2/8(土)は「埼北温泉愛好会」のオフ会として群馬県鬼石町の三波石温泉へ「だだ星人」さんらと共に泊まってきました。三波石温泉へは埼玉県本庄市(関越道・本庄児玉IC)より国道462号を走って、児玉町・神川町を通ります。神流川を渡り、群馬県鬼石町へ。国道462号をさらに進み、八塩温泉や鬼石市街を横目に「道の駅おにし(MAG)」の少し先を斜め左へ左折、神泉村・登仙橋・三波石峡方面へ進みます。途中の狭い路地を右折、急坂を国道方向に登っていくと、坂の途中に三波石温泉があります。本庄児玉ICから40分位ですかね。
宿は結構古く、小さな旅館と言った感じ、玄関を入ると正面がフロント、右手が食堂、左手の階段を登って2階に10部屋ほどの客室と浴室があります。当日の客は土曜にも関わらず、温泉愛好会関係者6名しかなく貸し切りでした。一部屋を宴会・喫煙用にあと3部屋を寝室・禁煙用の部屋としました。テレビが映りが悪い(有料)部屋があったり、カビ臭い部屋があったりしました。部屋のベランダからは高く聳える埼玉県神泉村(秩父)の山々が望めます。宿自体は群馬なのに景色は埼玉の山ばかりなのがおもしろいですね(^^)。
夕食は食堂にて串カツ、焼き魚、茶碗蒸、うどんの定食の他、イノブタ鍋も出ました。イノブタ鍋はおいしかったですね。二次会は客室で飲み会。私は酒をかなり飲みすぎてしまいあげてしまいました(^_^;)。オフ会での飲みすぎに注意。
さて、肝心の温泉についてです。一旦外へ出て渡り廊下をいくと浴室があります。手前が溶岩で飾った小さな女性用の浴室、奥が三波石が積みあがっている大きな男性用浴室で、この日は小さい方の浴室のみに湯が張ってありました。大きい方の浴室は団体客が入った時に使用するそうです。小さい方の浴槽には3人くらいしか入れないですね。
温泉は無色透明無味で浴感は特に感じないですが、浴後は肌がスベスベになり、非常によく温まります。投入口・吸引口各1ヵ所の加熱循環ろ過でややカルキ臭がします。吸引口を手でふさぐと湯の投入が完全に止まったので、新鮮な源泉は湯を溜める時のみ使用するようです。なお、ろ過前の源泉は鉄で茶色っぽく、渋味があるそうです。
翌朝、温泉分析書の載っている鬼石町誌を借りながら、宿を切り盛りする老夫婦の方と温泉談義をしてきました。源泉は宿から約100メートル離れた畑の中にあり、パイプで引いているそうです。地下を掘削し、湧出量はチビチビ程度とのことです。日帰り入浴は大人数であれば、事前の電話予約により可能とのことでした。一人、二人だと難しいみたいです。近くに日帰り施設ができる前は日帰り入浴客も多かったらしいですが、最近は宿泊客も含めて少なくなったとおっしゃっていました。もっとも老夫婦が切り盛りしているのであまり無理はできないようです。子供はいるようですが、継ぐのは難しいようですね。
老夫婦とは近くの温泉やお花の話もしてきました。上野村の4ヶ所の温泉(野栗沢・浜平・塩ノ沢・向屋(こうや))の各温泉ややまびこ荘や両神山のヤシオツツジのお話、私からは昨年に行った秩父の中津川温泉「中津川キャンプ場」や十文字峠のシャクナゲのお話をしておきました。今度行ってみようかなとおっしゃっていました。
温泉分析書は浴室も含め掲示はありませんでしたが、宿の方に頼むと「鬼石町誌」内に掲載されている温泉データを見ることができます。温泉分析書の原本は現在のご主人の親父さんが持っていたそうですが、亡くなられてからは行方不明となってしまったそうです。
昭和59(1984)年10月1日発行の「鬼石町誌」内の三波石温泉のデータは以下の通りです。
(※
昭和59年10月1日発行「鬼石町誌」より引用)
三波石温泉(鬼石町譲原今里)
旅館は一軒で、昭和三十九年より利用されはじめた。本泉は無色透明(鉄サビ様の沈殿がある)で、わずかに渋味がある。水素イオン濃度は6.95で、泉温は、摂氏で気温24・5度の時、水温23.0度である。
本泉1リットル中に含有する成分のミリグラム量は、次の通りである。
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カルシウムイオン
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11.28
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マグネシウムイオン
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10.84
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鉄イオン
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11.34
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アルミニウムイオン
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5.89
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硫酸イオン
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58.25
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ヒドロ炭酸イオン
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63.93
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炭酸水素ナトリウム
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88.02
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遊離炭酸
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42.29
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マンガンイオン
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0.21
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塩素イオン
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91.17
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合 計
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383.22
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次の諸病等に効果があるという。
一、胃腸病
一、神経痛、リューマチ(リョーマチ)
一、疲労回復、美容効果等
なお、現在の湧出地よりも規模の大きい湧出地が、新しく発見されたとのことである。
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ちなみに、泉質名については下記リンクの「全国温泉ガイド」では「二酸化炭素泉」、美坂さんの「いで湯行脚三千湯」では「メタ珪酸泉」22℃となっています。なお、宿の裏手の車地蔵尊につきましても鬼石町誌内に記載がありました。以下の通りです。
(※
昭和59年10月1日発行「鬼石町誌」より引用)
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譲原今里の「車地蔵尊」この地には昔から車地蔵という呼名が残っていたという。三波石温泉の館主がある夜、車地蔵の夢のお告げを受けた。不思議に思い、早速発掘に取りかかり、六ヶ月後に車地蔵尊が宝侠(キョウ)印塔と共に出土し陽の目を見るにいたった。
一石より嘉慶ニ年(1388)十月二十二日の文字が判読され、約六百年前のものと判明した。館主は祠を建て交通安全の仏として、車地蔵尊再現供養を取り行った。
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翌朝の出発前は宿裏手の車地蔵尊にお参りし、三波石温泉の源泉を満たした赤いタンクを発見、加熱前の源泉に触れてきました。なめても特に味はしなかったですね。あと畑の中の源泉地も探しましたが、コックは見つかったもののどこが源泉だかは特定できませんでした。敷地横の路地に黄色い蝋梅が満開となって10本位咲いており、きれいでしたね。
宿泊料金ですが、1泊2食約8千円で、宴会料込みで10,200円でした。山の中の小さな一軒宿でしたが、おもてなしは暖かく、家庭的な雰囲気が何とも言えなく良かったです。いつまでも細々と残っていてほしい宿です。
参考HP:全国温泉ガイド ◆三波石温泉◆
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