2000.12.5 タイ国王宮前広場

タイ国王生誕記念興行



Katsuya Kusumoto(JPN)

 vs  Kowit Looknongyangtoy(THAI)

1RKO勝ち

 このところ今ひとつの試合が続いていたが、名古屋での関戦で思いもよらぬチャンスが転がり込んだ楠本。天下分け目の決戦の舞台はタイ国王宮前広場。国王の生誕記念興行というビッグマッチで、ムエタイ戦士を相手に闘うことになった。

 当初、楠本の相手に決まったのは、バルハッノーイ。その後、サクパイトーンに。いずれも名うての強豪だ。しかし、直前の現地のムエタイ専門誌「ムアイサヤーム」には、プラサーンチャイと報道されていた。プラサーンチャイは、鈴木秀明、佐藤孝也、笛吹丈太郎などとも対戦しているおなじみの選手だが、楠本は「126ポンド」の選手であるのに対しプラサーンチャイは「135ポンド以上」の選手。通常ならありえないマッチメークだ。結局「誰とやるんだろう?」と疑問を持ったまま計量会場に着くと、そこにはなんとプラサーンチャイの姿が!

 計量場所の13リヤンタワーに着いたはいいが、何の指示もないまま経過すること30分以上。すると、いきなり各選手が上の階へ移動しだす。訳もわからずそのまま着いていくと、そこが計量会場。


左から3人目のちっこい選手が、結局楠本とやるコーウィット

 何人かが計量した後、魔裟斗と対戦予定のオロノーが秤に乗る(この時点で魔裟斗は計量会場にいなかった)。そして、そのすぐ後にジョン・ウェインが秤に乗ると、オロノーが横に並んで互いにガッツポーズ。完璧に、オロノーvsジョン・ウェインを連想させる演出。これに色めきたったのが、日本の報道人。「我々は、魔裟斗とオロノーが試合すると聞いているが?」とソンチャイすると、「ちゃうねん!」とつれない返事。何かあるとは思ったが、のっけから予想外の展開。

 さて、数人が計量した後、呼ばれたのは「カツヤ」。あまり正確に計ったとも思えず、秤を降ろされる。続いて「プラサーンチャイ」の声がかかるが、なぜかプラサーンチャイは秤には乗らない。そして、もう一人小さい選手(コーウィット)が呼ばれ、それぞれ楠本の横に並ばされる。そこで、ずらりと並んだお偉いさんたちが、おそらく「プラサーンチャイはでかすぎるなぁ、コーウィットはちょっと小さいなあ」というような会話がなされ、コーウィットが秤に乗る。で、また関係者が喧々囂々話し合い、やっと決定。

 カツヤ・クスモト vs コーウィット・ルークノンヤントーイ

 
 楠本は落胆を隠せない。サクパイトーンというバリバリの実力派ファイターを相手に覚悟を決め、丸一日の移動の間飲まず食わずで体重調整してきたのに、このいい加減な計量。選手としてはやってられない。「口に出しちゃいけないと思ったけど、気持ちが切れちゃいそうですねえ」と語りながら、ホテルへと戻った。

 そして当日も二転三転どころの騒ぎどころではないドタバタが起こった。この日の集合時間は7時。この日は大交通渋滞が予想されたため、早めにホテルを出て現地到着が午後6時。この時点で、数人の選手が会場に到着していた。

 車内で通訳から渡された対戦表では、楠本の試合は8試合目。ずいぶんと余裕がある。この日のテレビ枠は10時から1時。うまく行くと、テレビに映るか??

 もう動物園の動物気分
控え室は屋外のテント。一般人入り放題。

 7時からセレモニーが始まった。全選手が参加のはずだが、ジョン・ウェインも、オロノーも、デニー・ビルもいない。いったいどうなってるんだろう?

国王陛下の肖像の前に選手着席。ここからリングに花道がのびている。
この日の観衆は、10万とも20万とも。花火大会の会場のどまんなかにリングがある、とでも言えばわかりやすいか?

 さて、第一試合が始まった。さてさて、どんな選手だろう?と観戦していると、いきなり「次だ!」と言われる。慌てて準備。しばらくしていると、「3試合目」と言われ、もっとしばらくすると「4試合目」、挙げ句の果てには「わからない」。かなり上のレベルの人間に事情を聞いたのだが、「ソンチャイ(プロモーター)さんしかホントの試合順はわからない」などととんでもないことを言い出す。

 この一連のやりとりをとりもってくれたのは、NJKFフライ級チャンピオン、佐々木功輔選手。オロノーのセコンドとしての来場だったが、実に面倒を見てくれた。その他にも、オーエンジャイに三度出場しているナカワ選手や、ポームアンウボンジムのトレーナーの方、元北星所属ダヌワ・オーエンジャイなどがサポートしてくれた。ひじょ〜〜に助かった。ありがとうございます。


ほとんど在タイ日本人の佐々木選手(右)

 とは言っても、「いつやるかわからない」のは変わりない。異様な緊張感を持ったまま(オイルを塗って、バンデージもトランクスも履いたまま)、楠本の試合が始まったのは、なんと午前2時前のこと。もう、呆れるのを通り越して、思考力がなくなった感じだった。

 さあ、待つこと約8時間。いよいよ楠本の出番が来た。ソンチャイ・プロモータの指示どおり、刀を脇に差し、サムライのいでたちで入場。頭には「闘魂」のハチマキ。セコンド野崎は「必勝」ハチマキをしめる。すると、現ムエタイ界のNo.1選手、サムゴーが「終わったらそのハチマキを来れ!」とお願いしてきた。やはり、たかがハチマキでさえ、タイ人にはエクセレントなようだ。

 さて、楠本が花道に現れると、場内は「oh! サムライ!!」の大歓声。そのままリング中央で、四方に礼。コーナーに戻ろうとすると、リングサイドを囲むカメラマンから、撮影のリクエストが。試合前だというのに、撮影会が始まる。サムライスタイル、大受けだ。懸案のワイクーも、タイ人よりも長く披露。最後には刀切りパフォーマンス。場内再び、どっと湧く。

 そして、待たされに待たされ、ようやく1Rゴング。楠本、溜まっていたものを吐き出すように、いきなりローでガンガン攻める。サウスポーの相手に、前足を狙う左ロー、そして右ハイでペースを握る。体格差からか、コーウィットは徐々に下がり始める。しかし、楠本は強引に前に出て、奥足への右ロー、パンチを交えて攻める。この時点で、リングサイドのタイ人からは「グッド!!」の声が上がり出す。そして、おそらく1Rの2分過ぎあたり。パンチからの渾身の右ローで、コーウィット悶絶。崩れ落ちるように、倒れる。レフェリーはコーウィットのあまりの痛がりように、カウント前半で試合を止め、楠本の手を掲げる! なんと、このビッグマッチで、タイ人相手に1RKO!! この日の全10試合で初めてのKO劇に、場内大歓声に包まれる。

 そして試合後の記念撮影。再び、刀を脇に差し、ひっきりなしにたかれるフラッシュに包まれる楠本。リングを降りても、一般のタイ人が「グッド!!」と握手を求めに来るわ、欧米人に記念撮影されるわでもう大変。帰りがけには、タイ人にサインまで求められていた。


タイ人にサインする楠本。普通に漢字で書いたらしい。

 この日のイベントのメインは、タイ国初のオリンピック金メダリスト(ボクシング)、ソムラック・カムシンの久々のムエタイ戦。ソムラックの人気は断トツ。ソムラック行くところ、常に人だかりができて、テレビカメラがついて回ったほど。本当に、国民的英雄という感じだった。しかし、全10試合終えた後の主役は間違いなく楠本。残念ながらテレビ枠には入らなかったが、会場の人々、ムエタイ関係者には、鮮烈に記憶に残ったに違いない。

 ただ、無条件に浮かれてばかりもいられない。この日の相手のコーウィットは、決して変な相手ではなかったが、2回りほど体格に差があったのは事実。試合後会場に訪れていた鈴木秀明選手が「楠本さん、これからが大変ですよ」と語っていたが、まさにその通りだろう。NJKFはこの日の結果で、1月26日興行で楠本の試合を即決。現役ランカーに近い実力を持ったノーランカーをぶつけ、結果を出したらランカー、王者クラスをぶつけていく方針でいる。

 まさに、ここからが勝負だ。

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