歩いた、疲れた、帰ってきた

− 早川上流 野呂川 −



 野呂川は北岳をはじめとし、3000m級の山々に囲まれた南アルプスの真っ只中を流れている。
私が良く釣りをする山梨県では間違いなく、一番標高の高いイワナ釣り場になると思う。
そんな所でイワナを釣ってみたいと前々から思ってはいたが、なかなか実行に移すことはなかった。
理由は簡単で、あまり良い話も聞いていなかったし、もっと行ってみたい場所が他にもたくさんあったからである。
しかし、ずっと行かないという訳にもいかず、今回、思いきって行ってみることにした。
 さて野呂川へのアプローチだが、夏なら林道が開通しているので車で広河原まで入ることができる。
ここが車止めになるのだが、更にバスに乗りかえれば北沢橋まで行くことが可能である。
しかし、この時期は林道も冬期閉鎖中であり、広河原よりずっと手前の奈良田(広河内出合)で車止めになってしまう。
そうなると後はひたすら歩くしかない。本当に自分の足だけがたよりなのである。
私も地図を見てあまりの長さに躊躇したのだが、両俣小屋の先に住むイワナに会ってみたいという気持の方が強かったようだ。


【4月30日】 日向四郎兵衛沢周辺の本流

野呂川1  奈良田の先にあるゲートに着いたら他には3台の車があった。
2台は誰もいなかったが、1台は登山者で出発の準備をしている所だった。
こちらも朝飯を済ませてすぐ準備にとりかかる。
ここには広河原まで17Kmを示す標識があった。結構あるな...
4泊分の荷物が入ったザックは21Kgを超えている。
ザックを背負うとずっしりくる。本当に大丈夫なのか?と少し心配になる。
単独行では必要な物を全て自分が背負わなければならない。
そこがちょっと辛い所である。
それでも目差すのは野呂川源流!
私は期待に胸を膨らませて意気揚々とゲートを出発したのであった。

 空は快晴、周りの木々も緑が出始めている。
「こりゃいいハイキングだ〜」と思いながら気分良く歩いていく。
1時間歩いては10分休むぐらいのペースであったが、
さすがに延々と続く林道歩きにはまいってしまった。
「いったい、いつになったら広河原に着くんだ!」と思い始めた頃にようやく到着した。(^^;


野呂川2  広河原では白い北岳が私を出迎えてくれた。
さすが標高3192m、「すげー!」本当にそう思った。

 更にここから北沢橋へと足を進める。
途中で昼飯をとって大きく休憩を入れた。
もう広河原はとっくに見えない所まできている。
ずいぶんきたな...それにしてもよくここまで歩いてきたものである。
自分が好きでやっていることではあるが、その情熱には本当に頭が下がる。(^^;


野呂川3  北沢橋を過ぎると身体の方もかなり疲れてきた。
所々で休憩しているとはいえ、出発してからもう7時間半を過ぎている。
正直に言えば、もうすっかり歩きたくなくなっていた。(^^;
今日は行ける所までと思っていたのだが、あっけなく断念する。
私は以外と切り替えが早いのである。(根性無しとも言うが...)
「さっさと川に降りてテン場を探そっと!」
しかし、この林道は川と離れていてなかなか川へ降りる場所が見つからない。
やっと下降点を見つけて川へ降りると、そこには絶好のテン場があった。
これはかなりラッキーだった。
ここはちょうど日向四郎兵衛沢出合のすぐ上流にある。


野呂川4  設営を終えコーヒーを飲みながらしばらくゆっくりする。
かなり疲れていたので今日の釣りはいいやと思っていたのだが、
やはり目の前に川があると竿を出さずにはいられなくなる。
「塩焼きサイズを1匹ぐらい釣ってやるか!」とテン場を飛び出した。
夕食の準備を始めるまでの1時間ぐらいだったが、
日向四郎兵衛沢が出合う周辺を釣ってみた。
しかし、残念ながらあたりは出なかった。
この辺は夏になれば完全な日帰り圏内だから釣られているのかな?

 夕食はラーメンを食べた。
私はよく渓にラーメンを持って行く。
簡単で早くできるし、身体も温まるからである。
その後、たき火をおこし、酒をのみながら明日の釣りのことを考える。
「とうとう来たか、いよいよだな〜」こうしている時が実に楽しい。
そして、夜9時を過ぎると急に冷え込んできたので、急いでテントにもぐりこんだ。


 《参考タイム》
  奈良田のゲート(車止)6:05→荒川橋8:38→広河原11:19→北沢橋13:38→テン場着14:32

 《本日の釣果》
  0尾


【5月1日】 中白根沢周辺の本流

野呂川5  寒くて夜中の2時に目が覚めた。
それからは寝たり起きたりでなかなか熟睡できない。
そのうち4時半になったのでおきることにした。
気温はテント内が0℃、外は−5℃である。どうりで寒いわけである。
ウェダーや渓流シューズがガチガチに凍ってしまい、これを履くのに苦労した。
外に出ると寒さが身体の芯まで入ってくるようだ。
起きたばかりだから体温が低いせいもあるのだろう。
「と、とりあえず火だ!」すぐに火をおこして身体を温める。
朝飯の準備にとりかかるが、川から鍋に水を汲んでくるとすぐに氷がはってくる。
「何てこった...」


野呂川6  さすが3000m級の山々である。丹沢あたりの山とはちょっと訳が違う。
先々週の雨畑川の釣行で少し感触をつかんだつもりでいたが、
ちと考えが甘かったようだ。
今日は両俣小屋までベースを移動するつもりだったが、
「これ以上、上流へ行ったら寒くて死んでしまう〜」ということで、
2日目以降もここですごすことにした。
やはり私は以外と切り替えが早いのである。(^^;

 とりあえず暖かくなるまで待つか...
それでも火にあったていればそんなに寒くない。
8時を過ぎるとやっと谷間に日が射し込んできた。
気温も上昇してきたのでそれからようやく行動に移ることにした。


野呂川7  林道を歩いていくと所々で崩れおり、ずいぶん荒れているのが目立つ。
とりあえず土砂の整備は行われているみたいだが、次から次へと崩れてきて作業が追いついてない様子がうかがえる。
きっと林道の土砂は川にどんどん捨てられているんだろうな...
もしこの林道が作られなければ、野呂川はどんな姿を残していたのだろう。
そんなことをぼんやり考えながら私は林道を歩いていた。


野呂川8  しばらく歩き、私は前白根沢と中白根沢の中間点あたりの本流に入渓した。
その頃には気温も13℃ぐらいまで上昇していてもう暖かいぐらいである。
釣っていくと淵には必ず数尾のイワナが泳ぐ姿を見ることができた。
魚影はなかなか濃いのだが、持ってきた市販の餌ではなぜかあまり釣れない。
水温が低すぎるせいなのだろうか?
それでも川虫を餌にするとイワナは反応してくる。
しかし、一生懸命になって川底を探っても川虫はほとんどとれないのである。
あまりにも餌集めに手間がかかるので川虫を使うのはやめてしまった。


野呂川9  魚はあまり釣れなかったのだが、全く気にならなかった。
素晴らしい青空、そして周りの白い山々が実に雄大である。
景色がいつもとはあきらかに違う。やはりここは南アルプスなのである。
こんな所でイワナを釣っていると実に幸せな気分になってくる。
そして何といっても川は私の貸し切りなのである。
私はひさしびりにのんびり釣りを楽しんだ。

 この日は中白根沢出合の先にある堰堤まで釣って竿を納めた。
帰りはこの堰堤を右から巻くと、その先に道が林道から降りてきている。
ここから林道に登ることができた。
ここはちょうど北奥沢の出合であった。


野呂川10  この日は3匹だけイワナをキープさせてもらった。
テン場でイワナの炊き込みごはんと塩焼きにして食べたが実にうまかった。
「明日はいよいよ両俣小屋の上流だな!」
そしてまた酒を飲みながら1人で盛り上がっていた。(^^;


 《参考タイム》
  テン場出発8:30→林道8:45→前白根沢出合9:50→本流入渓点10:02

 《本日の釣果》
  11尾(サイズは19〜24cmでほとんど20cm以上でした)


【5月2日】 左俣沢

野呂川11  またしても寒くて夜中の3時に目が覚めた。
それでもそこそこ寝ることができた。
起きたのは5時40分、気温も−1℃で、昨日よりはましである。
と言っても寒いことに変わりはない。
今日こそは両俣小屋まで一気に歩いからて釣る予定だった。
「のんびり朝飯の支度なんかしてられない!」
「カロリーメイトでもかじったらすぐに出発だ!!」
...のつもりだったのだが、こう寒くては動く気力も無くなってしまう。(^^;
結局、また暖かくなるまで待つか...ということにしてしまった。
朝飯はうどんを茹でた。これで身体が温まった。

 そして谷に日が射し込む8時にテン場を出発する。
テン場から本流を歩いていくと開けたところで視界に大きく青空が広がった。
今日も天気が良さそうである。おもわず足取りも軽くなる。


野呂川12  小仙丈沢の出合いから林道にあがり、林道を歩いていく。
ずっと川から離れていた林道も北奥沢を過ぎたら川沿いになった。
さすがにこの辺りから雪が目立ってくる。
だんだん雪で道が埋まっている所も多くなってきた。
雪の上には、はっきりといくつかの足跡がついていた。
釣り人か登山者かはわからないが、この時期でも人はきているのである。


野呂川13  北奥沢から30分も歩くと急に開けた場所に出た。
ここが両俣小屋である。
当然だが小屋はまだ営業していない。
私は小屋の前にある椅子に腰掛けてしばらく休憩した。
それにしても静かである...
きっと盛期になればかなりの登山者達が訪れるのだろうが、
今は静かにその時がくるのを待っている雰囲気が伝わってきた。


野呂川14  このちょっと先で川は二俣になる。左俣沢と右俣沢の合流点である。
水量はほぼ同じで1:1だが、左俣沢の方が少し多く感じる。
私は水量の多い左俣沢に入ることにした。


野呂川15  出合付近は荒れていたが、少し歩いて行くと渓相は安定してきた。
しばらく歩いてからと思っていたが、手頃なポイントがあったので竿を出してみることにした。
すると1投目からイワナが釣れてしまった。
小屋の近くだからあまり期待してなかったが、これには少々驚いた。
「ひょっとして魚が多いのでは?」と期待したが、どうやら考えが甘かったようだ...
昨日のようにいても釣れないのか、それとも魚が少ないのかはわからないが、
その後、あたりは出なかったのである。


野呂川16  左俣沢は傾斜が穏やかで谷は開けている。
目の前に見える北岳に向かって遡行していく気分は最高である。
今日も快晴だし、これでイワナが釣れてくれれば...
しかし、ずいぶん釣り登っているというのに相変わらずあたりは出ない。
「ひょっとするともう魚がいないのでは...」さすがに少し心配になってくる。
すると何でもない小場所から2尾目が釣れた。
とりあえずまだいることがわかりほっと一安心である。
私は昼飯を食べて更に竿を出し続けた。


野呂川17  やがて渓は両岸が狭まってきて、さすがに雪も多くなってきた。
所々で雪が川を埋めているので遡行も苦労する。
そして左から小沢が入ってきた所で私は一度あきらめた。
残り時間も少ないし...イワナも出ないし...
それより左俣大滝だけは見てから帰りたいと思ったのである。


野呂川18  竿をしまって滝まで歩こうとした矢先、その先のポイントでイワナが流れに身をまかせて泳いでいるのを見つけた。
「何だまだいたのか〜♪」こうなってくると話しは別である。
身をひそめて近づき再び竿を出してみるとすぐにあたりが出る。
ゆっくりあわせるとイワナは気がついてぐんぐん竿をしぼってくる。
「これは結構いい型だ!」と思った瞬間に仕掛けがすっぽ抜けて宙に飛んだ。
なんとばらしてしまったのである。
あ〜、ちょっと残念!(^^;

 もう一度ポイントを除きこむと見えてたイワナはまだいた。
多分、かかったのは違うやつだったのだろう。
再び投餌すると今度はこいつが食いついてきた。
そしてようやく釣り上げることができたのである。
このイワナは二俣付近で釣ったヤツと違い、まだ黒っぽい色をしていた。
本来の姿に戻るにはもう少し時間がかかりそうな感じである。


野呂川19  更に次のポイントへ移動し、慎重に攻めてみるがあたりは出ない。
あきらめて私は移動する為に水に足を踏み入れた。
ところが、ここにもイワナはいたのである。
数尾のイワナがびっくりして右往左往しているではないか。
どうやら魚影が濃くなってきたみたいだ。
期待に胸が高まってくる。このワクワクする気持ちが本当にたまらない。

 しかし、このすぐ上で川が左へ曲ると渓は全て雪に埋まっていたのである。
私はそれを見て愕然としてしまった。これはあきらめるしかなかった。
せっかくここまできておきながら、魚止の確認も左俣大滝も見ることなく終りを迎えてしまった。
ここの標高は2120m地点、こんな環境に住むイワナにはただ驚くばかりだ。
ここまで歩いてきた私に少ないながらも応えてくれたイワナに感謝しつつ、
別れをつげて私は左俣沢を後にした。

 林道をテン場に向かって歩いていると、あれほど晴れていた空が急に曇ってきた。
テン場に着いて夕飯の準備をしていたらポツポツきたが雨は降らなかった。
しかし、明日の天気が何だか心配である。


 《参考タイム》
  テン場出発8:00→林道8:20→前白根沢出合9:00→両俣小屋9:55

 《本日の釣果》
  3尾(サイズは21〜24cmでした)


【5月3日】 小仙丈沢周辺の本流

野呂川20  起きたのは5時、何だか空が曇っている。
今日は天気が良ければ前白根沢を釣ってもう一泊、悪ければ帰るつもりだった。
とりあえず朝飯を食べて、かたずけを終える。
空には晴れ間もあることにはあるのだが、やはりなんだかすっきりしない。
そういえば予報では4日から天気が崩れるとか言ってたな...
ふとそんなことを思い出した。
しばらく悩んだが、結局、今日で帰ることに決めた。
たとえ今日の天気がもったとしても、
明日、延々と雨の林道を歩いて帰るのは辛いと思ったからである。

 とりあえずテン場をかたずけてパッキングを終わらせる。
まだ時間は少しあるな...少しやってみるか!
テン場から小仙丈沢のちょっと手前まで歩き、竿を出してみた。
そしてその先にある堰堤下までやってみたのだがあたりは出なかった。
やはり、この辺はだめなのか?
釣ったのは1時間程だから何とも言えないのだが...


野呂川21  テン場へ戻り、帰る準備をしていると空がどんどん曇ってきた。
「こりゃ、帰ることにして正解だったな」と思いながら、4日間お世話になったテン場を出発した。
北沢橋を過ぎると途中から気温がどんどん下がっていくのがわかった。
風が出てきておまけに霧雨も降ってきた。山風にさらされて手がかじかんでくる。
それでも広河原を抜けると雨がやんでほっとする。

 しかし、ここから奈良田までが長かった。
まぁ、覚悟はしていたつもりだったのだがやはり長かったのである。(^^;
途中で足の裏が痛くなり、まめもできてしまったみたいだ。
なんとか荒川橋に着き、休んでから立ち上がるとかなり足にきていた。
「な、なんだ、かなり疲れてるぞ...」自分でも少し驚いた。
それでもひょこひょこ歩き出す。
更に途中でまた大きく休憩を入れる。林道の上に寝っころがり大の字になって休んだ。
もう動きたくないな...奈良田のゲートまであと1時間ちょっとはかかりそうだ。
それでも、もう現実的な所まで戻ってきている。もう少しで帰れるのである。
最後の力をふりしぼって起き上がり、再びよろよろと歩き出す。

 この最後の最後でちょっとうれしい出来事があった。
カッパ橋の所で通りかかった軽トラが私の横で止まった。
運転していたのは山仕事の人だった。
そして私をゲートまで乗せていってくれたのである。
まるで空を飛んでいるような感覚だった。
流れる景色が格別である。本当に車は便利だと実感する。
ゲートに着いて、自分の車が見えた時は本当に嬉しかった。
キーを取り出し車のエンジンがかかった時、長かった今回の釣行が終ったという感じがした。


 《参考タイム》
  テン場出発11:55→林道12:13→北沢橋12:38→広河原14:03→荒川橋16:15→カッパ橋17:32→奈良田のゲート(車止)17:45

 《本日の釣果》
  0尾


 今回、釣果の方はあまり良くなかった。
それに歩き疲れぐったりして帰ってきたのだが、それでも行って良かったと思っている。
何が良かったとひとことでうまく言うことはできないが、私の釣りは釣果だけではないのである。
自分の知らない渓に1人であたり前のように行ってしまうことに自分自身で驚いたりすることもあるが、
やはり見知らぬ渓や魚達に思いを馳せ、実際に会いに行くことはとても楽しい。
そしてそれが長ければ長いほど帰ってきた時の充実感は大きく心に残るのである。
 こうして記事を書いていると、南アルプスの山々、渓の流れ、そして魚達が今でも鮮明によみがえってくる。
寒さに震えたことも、長い林道歩きも今となっては良き思い出である。
いろんな意味でいい釣行だったと本当に思っている。



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