【王様と乞食のお話】
あるところに、ひとりの王様が全ての領地を治める国がありました。
王様はたったひとりで権力を有し、
逆らうものは皆殺しにしていましたが、
横暴だとか献金目当ての腐った政治をする事は決して無く、
あくまで王様は国の為に必要な政治を的確に行い、
犯罪者や国に害を為すものを厳しく取り締まる法律を立てる、
厳正で優れた王様でした。
国中の誰もが、厳正な政治の家来であり、
国中の誰もが、厳正な法律の奴隷であったので、
国中の誰もが、王様の言う事を聞きました。
あるとき、王様にも悩みが出来ました。
王様は、自分の悩みを打ち明けることができる相手を作るために、
自分よりも優れた知識と能力を兼ね備えた人間を家来に登用しようと、
国中を探しました。
でも、王様が国中をいくら探しても、自分より優れた人間は居ませんでした。
優れた王様は、しかし優れた部下には恵まれなかったのです。
優れた部下に恵まれなかった王様は、悩みを誰にも相談できませんでした。
悩みを誰にも相談できなかった王様は、孤独だったのです。
孤独な王様は、優れた後継者にも恵まれることはありませんでした。
自分の後を任せることができるだけの人材を見つける事もできないまま、
月日は流れ、王様にもとうとう死期が近付いてきました。
『王様として君臨する人間は、
生まれたときから既に王様で、
死ぬときまでずっと王様だから、
奴隷の苦労なんて分からない。
奴隷として追従する人間は、
生まれたときから既に奴隷で、
死ぬときまでずっと奴隷だから、
王様の孤独なんて分からない。』
王様は死の病をお医者さんに宣告された後、城壁の隅で独り、
そう呻くように呟きました。
王様の呻くような呟き声は、お城で忙しそうに働く人達には聞こえませんでしたが、
他の国から追い出されて城壁の近くで残飯漁りをしていた乞食の耳には届きました。
他の国から追い出されてきた乞食は、その国の王様の声なんか知らなかったので、
何の遠慮も無くこう言いました。
『俺は乞食だけれど、君臨も追従もしないし、
生まれたときから決められていた訳じゃないし、
死ぬときまでこのままでいる必要もないし、
食うもの以外には苦労もしないし
誰かと話している間は孤独でもない』
王様が城壁で何事かを呟いていた数日後、
王様は病で亡くなってしまいましたが、
欲しいものは何でも手に入ったと言われていた程の王様も、
死ぬまでの数日間だけは大層悔しがっていたとか何とか。