【蛆の沸いたトマト】
ある村に、トマト畑がありました。
その村には大男がいて、毎日せっせと畑を耕して、配達員を介して、
契約したハンバーガーショップに出来立てのトマトを売って生活していました。
「なあ、蛆の沸いたトマトを食べちゃいけないなんて、誰が決めたんだ?」
ある日、トマト畑を耕していた大男が、突然思いついたことをそのまま、
トマトを入荷先へと届ける配達員に尋ねました。
大男の質問を聞いて、配達員は商品のトマトを梱包する手を休めて、少し考えました。
配達員は蛆の沸いたトマトを食べてはいけない、と決めた人なんて知りませんでした。
だから、大男の質問に答えるかわりに、配達員はこう聞き返しました。
「蛆の沸いたトマトなんて、食べられるのかい?」
梱包作業を再開した配達員の質問を聞いて、次は大男が考えました。
畑を耕すのもすっかり忘れてしまうくらいに考えこみました。
もちろん、大男は蛆の沸いたトマトなんて食べたことがなかったので、
蛆の沸いたトマトが食べられるのかどうか、大男は知りませんでした。
だから、配達員の質問に答えるかわりに、大男はにこう聞き返しました。
「食べてもいいものなら食べられるだろう?」
大男の質問を聞いて、今度は配達員が考えこんでしまいました。
今度は少し手を休めるどころか、両手を組んで考えこんでしまいました。
食べてもいいものが食べられるかどうか、ひとつづつ考えてみました。
でも、モノが豊富な現在では、食べてもいいと思い付くものがあまりに多すぎて、
考えが終わりそうにありませんでした。
そこで、大男の質問に答えるかわりに、配達員はこう聞き返しました。
「食べられるものなら食べてもいいんじゃないかな?」
配達員の質問を聞いて、またまた大男は考え込んでしまいました。
今度は、畑に鍬の先で考えたことを少しずつ書きながら考えこみました。
食べられるものが食べてもいいかどうか、ひとつづつ考えてみました。
でも、モノが豊富な現在では、お金さえあれば食べても良いモノがあまりに多いため、
食べられない食べ物が思いつきそうにありません。
そこで、配達員の質問に答えるかわりに、大男はこう提案しました。
「この村の村長さんに聞いてみよう。あの人なら、何でも知っている」
大男からの質問を待って身構えていた配達員は、拍子抜けてしまいました。
ふたりが考えている間に、周囲はすっかり夕暮れ色に染まっていましたが、
この難しい話の答えを出さないままでいるのも気分が悪いと思ったし、
大男の提案に賛成すれば夜になる前にこの難しい話を解決できそうなので、
配達員はとりあえず大男の提案に賛成することにしました。
話がまとまったので、ふたりは村長さんが働いている共同役場に急ぎました。
共同役場は隣接する村と共用していて、最近になって天井の雨漏りと近辺の
復興を理由に建て直したので、田舎には似合わない、派手な屋根の大きな建物でした。
ふたりは、建物の前で、残業もせずに早々と定時で仕事を切り上げる、とても
仕事熱心とは思えない公務員の鑑とも言える村長さんと鉢合わせしました。
ふたりは、村長さんが帰ってしまわないように、慌てて声をかけました。
「村長さん、村長さん」
ふたりは、それぞれの質問を、考えもまとめないまま同時に、
振りかえった村長さんに向かって尋ねました。
「食べてもいいんでしょうか?」
「食べられますか?」
大男は畑で使っている大きな鍬を担いでいました。
大男の体格に負けず劣らずとても大きく作られていて、
堅い地面にも簡単に突き刺さる事を主張するかのように鈍鉄色に輝いていました。
一方、配達員は梱包の荷紐を切るナイフを片手に持っていました。
梱包の作業中に使ったまま片付けるのも忘れていたので、
良く切れそうな鋭く尖った刃が剥き出しになっていました。
夕日を背にしたふたりの顔は暗い影に包まれ、
急いできたふたりの息はとても荒く、
時折夕日の光が刃物に反射してチラついていました。
ふたりの姿があまりに恐ろしくて、小心者の村長さんは震えて声も出ませんでした。
村長さんが返事をしないことを、村長さんの耳が遠くて聞こえていないのかもしれない、
と勝手に解釈したふたりは、もう一度同じ質問を、村長さんに向かって大声で尋ねました。
「食べてもいいんでしょうか?!」
「食べられますか?!」
小心者の村長さんは、ふたりの荒々しい大声に心臓が飛び出るほど驚いて、
ふたりが呆然と立ち尽くす目の前で、飛ぶように逃げ帰ってしまいました。
それから後、その村にはナイフやら鍬を持った人食い男が出る、という噂が広まったそうな。
ちなみに、人食い男に出会ったら蛆が沸いたトマトを渡すとそれを食べて去っていくとか何とか。