キリマンジャロの氷河縮小について
About retreat of glacier on Mt. Kilimanjaro

アフリカ大陸の最高峰キリマンジャロ(標高5895m、タンザニア)は、7大陸最高峰の一つとして、またヘミングウェイの『キリマンジャロの雪』にも書かれているように、赤道直下にて氷河を抱く高山として、古くから岳人のみならず一般の人々にとっても憧れの山でした。その象徴である、頂上の氷河が最近100年の間に著しく縮小しており、2050年には氷河が消滅するという予測も出ています。

その原因として、アル・ゴア氏が主演の『不都合な真実』でキリマンジャロの氷河が登場するように、地球温暖化が第一に考えられてきました。しかし、近年、それ以外にも赤道直下の高山という特殊な環境条件(乾燥+赤道上の強い太陽放射による昇華)が原因(Kaser et.al)という説も有力な学説として浮上しており、まだ議論に決着はついておりません。

以下、私が1988年、2008年の2度にわたってキリマンジャロを登頂して実際に見たことと考察、キリマンジャロの氷河についての最近の文献を紹介したいと思います。

 
私がキリマンジャロの現地で見たものと考察


1.氷河の溶融の痕跡
20年前にキリマンジャロを初めて登頂した時には登るのが精一杯で気付きませんでしたが、余裕を持って登った今回の2度目の登山で、頂上に向かう途中、すぐ左側に迫る南部氷河において、氷河の溶融の痕跡を発見しました。一旦溶けた後、凍ったと思われる青氷、氷河の垂直壁に垂れ下がったつらら、いずれも氷河が熱で溶けている証拠と思います。後述のKaser教授の論文(文献@AB)によると、キリマンジャロ頂上の気温はいつも0℃以下のため溶融は起こらず、キリマンジャロでは氷河縮小の要因は、昇華(sublimation 氷が直接、水蒸気になる現象)が支配的、との記載がありますが、溶融による氷河縮小も無視できないのではと感じました。一方、頂上直前のルート上には、インド洋の海表面温度異常(Dの文献参照)による2006年末の大雪の時の積雪がいまだに残っていましたが、こちらは見たところ溶融の痕跡はありませんでした。

2.頂上付近の気温
AM6:20の日の出の時には−7℃でしたが、AM9:30に標高5895mの頂上に着いた時は+1℃でした。頂上には30分しか滞在していませんが、赤道直下の太陽放射のエネルギーは強烈で、谷風による層雲がサドルに上がってくる14時頃まで頂上は晴れていたので、気温はもっと上昇していたと思われます。Kaser教授は、キリマンジャロの氷河縮小の要因は昇華が支配的(文献@AB)という見解を述べていますが、溶融もかなり起きていると考えられる気温です。思うに、Kaser教授の論文の気温データは、氷河の上に設置された自動気象観測機のデータを基にしているため、昇華が本当に起きているならば、昇華によって奪われる潜熱のため低めの気温データによって検証している可能性があります。氷河縮小は、垂直方向(厚み)よりも水平方向に顕著に見られる(@2004 Kaser et.al)ので、縮小の起点である氷河の末端部−氷河と地面の境界付近−における気温が重要と思われ、そこではもっと気温が高く、昇華だけでなく溶融現象もかなり起きているのではないかと思われます。

3.氷河の溶融水
今回の登山で、マラングルートの標高4100m地点にあるLast Water(最後の水場)が完全に枯れているのを発見しました。20年前はここでポーターたちが水を汲んで上に運び上げていたのですが、今回は下の小屋から運んだようです。私は、このLast Waterの水の枯渇は、キリマンジャロ氷河の縮小により氷河の溶融水が減少したためと考えます。キリマンジャロで降水量が最大となるのは、標高2100m付近(3000mm/y)で、頂上では降水量はわずか(<250mm/y)(C2007 Adosiの文献参照)なので、Last Waterの水の源泉は氷河しかないと思われるからです。溶融が起きている以上、キリマンジャロの氷河縮小に対して、乾燥による昇華のみでなく、気温上昇による溶融も関与している可能性が高いと思われます。また、キボ峰の西側のアロー氷河末端より下で見つかった永久凍土(@2004 Kaser et.al)は、そもそも溶融した水は乾燥した大気中にすぐに昇華してしまうというKaser教授の主張が正しいならば、何故そこに永久凍土が存在しているのかということを考える必要があります。これも、氷河の溶融水が昇華せずに流れ出て凍結した結果かも知れません。

4.考察
私の考えとしては、キリマンジャロの氷河縮小は、地球温暖化による溶融、乾燥+赤道上の強い太陽放射による昇華、火山活動の地熱による溶融(Cの文献参照)などの複合要因によるものだと思います。地球上の全ての氷河縮小に対して一律に地球温暖化を主張する説は、個々の氷河における気象条件の相違を省みない誠に乱暴なもので承服できず、かと言ってKaser教授のように昇華が支配的とする説にも、自分が実際見てきたことから全面的には肯定できません。
地球全体では温暖化が進んでいるのに、何故キリマンジャロではその傾向が見られないというデータが出ているのか、疑問は尽きません。私は、昇華が実際起きているならば、昇華によって奪われる潜熱が温暖化を打ち消して、見かけ上、気温の変化がないように見えるだけではないかと考えました。Kaser教授の今後の研究成果が大変楽しみです。
Dの引用文献は、大変興味深く、エルニーニョがアジアのみでなく、キリマンジャロ氷河の長期的な増減にまで影響しているということで、地球温暖化以外の視点からも地球環境について考える必要があることを示唆していて、大変興味深いと思います。

5.付け足し
私は、これまでヨーロッパやヒマラヤと同様に、キリマンジャロの氷河縮小=地球温暖化と単純に思い込んでいました。しかし調べていくうちに、物事はそんな単純なものではなく、地球という非常に複雑な気候システムで起きているということ、更に地域特有の気象条件を考慮しければならないことことを思い知らされ、真実を自分自身の目で知ることの大切さに気付くことができました。
今後も継続して情報収集していきたいと考えています。氷河縮小と地球温暖化のトレンドのアンマッチを指摘したKaser教授の論文では、すぐ近くにあるケニア山の氷河データは1992年まで、キリマンジャロでは2000年までなので、今後の推移を見守りたいと思います。また、更に20年後にも自分自身の目で40年間の歳月にわたりキリマンジャロの氷河で起きている事実・現象を、是非とも確かめに行きたいと思っております。


キリマンジャロの氷河関連文献の紹介

@MODERN GLACIER RETREAT ON KILIMANJARO AS EVIDENCE OF CLIMATE CHANGE: OBSERVATIONS AND FACTS
   (2004 Kaser et.al)

  http://www.geo.umass.edu/faculty/bradley/kaser2004.pdf
・地球規模では、気温は氷河後退における最重要因子であるが、熱帯では違う。そこでは、気温、湿度、降水量、雲量、短波放射の複合的コンビネーションが氷河の変動を支配している。
・19世紀末から赤道上の東アフリカの氷河は激く後退しており、その支配的要因は、降水量の減少、雲量減少による短波放射の増加だ。・過去、150年間にわたる東アフリカの気候の変化は、1880年頃の激しい遷移によって特徴づけられる。その頃、湖水面は著しく低下し氷河は縮小し始めた。
・それに対して、急激な気温の変化の証拠はない。
・キリマンジャロの氷河は、penitentes(多数の凹凸のある氷)や、垂直壁、鋭い角によって特徴づけられ、それは短波放射と潜熱の乱流によってできる。長波放射や顕熱ならば、解けて丸くなるため、その形状は維持できない。
・キボ峰の西側のアロー氷河の末端4800m地点より下の、4700m地点にて永久凍土が見つかった。永久凍土はELA(温度的に融解と凝固が平衡する高度)に対応すると考えられるので、降水量が多ければ、氷河の末端はもっと下にあることを意味する。
・北部氷河の東端には、噴気口の活動による氷河の溶融の跡があった。頂上中央のロイシュ火口では更に顕著で、最初にハンス・メイヤーが登った1889年には、既にロイシュ火口には氷河はなかった。
・仮説:キリマンジャロの氷河の後退は、1880年頃の著しく乾燥した気候への急激な変化によって引き起こされた。
・一旦始まると、垂直壁の後退は太陽放射によって維持され、数十年後に氷河がなくなるまで続く。
・インド洋の海表面温度と東アフリカの降水量との間に大規模な相関があり、この長期的変動がキリマンジャロの氷河の蓄積不足を支配しているようであり、今後考慮されるべきだ。(Dの論文参照)
・今後の研究では、ミクロスケール、メソスケール、グローバルスケールの異なったスケールにわたる調査が必要。

AThe Shrinking Glaciers of Kilimanjaro:Can Global Warming Be Blamed?
  (2007 Mote and Kaser)

  http://www.uibk.ac.at/geographie/forschung/klima-eis/tropic/literatur/mote_amsci2007.pdf
・キリマンジャロの氷河後退は、温暖化以外の要因のコンビネーション、主として大気の乾燥が原因である。
・氷河の質量平衡は、溶融の8倍のエネルギーを必要とする昇華が支配しており、太陽放射がそのエネルギーを供給している。
・キリマンジャロの氷河縮小の速度は、近年加速度的に増加する温暖化のトレンドとマッチしない。また、氷河縮小が説明できるほどキリマンジャロ頂上での気温上昇の証拠もない。
・キリマンジャロの氷河縮小が地球温暖化の証明にならないということは地球温暖化を否定するものではない。
・過去100年間の地球の平均温度上昇は確かであり、中高緯度での氷河縮小がその証拠である。
・温室効果ガスの蓄積とキリマンジャロの氷河消失の間には、間接的な関係がある可能性は否定できない。

BMass balance of a slope glacier on Kilimanjaro and its sensitivity to climate
  (2007 Moelg、Kaser et.al)

  http://www.geo.umass.edu/climate/tanzania/pubs/moelg_etal_2007ijc.pdf
・質量平衡モデルにおいて、キンマンジャロ氷河の表面エネルギーの収支のシミュレーションを実施した。
・その結果、氷河の質量減少の65%が昇華によって起きていることが判明。
・20%の降水量の変化(1880年以前と現在の差)は、1℃の気温の変化にと比較して、氷河の質量平衡に対し2〜4倍の影響を与える。

CClimate Change Related Vulnerability, Resilience and Adaptation in Tanzania
  (2007 Adosi タンザニア気象局) 
サイズ大なので注意(3.5MB)
  http://www.wmo.ch/pages/prog/wcrp/pdf/3.7_Adosi_Resilience_JSC-28_Afr_28.03.2007.pdf#search='adosi kilimanjaro'
キリマンジャロの気象の解説、キリマンジャロ頂上の氷河に設置したAWS(自動気象観測機)など、写真付きで分かりやすいスライド資料となっています。

DAn Observational Study of the Relationship between Excessively Strong Short Rains in Coastal East Africa and Indian Ocean SST
  (2003 Black et.al)

  http://www.met.reading.ac.uk/~emily/publications/mwr.pdf
・北半球の夏に成熟した強いエルニーニョが、東インド洋の大気の循環に影響を与え(詳細略)、秋にインド洋の海表面温度の東西偏差の逆転を起こして、東アフリカに南西から流入する湿気を再びインド洋に運び去る西風を弱めるため、東アフリカに大量の降水をもたらす。
・上記の関係は非線形であるためエルニーニョからの予測は困難であり、東アフリカの降水予測のためには更なる研究を要する。

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