入院日記(2010)


プロローグ

前回の手術から約1年。症状的にはもともとそんなに劇的に改善したわけでもなく低空飛行を続けていた。

 前回の説明で「1度拡張しても段々しぼんでくるので、定期的に拡張したほうがよい」とのことだったので、外来通院の際に主治医に「1年経つんですが・・・・」と切り出すと、「検査もかねてしておいた方がいいです」と言われた。

 できるだけ休みを少なくして効率的に済ませたいので、祝日を絡めて治療ができるようにということと、大きな仕事が終わって一段落する11/1に入院し11/2に手術というスケジュールにした。

2010/11/1 Mon 雨のち晴れ

人生で7回目、この病院だけでも4回目の入院で、しかも今回は短期間(のつもり)なので、慣れたものでそんなに気負いはない。但し今回は、生まれたばかりの1人娘を家に残しての初めての長期不在となるので、その面での未練が強い。

 病院へ持っていくパジャマの都合で、前の晩に薄手のパジャマで寝たのだが、夜中に布団を踏み脱いでいて冷えたらしく、鼻の奥の喉の上付近がイガイガする。ヤバイ。折角入念な日程調整をして望んだのに、こんなことで予定を狂わすわけには行かない。

 いつものように入院フロントで受付をして、いつものように5階南病棟へ案内されると、昨年の1つ隣の508号室だった。これまた昨年同様に大きな声で挨拶しながら部屋に入ると、朝から既に各ベッドのカーテンは閉め切られていて、自分のベッドの位置もまた当然ながら、6人部屋の真ん中。

 なんか、つい最近まで居たようなデジャヴを感じる。

 

 枕もとのプレートによると、主治医は「高橋 晴彦」先生で、担当看護師は「荒巻 侑香」さん。昨年主治医だった鶴見先生になるのをちょっと期待していたのに残念。

昨年と違ったのは、病棟に案内されるや否や師長さんの丁寧な挨拶があったこと。また、早速担当看護師の荒巻さんが来られて、これまでの一通りの経緯の説明や検温・血圧測定などをしているうちに、主治医の高橋先生も来られて妻と一緒に別室に呼ばれた。

 別室では外来主治医の高木先生が説明をしてくださったが、昨年も同じ施術を受けているのでお互いに勝手知ったるもので、特に質問もなく終わった。昨年は十数回トライしていただいたあげくにようやく狭窄部へ到達できたのだが、あまり拡張することができなかった。今回はうまく行くことを願うのみである。説明の中には、いわゆるインフォームドコンセントというやつで、起こりうるトラブルやリスクも一通り説明されるのだが、前回の手術では相当時間がかかったので、うちの方の両親が事前のこの説明にビビって「何かあったんじゃないか」と途中からオロオロし始めたそうだ。そのこともあったので所要時間を確認すると、前処置等から通算してだいたい3時間はかかるとのことである。「別府先生に加えて、自分も含めて補助が2人と看護師もはいりますし、何かあっても医者は大勢居ますから万全の処置をしますよ」と高橋先生が勇気づけてくれたことに、妻はいたく感激し安心して子供の授乳のために帰っていった。

 

 その後部屋に戻り、同意書にサインと捺印をしたり、術前に必要なお決まりの検査(出血時間、心電図、レントゲン)等をして、風邪気味なのでおとなしく寝ていたところ、高橋先生が飛んでこられた。「白血球の数値が高いですが、風邪か何か引かれていますか?」と聞かれたので、(お、スルドイ)「実は今朝から鼻の奥がイガイガ・・・・」「明日は大丈夫ですか?」「だっ、大丈夫です!風邪薬を出してください!」というやりとりをした。熱は36.9度で、診察の結果確かに喉が少し赤いそうである。

こんなことで延期するわけには行かないので、気合いで治すしかない。処方された薬(PL、抗生物質)を飲みつつ、合間合間に大根しょうが飴とビックスドロップを嘗めまり、普段からの睡眠不足とPLのせいもあって午後はとにかく寝まくった。

 夜9時に、前回同様「ラキソベロン」を飲み、10時の消灯で寝た。最初からみんなカーテンを閉めているので、「おやすみなさい」もナシ。

 

【本日の食事】

○昼食:おかゆ、スープ、ふりかけ、ビスケット、ジュース

○夕食:ポテトスープ

 

【本日の投薬】

○昼:ビオフェルミン、PL、抗生物質(フロモックス)

○夜:ビオフェルミン、ラデン、フェロミア、PL、抗生物質(フロモックス)

○就寝前:PL、抗生物質(フロモックス)、ラキソベロン

 

 

2010/11/02 Tue 晴れ

 いよいよ手術当日。前夜のラキソベロンが効き、午前1時と4時にトイレに行って残さ混じりの水溶便が出た。朝7時にニフレック2Lが届くが、風邪のせいかだるくてなかなか起きれず、7:30くらいからようやく格闘を始める。幸い喉の具合はだいぶいい。

 ニフレックを飲み始めると、最初のコップ1杯で早くも効き始めお決まりのトイレとの往復が始まった。トイレを済ませて立つと次の便意が来るため、トイレにいる時間が長くなり、どうしても飲むペースが落ちてくる。飲んでいるうちに膨満感や吐き気・寒気なども来て、ますますペースダウンしてしまった。飲み始めて2時間くらい経ち10回目の排便を過ぎたくらいから、残さもなくなり黄色で透明の腸液のみになってきた。これまでは、何回排便してもどうしてもチョビットは残さが残ってしまっていたので、「コレは行ける!」と喜び勇んで看護師さんを呼んで見てもらうが「まだ色が濃い」とのことでOKはもらえなかった。orz

 その後もニフレックを飲んでは排便を繰り返し、3時間ほどで飲み尽くした14回目の排便で、色もだいぶ薄黄色になりOKがもらえた。その間に点滴をされたが、長時間となるため肘の内側からは取れないので腕の中程から取るのだが、脱水のため血管がうまく出ず、結局右手の甲から取ることになった。

 午前中のニフレック&排便地獄の中、仕事関係の取引先から電話が数件あり、トイレの合間を縫って電話をかけたり折り返しを待つということがあり、結構綱渡り的だったが、入院前からの懸案事項もこれでどうにか片づき、安心して手術を受けられることになった。今回の入院については、周囲の2,3人の同僚と上司にしか伝えていなかったため、入院を全く知らない同僚や取引先から、普通に携帯に電話がかかってきて、ちょっとびっくりさせてしまった。

 

 昼になり妻と両親も来てくれたので、両親に「トータル3時間くらいはかかるそうだから、オロオロしないように」と釘を刺しておいた。両親が「JRに水筒を忘れたけど、もう出てこんだろう」と言っていたので、駅の問い合わせ番号を教えて問い合わせさせたら「あった」とのこと。そんなこんなで時間が過ぎていった。

 14時を回りいよいよ検査室から呼ばれ、ベッドの上で検査着に着替えて、今回は点滴台を引っ張りながら歩いて1階の内視鏡室へ移動する。お尻の開いた検査着を着ているので後ろから見えるかもしれないが、知ったこっちゃない。内視鏡室前で家族と別れ、検査台に乗って血圧計や心電図計をつけられていくと、いよいよという気分になってくる。

 それから主治医の高橋先生が来られて、「ぼぅーっとする薬を入れますよ」と言って点滴ラインの横から注射器でなにやら麻酔らしきものを入れた時点で前回同様に意識がなくなった。今回は途中覚醒することもなく、「終わりましたよー。お部屋に戻りましょうね」と促されて目が覚めた。台から降りて車椅子に座るが、前回ほどひどい吐き気はしなかった。麻酔の追加量が少なかったのかもしれない。途中1度ぼぅーっとする意識の遠くから「うわっ、何じゃこりゃ!?」という声が聞こえて、大変なことになっているような心配をしたが、あとで聞くと癒着のことを言われていたらしい。

 

 この時点で17時過ぎくらいになっており、家族への説明があって「成功した」と言う話だったようだ。自分自身は、まだ麻酔が残ってもうろうとしており、高橋先生から「癒着がひどくて苦労したが、拡張できましたよ」と言う話だけをベッドで聞いて眠りについた。脱水で口がからからするが、飲水は一口程度にしておくように言われた。水分を飲んでいないので尿意も起きないのだが、寝る前に着替えもかねて、看護師さん付き添いでトイレに行ったら、ものすごく黄色の濃いおしっこがでた。

麻酔で寝ている間に、妻が職場の上司に手術結果を電話してくれたそうだ。

 

【本日の食事】

○終日絶食

 

【本日の投薬】

○朝:ニフレック2L

○点滴:ヴィーン3G、セフメタゾールNa1g、止血剤

 

【大・小】

○大:14

○小:10

 

 

2010/11/03 Wed 晴れ

  麻酔の影響でぐっすり寝たが、朝からまだぼーっとしている。午前中、看護助手さんに車椅子を押してもらってレントゲン撮影に行く。手術の影響で、腹部に穿孔や出血がないか確認するためである。そんな重病人じゃないので悪いなぁとは思うが、昨年もこの時点では結構めまいと吐き気があったのでお言葉に甘えた。

 斜め向かいの窓際の患者が退院されたので、ベッドを窓際に移してもらった。窓から外の景色が見え、明るくて開放的で気分が全然違う。ここまで書いて、前回と全く同じ経過であることに気づきびっくり。

トイレ()4回行ったが、3回目くらいまでは、内視鏡で使われる潰瘍を際だたせる染料の混じった青い便が出た。これも前回経験済みなので特に驚かない。

 レントゲンと血液検査の結果で特に異常もなかったため、今日から食事開始ということで、早速エレンタール(昼のボトル1+夜間ED4パック)が届いた。看護師さんが「(チューブは)スムーズに入りますか?」と聞かれたので「もう10年以上前からやってるんで、スルスル入ります。最初は反射がきつくて入らなくて苦労しましたが、ここの病院で看護師さんから『これができなかったら退院できないんだからね!』と叱られて頑張りました。昔の看護師さんは怖かったけど、最近は皆さん優しいで3すねぇ」と言ったら笑っていた。今年になり、この病棟は7人の新人看護師が入り、一気に若返ったのでスキルの継承などに苦労しているそうである。

 夕食は待望の食事再開で消化によい軽いものばかりだったが、やはり素直にうれしい。ただ、以前のように1,2ヶ月の長期絶食ではなく、たかだか数日の絶食後の再開なので、感動レベルも低い。こんなことを言ったら同室の長期絶食IVH中の人たちに悪いので、とても口には出せないが。食事再開により、夜8時に点滴終了となった。

 夜は久しぶりにゆったりした気分で、エンコードして持ってきた「サラリーマンNeo」の録画分を6本ほど一気見して寝た。

し・か・し・・・・、まず向かいのベッドの人のいびきが凄くて間断なく聞こえてきて寝れない。やっと眠りについたら、1:00頃に斜め対角線上の人の点滴がピーピー鳴り出して、しかも全く止める気配がないのでずーっと鳴り続けている。看護師さんが気づいてやっと止めに来てくれた。そして今度は4:00くらいに隣のベッドから「ピロピロリン、ピロピロリン、ピロピロリン」という電子音が、これまたずーっと鳴り続けていて止まらない。どうやら目覚ましか何かのようだが、本人不在のまま鳴り続けているようである。随分たってからようやく本人が帰ってきて止めた。

 そんなこんなで、何度も起こされながら朝を迎えた。もう、やることはすべて終わって、あとは退院を待つばかりということで気楽な気分になり、窓際から景色を眺めながら、つい「こういうのんびりした生活も、もうちょっと続けてもいっかー。」と思いかけていたが、こういうことがあると早く家に帰ってゆっくり寝たいという気になる。家は家で"怪獣乳児"がいるので、ゆっくり寝れないんだけどね。

 

【本日の食事】

○昼:エレンタールボトル1

○夜:おかゆ、吸い物、梅びしお、盛り合わせ(豆腐、人参、カボチャ、卵焼き)、メロン!

○就寝時:エレンタール*4P(960ml溶解を80ml/hr12時間)

 

【本日の投薬】

○朝:ラデン、ビオフェルミン

○昼:ビオフェルミン

○夜:ラデン、ビオフェルミン、フェロミア

○点滴:ヴィーン3G、セフメタゾールNa1g、止血剤

 

【大・小】

○大:6

○小:10

 

 

2010/11/04 Thu 晴れ

  今日も朝からいい天気。窓の下を、幼稚園か小学校低学年のピヨピヨ集団が、列を作ってどこかへ出かけて行っている。この先のヤクルト工場見学にでも行くのだろう。つい家で待っている娘のことを思い出す。自分も小さいときにヤクルト工場へ見学に行き、回収した容器で作った定規をもらったのを思い出した。

 高橋先生が様子を見に来られたので、自分自身が結果説明を聞いていないので、直接お聞きしたり写真を見たいと希望したら、面倒がらずに快諾して早速呼んでくれた。さすがパンフレットに理念をうたっているだけあって、インフォームドコンセントがしっかりしている。説明内容は以下の通り。

 

【説明内容】

・過去2回の手術の影響で腸が癒着しているため、カメラを挿入するのが非常に困難だった。

・前回同様に、十数回トライして「これ以上は体に負担がかかるので」とあきらめかけた時に、すっと通った。

・狭窄部は前回拡張した直後よりもやはり狭くなっていて、前回の拡張前くらいの内径になっていたが、ひどく詰まるほどではないように思われた。

・実際に自覚症状のある部分と合致しているので、癒着か潰瘍による痛みかもしれない。

・前回同様に、狭窄部に活動期の潰瘍も確認された。

・狭窄部を小さいバルーンで広げて1分ほど固定し、そのあと大きいバルーンで再度広げて、前回より少し広めに拡張できたので、今回は成功と考えている。(最悪の場合、狭窄部へ到達できない可能性もあったので)

・ここより先へは進めず、狭窄部より上流の状況は確認できなかった。

・カメラを戻しながら途中を観察していくと、前回と同じカ所に3カ所の潰瘍があった。

1カ所は大腸と小腸の継ぎ目の入り口(回盲部)のところ。

・今回観察できたのが、大腸との継ぎ目から上流へ60cm程度であり、小腸の長さが一般的に6m(自分の場合は30cm切除済み)なので、全体の1割強程度しか見ていないことになり、それより上流側にも潰瘍や狭窄がある可能性はある。

・潰瘍の特効薬であるレミケードは、狭窄を進行させる副作用があるため、自分のケースでは使用できない。

・炎症反応や栄養・貧血状態を見ながら、炎症がひどくならない限りは今の栄養療法を継続して温存していくのがベスト。

・昨年拡張したところが狭くなっていて、今回再拡張できたので、やはり年1回程度定期的に入院して拡張するのがよい。

 

うーん。随分厳しい食事制限をして用心しているつもりなのに、相変わらず潰瘍ができていることや、狭窄も進行していたことは正直ショックだった。しかし、先生たちの努力のおかげで難しい箇所へ到達でき、再拡張していただけたことにより、今回の入院の目的は達成できたので、まぁよしとしよう。高橋先生に「食べたいものがあるときは、この潰瘍写真を見て自制したいので、データかプリントアウトで頂けないでしょうか?」とお願いしたら、今見ている端末では出力できないのでちょっと困った顔をされたが、夜にはちゃんと撮影部位のキャプション付きで1枚にまとめたカラー印刷を持ってきてくださった。さばけるぅ〜!

 

 入院していることを知らない仕事関係の取引先から、また電話がかかってきたりしたので、その対応をお願いするがてら、職場の上司に電話して経過を報告した。今回は期間も短いしたびたびの入院なので、お見舞いは固くお断りしている分、状況報告だけは責任もってきちんとしなければ。

 

【本日の食事】

○昼:エレンタールボトル1

○夜:おかゆ、吸い物、梅びしお、盛り合わせ(豆腐、人参、カボチャ、卵焼き)、メロン!

○就寝時:エレンタール*4P(990ml溶解を90ml/hr11時間)

 

【本日の投薬】

○朝:ラデン、ビオフェルミン

○昼:ビオフェルミン

○夜:ラデン、ビオフェルミン、フェロミア

 

【大・小】

○大:5

○小:10

 

 

2010/11/05 Fri 晴れ

 いよいよ退院である。入院日の家を出る直前まで雨が降っていたので、長い傘2本を持ってきたのだが、結局置きっぱなしで使わないまま、快晴の日に持ち帰ることになった。恥ずかしい。

 昨夜は耳栓をして寝たので、騒音に悩まされることもなく朝までほぼぐっすりだった。ベッドが固いので、そのせいで何度か目が覚めたくらいだった。昨夜寝る前にセットしたEDが終了予定時間の6:30になってもまだ100ml以上残っていたので、120ml/hrに速度アップして一気に落としてしまったら、さすがに少しアップアップになった。

 同室の人たちにこちらから積極的に挨拶したり話しかけたりして、カーテンも開けるようにしたので、だいぶ打ち解けて話せるようにはなったが、向かいのベッドのにーちゃん(と言っても同い年くらいだが)だけはどうしても壁がある。カーテンを開けて出ていくときも、後ろ向きでお尻から出ていくので声がかけづらいし、戻ってきたときに「おはようございます!」と声をかけても、向こうは無言で顎をしゃくるだけだ。看護師さんとはペラペラよくしゃべるのにね。

 窓から外の景色を見ていると、看護師さんから「何を見てるんですか?」と聞かれたので、「いやぁ、薬局が増えましたねぇ。そこは、不動産やさんと運送屋さんだったと思いますが・・・・」とテキトーに言って誤魔化した。本当は、この窓から見る景色には様々な思い出がある。手術までの道のりが長かったとき、手術後の経過が思わしくなかったとき、退院が決まって社会復帰に思いを馳せていたとき、過去数回のそれぞれの入院の際に、行き来するJRの列車や車を見ながら、正常な社会生活との壁を感じていた。この病院も建て替えとなるので、次に入院するときは病棟の位置も変わっているだろうから、この思い出深い景色も見納めかと思うと感慨深いものがある。そんなことを若い看護師さんに話しても仕方ないので誤魔化したのだが。

 

 迎えに来てくれる家族から、それぞれJRの遅れと高速バスの事故渋滞遅れで、若干遅れるとの連絡があった。

 今回も前回同様に開腹手術ではなく、暫定の引き伸ばし処置で狭窄も残っているので、いずれまた近いうちに入院することになってしまうだろう。そう思うと手放しでは喜べないが、できるだけ先へ引き伸ばせるよう自制しなければならない。

 

おしまい