1999.5.16 後楽園ホール

NJKF achievement 3


松浦信次 対 中村篤史(北流会君津)

5R判定勝利

「赤コーナーより松浦信次選手の入場です!」
 後楽園に久々に響いたこのコールに、観衆から万雷の拍手が起きた。「歓迎されている!」と私はホッとした。引退式まで行なった選手が復帰することに関し、否定的なことをいう人の声も耳にしていたからである。リングに上がると、松浦への声援はますます大きくなった。いやが応にも期待が高まる。
 相手の中村は、これが5回戦2試合目の新鋭。しかし、前の試合で木浪(小国)を圧倒するなど、波に乗っている。油断のならない相手だ。
 序盤、お互い様子見の展開。松浦のミドル、ローがヒットするが、それに合わせた中村の左フック、ボディーフックが重い。松浦自身も試合後「パワーはあった」と語っている。互角の展開だ。
 回が進むにつれ、徐々に技術の差が表われはじめた。特にローが入る。中村は明らかに嫌な顔をしていたし、セコンドも「ロー!」の指示をおくった。しかし、なかなか攻撃が続かない。
 最後までこのような展開が続き、久々の5Rは終わった。判定では文句なく松浦の勝ちだったが、本人は不満の様子だった。
 控え室では、「俺ってこの程度だったのか?って思った」というようなことを語っていた。また、「ローを蹴ればいいというのはわかっていたし、セコンドの声も全部聞こえた。でも、蹴れなかった」とも。「蹴れなかった」のは、肉体的なスタミナのせいなのか、はたまた気持ちの問題なのかはわからないが、ともかく本人の採点では「全然、ダメ!!」な試合だったようだ。しかし玉城会長は「最初はこんなものだ。とにかく次が勝負だ」と声をかけた。
 実際、NJKFウエルター級戦線は、大谷浩二(横浜征徳会)が青葉繁(仙台青葉)を破って俄然活気づいてきている。同情でマッチメイクが組まれる余地はない。次戦で本当の意味での復活をアピールし、再びタイトル戦線に名乗りを挙げたいところだ。
 とにかく、「次」である。


アラビアン・ゲッソリパー 対 中島稔倫(大和)

5R判定勝

 すいません。この試合1Rしか観てないんです。
 その1R観た限りの感想ですが、あんなにミドルを蹴らないアラビアを初めて観ました。それだけ、日本で勝ちに来たってこと? そんで回転バック肘でダウン。そのまま逃げ切ったようです。
 試合後の控え室は奥さん(日本人)の親族に囲まれてご機嫌のアラビア。次は6月1日のJ-NET。がんばってもらいたいもんです。



楠本勝也 対 関博司(名古屋JKF)

5R判定勝

「タイだったら、賭け率はイーブンの好勝負」
 パンフレットにこう書かれたこの試合。しかし、楠本は試合後「もっと楽に勝てると思っていた」と語ったし、私自身も関が強いのは認めるが「イーブンは楠本に失礼じゃないか?」と考えていた。
 しかし、楠本にとってこの試合が「楽な」ものでないことが露呈したのは、1R早々だった。開始早々に攻めてくることは十分予想された。しかし、そのコンビネーションが、予想をはるかに上回る、速さと的確さと重さで襲いかかってきた。正直、序盤の打ち合いでは、関が押していた。
 楠本も「やべぇ」というような顔をしていたし、セコンドも声をなくした。「あの楠本が打ち負けそう……」。
 しかし、セコンドの予想を上回ったのは、関だけではなかった。激しいパンチの交換の中、いきなり関が倒れた。楠本のフック気味の右クロスがヒットしたのだ。関は立ったがまだ足下がふらついている。「一気に倒せる!」誰もがそう思ったが、ここでも関は想像以上だった。逆にカウンターをヒットさせ、楠本の腰が落ちた。場内大歓声。1R終了時には観客から大きな拍手がおきた。
 後で楠本が「1Rのダウンがすべてだった」と語ったように、ここから関の歯車が狂いだした。互角に打ち合っているように見えるが、焦って攻めにいく関と、落ちついて攻防のバランスをとっている楠本の差が徐々に出始めた。名古屋JKFの猛練習(見たことないが……)でスタミナ抜群のはずの関が、目に見えてバテはじめたのだ。一度でも試合をしたことがある人ならわかると思うが、「スタミナ」とは肉体的なものだけでない。精神状態が大きく影響する。その影響からか、組み合った状態での首相撲で、明らかに楠本が優勢となった。そして楠本は膝を腹にではなく、相手のモモに打ちつけていく。
 4R、5Rは、楠本がガムシャラに前に出て組みに行った。これにはびっくりした。
 以前、隣で「佐藤孝也対クルークチャイ」を観戦したときのことだ。この試合はクルークチャイが徹底した首相撲で佐藤をくだしたのだが、その試合を見た楠本は「あんな闘い方して何が面白いんすかね?」と言っていた。
 その嫌いなはずの闘い方を、いま選択している。
 そこからは危なげなかった。5Rが終わったとき、勝利は確実だった。しかし、判定勝ちは楠本の美学に反するはず。「きっと不満タラタラの顔をしている」だろうと思ったが、実際は違った。喜んでいるのとはちょっと違うかもしれないが、とにかく心からホッとしているようだった。関が「勝敗」のみを価値観にできるほど強い相手だったということだろう。
 控え室に戻った楠本の第一声は「あんなに強いとは思わなかった」だった。そして、「負けたら辞めるか1からやり直すしかないと思っていた」とも告白した。「1からやり直す」ということがどういうことかは聞かなかったが、「辞める」という言葉と並立に語られた言葉である。たんに精神的なものではないだろう。それだけこの試合の勝敗は重かったのだ。
 そんな重い試合を制した楠本には、次の闘いがプレゼントされた。7月4日、中島稔倫とのフェザー級王座決定戦だ。本人が2階級制覇にそれほどこだわっているとは思えないが、さらに上へ行くためのお得な回数券にはなるだろう。

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