外出許可とって、息子が迎えにきて歯医者へいく。
外出許可は午後なので、もう昼御飯来るから食べてから行きなさい。
でも入れ歯がないので食べられない。
という鶏卵論争勃発!!
自宅に前の入れ歯があるので取り合えずそれでしのごう!!
でもどこにあるかおじいさんしか知らない。一緒に取りに行きたい。
でも、もう昼御飯が来る!!
さぁどうなる!?
息子がだいたいの場所を聞いて、あるしこ持ってくることで落着。
家は車で5分くらいらしい。
さらにお向かいのおじいさんが、ここ数日便秘で苦しんでいて、プルゼニド飲んでも浣腸しても出ない(液しか出ない)と言っていたのが、「あんた外に出るならコーラックちゅう便秘薬買うてきて。ここのはいっちょん効かんばってん、あれなら効くけん」とお使いを頼んでた。
なんか根本的に間違ってる…
夜、 コーラックおじいさん、入院期間は3週間と聞いていたので自分で勝手に5/6退院と決めていて、ナツミ(娘)が休めがとれるのが早くても5/12と聞いて怒り出し、シンジ(息子)に聞け!1週間も余分におられるか! そやったらタクシーで(中津まで)一人で帰る!
明日先生に退院日を言うつもりだったのに!!と怒鳴り出した。
あの〜、いつもベッドで電話するのは我慢してたけど、怒鳴るんなら外で電話してくださいな。
ナツミは看護師、シンジはダイハツの工場勤め。


2015.4.29
Wed
ママと娘が来てくれた。熊本から両親も来てくれた。娘はじいじばあばに会えて大喜び。
でも、帰りのバスに乗った途端、顔が泣き崩れて着くまでずっと泣いていたそうです。
夜寝る前に例によって術前の前処置でプルゼニドを2錠飲むが、そのまま朝を迎え普通の固形便だった。




2015.4.30
Thu
念のため座薬で再度便を出し手術衣とストッキングに着替えて、9時に迎えが来て手術室に連れて行かれる。名前の確認をして手術台に上がると、照明がイマドキのLEDだった。おー。点滴を刺されてそこから麻酔薬を注入されると、あっという間に意識がなくなった。
誰かに呼ばれて目が覚めると、やけに左のお尻の外側が痛い。どうやら無事に終わったらしい。背中の傷も痛いが、それ以上にお尻の外側部が痛い。また、森先生に言われて左脚を動かしてみると、坐骨神経に沿ってピリッと痛みが走った。そのころはまだ意識がもうろうとしていたので、そのあと来られた春田先生にお尻から脚にかけてまだ痛みがあるというと、ドレーンが入っているのでドレーンが神経にあたっていることがあり、抜けば治まる人もいるとのことだった。とりあえず様子見。
傷が痛いので、ラニチジンと一緒にロキソニンを一錠だけ飲む。
2015.5.1
Fri
熱:37.6
ドレーンからもうあまり血が出ていないのでドレーン抜去。ついでに尿道カテーテル抜去。アルコール綿で亀頭を消毒されるのがくすぐったくて気持ちいい。点滴も抜去。
ドレーンを抜いたのに左のお尻から脚の外側部のピリピリ痛む感覚が消えずガッカリ。右のお尻も痛い。
トイレの許可が出たので行こうとしたら、立ち上がろうとするときに脚に力が入らないのと、背中の傷と左脚の神経の激痛で屈伸ができず、男の看護師さんに車椅子から便座へ抱えて移してもらう始末。情けない。
森先生と春田先生に脚の痛みを訴えると、どうしても神経触っていますからね〜様子を診ましょう。とのこと。なんだか不安だなぁ。
夕方、リハビリの出田先生が来てマッサージしてくれた。
夜ばぁばが状況報告の電話をしたら、娘がパパのことを思い出して泣き出してしまったとのこと。悲しい思いさせてゴメンね。
2015.5.2
Sat
熱:37.4
脚の神経のピリピリ感は昨日よりはマシだけどまだ気になる感じ。トイレもまだ車椅子。病院は今日から完全休みモードらしく、Dr.だれも来ず。当直医による傷の消毒・付け替えのみ。
2015.5.3
Sun
熱:37.0
痛みがあって立てないのでまだ車椅子。
両親は今日帰る予定だったが、まだ立てないので明日まで延泊することに。
久しぶりに娘に会うので、手術後に伸び放題だった髭を剃ってお出迎え。
娘が退屈するので、ばぁばに近所のコンビニで「おともだち」か「たのしい幼稚園」を買ってきてもらおうとするが、幼児用の雑誌や本が全くおいてなかったとのこと。ダメもとで10:00から開く病院の売店に行ってみたところ、たまたまアナ雪の新作の絵本があったのでゲット。
みんなで昼ご飯を食べているときに、「大失敗!TV電話(Skype)してなかった!!」と言っていた。
帰りのバスではまた大泣き。
2015.5.4
Mon
熱:36.9
立ち座りの時の傷の痛みがずいぶん軽くなってきたので、お昼ごはん前に、両親に付き添われて400mほど歩行器で歩行訓練をしました。
久しぶりに立ったので、貧血か低血圧のような状態で血の気が引いてきたので、部屋に帰って休みました。
その後、昼イチで春田先生が来られました。
「どうですかー?歩いてみましたか?」
「お昼前に、400mほど歩きました。歩くとき、左側の脚の神経が突っ張ったような感覚があって、脚がなかなかスムーズに前に出せませんでした。それと、相変わらず、両側のお尻の外側と左脚のモモからふくらはぎにかけて、外側がピリピリ痛いです。正直、狭窄部を切除して除圧すれば痛みはなくなると思っていたので不安になっています。もっとほかの原因もあるということでしょうか?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれません」
「除圧して手術直後はまだ神経が傷ついているので、しばらくは痛みがあるということは、よくあるのでしょうか?」
「あります」
「その場合、どういう治療が必要なのでしょうか?」
「時間です。時間がたてば改善がみられます」
「それは、時間が経過して神経が修復していけば痛みも出なくなるということでしょうか」
「そうだと思います。それよりも今はまず、歩かないとどんどん筋力が落ちますので、少しずつでも歩いてみてください」
ということで、午後にまた歩行器で歩いてみました。
1回目に比べると脚運びも随分スムーズにでき、調子が出てきたので、100m廊下のあと1階に降りて、時間外出入口から外に出て厚生棟まで行って、正門からバスの通る車道の横の歩道を通って駐車場をぐるっと外側から回り込んで、バス停を通ってレストランの前を通って正面玄関前から、ぐるっと右に回って時間外出入口から戻ってきました。
時間にして50分程度で、ピリピリする感じはあるけど、以前のように腰と脚が重だるい痛さで立ってられないというようなことはありませんでした。歩行器に体重を少し預けていたのもあるかもしれないけど。
ということで、今日は少し明るい兆しが見えてきました。
夕方、ヘリコプターで急患が搬送されてきました。
久しぶりにSkypeしました。

2015.5.5
Tue
熱:37.1(20:00)
娘とママが来てくれた。バス停まで歩行器で出迎えに出たら、嬉しそうに駆け寄ってくれた。お昼ごはんを一緒に食べて、ママが選択してくれている間、退屈していたので二人で厚生棟前の公園まで行って娘が公園で遊ぶのをベンチに座って見ていた。あとからママも合流して、久しぶりに家族の休日気分。
動き回ったせいか、夜になって頭がガンガンすると思ったら熱が37.1度。



2015.5.6
Wed
熱:36.5
ユニクロでアナ雪Tシャツが販売なので、ママと娘とLINEで連絡取り合いながらネットで注文騒動。疲れた。
午前中に1q、午後に1q歩いてみる。午前中はそうでもなかったが、午後は歩いている途中からだんだん左脚外側部の痛みが出てきて、ちょっとまずい感じ。


2015.5.7
Thu
熱37.0(7:00)
夜寝ている間両側のお尻の外側が痛み、何度も寝返りを打つ。さらに左足外側部が寝ていても痛い。朝起きてからちょっと自動販売機まで水を買いに行っただけで、ズキンズキンとうずくように痛み、寝ていても収まらない。森先生に訴えたところ、ホットパックと血流をよくする点滴をしましょうとのこと。
血液検査とレントゲン撮影もあった。
夕方、リハビリでホットパックと出田先生からマッサージをしてもらい、その後点滴。


すると左足外側部の痛みがすーっと引いていった。
マッサージがよかったのか点滴が効いているのか。
いずれにしてもうれしい兆し。


2015.5.8
Fri
熱36.3
痛みが引いてよく眠れたので、朝から1q歩いてみたが特に異常なし。
昼食前に更に2q歩いてみたが異常なし。少しピリピリ突っ張ったような感触がある程度。
このまま快方に向かうといいな。
リハビリでは電気治療とマッサージ。
そして、点滴に懐かしのイントラファット登場!











2015.5.9
Sat
熱:36.8(20時)
病院は休みなので当直医によるガーゼの付け替え以外特に何もなし。傷がひりひりすると申告したら、「皮膚の段差のところが少し赤くなっているが傷自体はきれい」とのこと。
ママと娘が来てくれて、例によって涙の別れ。
別れた後ベランダを5q歩いたが、特に強い痛みが出ることもなく歩き通せた。
[安静時の痛み]
腰:2、太もも外側:1、ふくらはぎ外側:2
[歩行時の痛み]
腰:3、太もも外側:2、ふくらはぎ外側:3
歩幅を大きく取ろうとすると神経が突っ張ったような感じで痛みが出るので、小股でチョコチョコしか歩けない。




2015.5.10
Sun
熱:36.7(20:00)
傷からはまだ少し汁が出ているとのことで、ガーゼ付け替え継続。擦れてひりひりする感じがするので、背中とコルセットの間にタオルを一枚入れることにした。
午前中:4q、夕方:7q歩いたが、脚にはそれほど強い痛みは出なかった。左右のお尻の外側にずきんとするような痛みがあるが、座り込みたくなるような募るような痛みではない。歩くときに大股で踏み出そうとすると、左のお尻から脚にかけての神経が引っ張られるようなずきんとする痛みが出るので、小股でしか歩けない。それと長時間歩いた後に左ひざからふくらはぎにかけての外側に鈍い痛みが出るのが気になる程度。


2015.5.11
Mon
熱:36.6(20:00)
午前中:5q
ガーゼ交換の際、傷はきれいだが少し汁が出ている。左右の皮膚を縫合するときに段差ができて、元の層同士がくっついてないので段になったところから体液が出てる。(正断層でずれたような状態)
傷が枯れるまでは毎日ガーゼ交換をする。
午前中来られた春田先生は、傷が枯れて症状も落ち着いてきたら、早ければ今週末に退院。
退院の目安は自力歩行できるようになった時点で、多少の痛みは長期的に経過を見ていくとのこと。
点滴と、リハビリの先生のマッサージで痛みはずいぶん楽になり、いくら長く歩いても痛みで座り込みたくなるようなことはなくなったので、そろそろ先が見えてきた感じ。特にリハビリの時の左脚のストレッチでラセーグの痛みが少し弱まった感じ。
夕方には森先生が来られて、同じようなことを言われた。
血流をよくする点滴をあと2日延長して、その後は同様の効果がある飲み薬を服用する。
多少痛みが残るのは、長期的に外来で診ていくことで、軽快する可能性もあるし、そうじゃないかもしれない。(この辺が術前にあった、「60点」の話)
ただ、痛みが完全になくなるまでずっと長期入院するということはしない。
手術は終わって一定の効果もあって症状も落ち着いてきたので、あとは外来とリハビリで長期的に診ていくとのこと。
今週後半で、できたら平日に退院をお願いしたいが、お迎えの関係で無理なら土日でもいい。
ということで、5/16(土)に退院の予定。
今日、4月分の請求書が来た。毎月10日に請求書発行で月末までに支払い。
土曜退院の場合は、前日の金曜日の16:30-17:00の間ならカードで払える。
これまでしばしば目撃してきた外人の患者さんはアメリカ人で、世界一周豪華客船クルーズで日本の港に寄って下船した際に転んで頚椎損傷で担ぎ込まれた。家族が駆けつけてずっと厚生棟に泊まっていて、夕食はタクシーで飯塚市内のジョイフルに通ってる。さすが世界一周に行くほどのブルジョア。おばあさんはジョイフルの枝豆がお気に入りで、ティッシュに包んでお持ち帰りしてる。
村上部長、松田部長、和田課長、沖村課長がゴルフ帰りにお見舞いに来てくださいました。
同室の廊下側の空いていたベッドに新しい患者が入院してきたが、耳が遠くて看護師さんも先生も大きな声で何度も話しかけないと理解できないし、夜トイレに行った時に、行きは入歯じいさんのベッドに入ろうとしてムッとされ、帰りは僕のベッドに入ろうとして、かなりヤバい波乱の予感。


2015.5.12
Tue
熱:36.8(20:00)
朝から師弟コンビが傷の確認に来て、「まだ少し汁が出ているが、じき治まるので、この程度なら今週末の退院に影響はない」とのこと。早く退院日を確定させて、次の入院患者を迎えたいみたい。
昨日のマッサージとストレッチが効いたのか、脚運びがかなりスムーズになり、すっと前に出せる感じ。午前中5q、午後5q歩いたところでリハビリの出田先生に呼び止められて、まだ予定時間より早いが空いてるからとリハビリ突入。「効きました」と嬉しそうに言ったら、いつもより長く入念にやってくれた。ただ、雨降りの肌寒い中をシャワー上がりに調子に乗って歩いていたら、湯冷めしたみたいでちょっとまずい感じ。
今日は早く寝よう。


2015.5.13
Wed
熱:36.5(20:00)
朝起きて5q、昼ごはん前に5q、昼食後に10q歩行。7q過ぎくらいから左の腰と膝のすぐ下のふくらはぎ外側部に鈍い痛みを感じたが、以前のようなその場に座り込みたくなるような痛みではない。
カンガルーの旧型用ラインが底をついたということで、ポンプとラインが新調された。あと数日なんだけど・・・・・



2015.5.14
Thu
熱:36.2(7:00)
朝起きて10q歩行。
あとはレントゲンと血液検査があるので、ウロウロせずにベッドで待機。
検査結果は特に異常なし。CRPもヘモグロビンも異常なし。
背中の傷はまだ少し汁がにじんでいるとのことで、森先生に相談したら「退院後3,4日は張りっぱなしでも大丈夫とのこと。そのうえで剥がしたときにまだ汁が出ているようなら、張替え用のガーゼを出しておくので自宅で張り替えるようにとのこと。
腰から脚の痛みはもうほとんど気にならない程度になりました。長く歩くと少し痛みが出ますが、以前のように痛くて痛くてたまらなくてその場に座り込みたくなるような感じではありません。
神経の回復には3か月くらいかかるそうなので、それくらいのつもりで気長に構えていきます。
血流をよくする点滴は昨日で終わりで、昨日の夜から同じ効果のある内服薬(プロレナール)に切り替わりました。
退院時には、次の外来までの2週間分出してくださるそうです。



2015.5.15
Fri
熱:37.1(19:00)何故か・・・
朝起きて最後の見納めに病院敷地内を歩き回り、ついでに脱獄して東伊川のミニストップまでコーヒーを買いに行った。病院内で歩く際は、段差もなく通路も広いし、すれ違う際もお互い気を使いながら避けるのでスムーズに歩けるが、外の世界に出てみると車はビュンビュン走ってるし、すれ違う人もぶつかりそうなギリギリのところですれ違うし、後ろから走ってくる足音が聞こえるとぶつかられるんじゃないかと心配で、やっぱり全然違う。
朝から2週間後の外来のための偵察をしてみたが、バスはやっぱり7:40分着(実際は7:55分ころ来る)の便しかなく、これに乗るには春日駅を6:00の電車に乗らないといけない。車の方がまだ30分は遅く出れる。退院後の最初の外来は、8:30に窓口で受付と保険証の確認をしなければならないそうで、8:30前にはシャッターのしまった窓口前で10人弱が待っていた。2回目以降は3か月間は再来受付機で受付できるとのこと。
午前中に外来で森先生の診察があり、傷口からの体液はもう殆ど出ていないのでガーゼを剥がしたままにしておくとのこと。
昼前に10q歩いて午後はおとなしくしていた。昨日までは10qを2時間ジャストくらいのペースだったが、今日はタイツで歩いたこともあってか、10qを1時間50分で歩けた。
今日は看護の日ということで、豪華昼食だった。やっぱり食事が食べられると入院生活も張り合いがある。
午後はゆっくりしてニコ生でNewtonの相対性理論の解説を見たり、リハビリに早めに行ったり、支払いをしていたらあっという間に夕食になってしまった。
隣のベッドの夜食じいさんが退院したので、今日は広々静かと思っていたら、早速手術後2日目の患者さんが個室から移動してきて、家族は大声でしゃべるし病室で携帯電話で大声で話すし、本人は夜にドレーンと尿道カテーテルがついたままウロウロ歩き回って看護婦さんを慌てさせるしで波乱の予感。どうしてみんなこうもマイペースなんだろう。
夜、娘とSkypeしたら「パパ明日帰ってくる!」と大喜びだった。



2015.5.16
Sat
熱:36.3
いよいよ退院だが朝から雨でひんやりする。
6:00に起きてエレンの片づけをして荷造りをしていたら、腰から脚にかけて痛くなってきた。どうもまだ雨や冷えで痛みが出やすいようだ。徐々になくなっていけばいいけど。
ママは風邪でダウンなので知昭おじちゃんが迎えに来てくれることに。軽自動車での八木山峠越えは、結構腰に響く。まだまだじっくりとリハビリして社会復帰しないと、怖くて外出できないことを痛感。途中、いつも渋滞する乙金付近の道路が拡幅され新道ができていたので、スムーズに1時間強で到着することができた。
おしまい。