食べる解剖学


 このページは主に「食肉を解剖学的に考えてみよう」をテーマにしています。オリジナル・アイディアは萬城さんのHP「About牛」の「焼き肉屋さんの家畜解剖学」です(つまりここのはパクリってこと (^^;;)。
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食の本


肉を食べよう

 肉はお好きですか?食肉から動物性タンパク質と脂肪を摂取することは人間が健康な生活を送る上で欠かせません。でも、コレステロールが気になりますか?食べ過ぎなければよろしい。食肉から摂るコレステロールも多少はないと体に悪いのです。食卓の間口を広げましょう。

 さて、肉と言えばどういう肉を連想しますか?ロースやヒレ、モモ、バラでしょうか。焼肉ではカルビですか?いろいろな名前の肉がありますが、これらの肉がもともとどんな筋肉だったかなんて普段はあまり気にしないと思います。
 ロースというのは背骨の両側にある長い筋肉です。体の中で一番長いので最長筋と言います。ステーキで良くお目にかかる楕円形の肉がその断面。見た目に形が良く、同じ形で沢山切り出せるために料理人には便利な肉です。皆さんも良い肉を選べと言ったらロースを選ぶ方が多いのでは(値段も高いしね)。だがしかし、ロースは本当に良い肉なのか?

 私の勤める大学の研究室は畜産学分野の解剖学が専門なので、大学3年生に牛と豚を解体して食肉にする過程を実習させています。そして実習の最後にいろいろな筋肉の食味試験をさせているのですが、その結果を見るとは毎年決まって最下位(最も不味い)は最長筋になります。好き嫌いは人の自由ですから,一概に優劣は付けられませんが,部位名を伏せて食味試験をすると最長筋(ロース)が一番人気が無いというのはここ10数年間一定した傾向です
 逆に美味しい肉の上位には大腰筋が挙げられます。大腰筋は背骨(腰椎)の腹側にある筋肉で、「ヒレ肉」と言えばお分かりでしょう。普段、使わない筋肉なので柔らかいのです。1頭の動物から2本しか取れないので値段がかなり高くなります。

 柔らかい肉は食べた食感が良いので美味しく感じます。でも本当の肉の旨さはじっくりと噛み締めた時ににじみ出て来ます。ちょっと硬いけれど味のある肉、というのが本来の肉食文化の醍醐味です。大塚 滋著「食の文化史(中公新書)」では,オーストラリア人が日本の牛肉を食べて文句を言ったと紹介しています。

「オーストラリアでは牛肉というのは固いやつをムリに歯でかみくだくものだ。日本の牛肉を食うのに歯はいらない。歯のいらないものは肉ではない。」
特にオーストラリアの牛肉は放牧で牧草を食べて育ったグラスフェッドと呼ばれるものがほとんどです。グラスフェッドの牛肉は穀物の飼料を食べて育ったグレインフェッドの牛の肉と比べ硬く,脂肪にはカロチンの色が移って黄色くなります。香りも一癖あり,自己主張のある風味です。しかし,牛肉とは本来そういうもののはずなのです。厚みのある肉に噛り付いた時のジューシーな味わいは狩猟民族の食文化であって、日本の食文化からは遥か昔に薄れてしまっていますね。

 硬い肉は食べにくい。だったら柔らかくすればよい。これは欧州料理の基本、肉は煮込めば柔らかくなるのです。肉の硬さの大部分はコラーゲンによるものです。いわゆるスジです。生きているときに良く使っている筋肉は強度を高めるためにスジが多くなっています(シチュー用のスネ肉を見れば良く分かると思います)。コラーゲンはゼラチンとも言います。煮込むとコラーゲンが溶け出して来て肉は柔らかくなり、スープの味には深みが増します。
 さあ,たまには塊の肉(輸入牛で十分)を買って来て,ポトフを作りませんか?肩ひじ張らないフランスの家庭料理です。牛肉(スネ肉の塊がいい)と野菜を大鍋に放り込んで半日コトコト煮込めばできあがり。素材の味だけなので好みで塩,胡椒,マスタードなどを添えます。本場の方ならこの薬味の方を吟味して召し上がるそうです。
 なに?ちょっと味が物足りない?それならデミグラスソースの缶詰を空ければビーフシチューにも,カレールーを入れればビーフカレーにもなります。ポトフは洋風料理の基本中の基本。アイディア次第で様々な変化が可能なのです。


食感の食文化:結合組織と中国料理

 中国人は食べ物の食感を殊のほか大切にしているような気がする。以前の職場の所長が中国視察から帰ってきていみじくものたまった。「中国料理はパリパリ,シコシコ,コリコリ,ネトネトだった。」
 北京ダックを賞味してきたようだが,動物の皮を食するのは中国料理の特徴に思う。慶事に欠かせない子豚の丸焼きも北京ダックも皮を食べる。パリパリに焼けた皮の表面と,皮を構築する結合組織・コラーゲンや皮下脂肪のシコシコ,ネトネト,軟骨があればコリコリ。豚足しかり手羽先しかりである。中国料理の名だたる珍味もご多分に洩れない。フカヒレコラーゲンそのもの,ツバメの巣海藻である。いずれも素材自体の味はほとんど無い。味よりはむしろ食品のテクスチャーを口腔粘膜で楽しむものに違いない。
 中国料理はまた,医食同源の思想を貫くものでもある 。豚足やらフカヒレやら,結合組織を主体とする食品にはコラーゲンの他,コンドロイチン硫酸ヒアルロン酸などのムコ多糖が豊富であり,身体に良い。漢方医学の根流は病気にならない食生活を目指すものなのだろう。

内臓を食べる

 ホルモン焼きは旨い。ホルモンとは肉屋の業界のスラングで,肉にならない内臓を「放るもん」と呼んだのが始まりとか。ホルモンと呼ばれるのは主にである。厚みがあり食べごたえがあるのはウシの結腸(大腸)である。結腸のヒダが縞模様に見えるので通称シマチョウという。小腸は細めで白っぽいのでシロモツという。直腸は最も太く肉厚である。通称テッポウ。
 腸には脳と匹敵する数の神経細胞が分布していて,第2の脳とも言うべき存在であることをご存知だろうか。消化管は自律神経による機能調節を受けているが,消化管自体が自動制御のための神経網を有しているのである(長い筒に網タイツを履かせたような感じ)。食べ物が腸の中を動いて行くのは腸管がリズミカルにくびれて蠕動運動しているためであるが,この運動を制御するのは腸にある神経細胞(マイスナー粘膜下神経叢,アウエルバッハ筋層間神経叢)である。これらの働きで動物は寝ている間も食べ物が消化できるのだ。
 それはともかく,食べよう。
 腸を食べるには下ごしらえが重要である。動物を屠殺したらすぐさま,水の中で腸の中に詰まった内容物をしごき出し(臭いが移るのを防ぐ),軽くボイルする。何度か試みたことがあるが,手際が悪いせいか商売ものみたいに上手く出来ない(当たり前か)。
 モツの煮込みは根気良く煮るのがコツ。臭みが残ると嫌なので一度茹でこぼし,生姜や青ネギなどのブツ切りと共に煮込んでいく。半日もゆっくり煮ればプリプリした感じに柔らかくなる。笹掻きのゴボウをたっぷり入れて,酒,醤油,砂糖で味付けしコク深く仕上げよう。味噌仕立てもいい。薬味は七味でピリッとキメる。


肝臓

 レバーである。動物の栄養代謝の要となる器官で,その分,食べて栄養となる物質を多く含む。「レバーは嫌い」という人が結構いるが,もったいない。こんなに身体に良い食品はなかなか無いのに。レバニラ炒めを食ってたら貧血なんかしませんよ。
 豚のレバーを焼いた表面を良く見ると,小さなツブツブが見えるはず(牛のレバーでは見えづらい)。それは肝臓の機能的な単位,肝小葉という構造が見えているのだ。肝臓を形成するのは肝細胞であり,それら肝細胞一つ一つが肝臓の行なう機能の全てを持っている(細胞に求められる機能が余りにも多いためか,中には核を2つ持つ細胞もある)。これらの肝細胞は1層の細胞の板(肝細胞版)を形作り,放射状に配列した構造を成す。全体としては六角柱を作って,中心には太い血管(中心静脈)が走り,それに向かって腸から流れて来た栄養分を含む血液が肝細胞の板の隙間を流れていく。肝細胞版の間の毛細血管(洞様血管)は壁がザルのように穴が開いていて,物質輸送が容易に行なえるようになっている。
 肝細胞は高度な化学工場に例えられる。栄養の代謝,毒物薬物の分解,老廃物のリサイクルなど,いまだにすべての機能が解明されていないほどの生化学反応が一つの細胞内で行われているのだ。肝臓と同じ化学反応を工業的に再現しようとすると,超巨大プラントを建設しなければならない(しかも人体での廃棄物は自然分解性のものばかりなのだ)。
 最近,生体肝移植手術の成功例がよく報道されるが,肝臓はその活発な活動を反映して,組織の再生力が極めて強いことでも知られる。部分的に肝臓を切除しても,切り取られた部分を埋めるように細胞が増殖し,やがては元通りの大きさとなるのである。このような再生力に富む臓器であるからこそ,分割移植とか部分移植などの手法が可能なのである。
 さて,そんな肝臓である。肝心かなめの「肝」である。肝細胞にはグリコーゲンが蓄えられているので,新鮮な肝臓を食べると甘い。イキのいい牛レバーを(個人的にはレバ刺ってのは,さほどいいものとは思わない)さっと炙って頂くとその甘みがよく分かると思う(タレに漬けると分からないよ)。ただ,問題は最近の牛は,霜降りを増すためにいい食い物を食っているので,人並みに肝機能障害を起こしているものが多いこと。脂肪肝やら肝硬変やら大変である。かなりの数が食肉処理場で廃棄になっているのだ。もったいない。その代わりと言っちゃあ何だが,ばっちり火を通さないといけないけれど,手軽に買える豚レバーをたっぷり食べましょう。手軽に手に入るものとしてはニワトリのレバーもありますが,栄養面では4つ足のレバーの方に分が有ります。


軟骨

 焼き鳥に出て来るナンコツとは,ニワトリの胸骨の剣状突起(ヒトで云うと鳩尾の所にある軟骨)です。軟骨はプロテオグリカン(コンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸など)や糖蛋白を含むゲル状物質(水分約70%)で,その中にコラーゲン線維(膠原線維)やエラスチン線維(弾性線維)が縦横に走って密な網目構造をなす柔軟で丈夫な組織です。軟骨を形成する軟骨細胞は基質中に散在しており,骨と違ってカルシウムは蓄積されません。ナンコツはコリコリした食感が身上ですが,私はこれを塩で頂くのが滅法好きです。
 ニワトリ以外の軟骨が食用に供されるのは滅多にお目に掛かりませんが,一度,盛岡の焼き鳥屋で「ノドチンコ」と称するものを出されたことがあります。正確にはノドチンコ=口蓋垂ではなく,ブタの喉頭の軟骨(披裂軟骨もしくは喉頭蓋軟骨)であったように記憶しています。喉仏ですな。ゴリゴリしてました。


心臓

 通称ハツ。ご存知のとおり,心臓が働かないと動物は生きられません。死ぬまで年中無休24時間営業で生命を支える器官です。心臓は心筋という特殊な筋細胞からなります。普通の骨格筋の筋線維(筋細胞)は運動神経の命令を受けないと収縮できませんが,心筋細胞は自発的に収縮できる細胞です。心筋細胞はバラバラにしておくと,それぞれが個別の周期で収縮を繰り返しますが,細胞同士がくっつくと同じ周期で収縮するようになります。実際の心臓ではペースメーカーとなる部分があって,そこから順番に収縮が伝わって行き,心臓は血液をしぼり出すように拍動を繰り返しています。
 本川達雄氏は「ゾウの時間 ネズミの時間」という著書の中で,「動物は心臓が20億回鼓動を打つと寿命が尽きる」と言っている。心拍間隔が短い動物は早く死に,心拍間隔が長い動物は長生きする傾向にあり,計算すると寿命が尽きるときは心拍20億回となるんだそうだ。ちなみに呼吸回数だと5億回なんだと。
 番外ですが,心臓から伸びている大動脈はなかなかの珍味である。ほとんどが弾性線維(エラスチン)という消化できない物質でできていて,噛んでも噛んでも噛み切れない。ゴムを食っているような感触であるが,一度食べるとまた食べてみたくなるのだ。ま,大動脈が小売されている訳はないので,心臓を丸ごと入手できる場合のみ賞味可能。


膵臓

 十二指腸に様々な消化酵素を分泌する重要な器官。消化酵素を分泌しているがために,食用にしようと取り出しても自身の消化酵素で消化(自己消化)されてしまうので保存が利かず,まず流通することはない。いわば食肉処理場関係者のみが知るウラの食材。しかしこれが旨いのだよ。んー,食べられない皆様には何とお伝えすればよろしいのだろうか。<(_ _)>


腎臓

 マメと称する。欧州料理ではポピュラーな食材なのだが,日本ではあまり食べませんね。尿を作る器官ということで抵抗があるのかな?
 腎臓で濾し出される尿は1日に150リットルにもなる。しかし,この原尿からは水を含め体に必要な物質が再吸収されるので,人間は干からびることなく,老廃物のみ排泄できるのだ。この物質再吸収の仕掛けが凄い。液体中では物質は濃い方から薄い方へと移動するというのが物理化学の法則なのだが,腎臓ではこの逆が起きている。再吸収を行うのは尿細管という組織だが,この細胞にはエネルギー生産工場・ミトコンドリアが沢山あって,大量のエネルギーを消費しつつ濃度の低い方から高い方へと物質を選択輸送しているのだ(能動輸送)。


反芻胃:第一胃

 焼肉屋さんではミノで通じる。白い肉でシコシコした歯触り。これは肉と言っても運動に使う横紋筋ではなく,内臓を作る平滑筋である。解剖学用語では第一胃筋柱といいます。


反芻胃:第二胃

ハチノス


反芻胃:第三胃

センマイ


胃:第四胃

ギアラ,赤センマイ



 

胸腺

 英語名「スウィート・ブレッド Sweet Bread」,フランス語では子牛のモノを「リ・ド・ヴォ」といい,高級食材とされる。脂っこい味わいで,表面をややカリッとさせたソテーはかなりの美味。胸腺は免疫機能獲得のために働く重要な器官で,子供の時は大きく,大人になると退化する。NHK特集的に言うと「免疫防衛軍」の士官クラスに当るTリンパ球のいわば「士官養成学校」としての機能を持つ。


 

咬筋

 咬筋とは頬っぺたの肉の事。口を閉じる時に働くのだ。牛はモグモグと反芻のために長時間顎を動かしているので咬筋が発達している。咬筋には腱が多く走っているので硬く,焼肉には向かないが,ゼラチン質が多いので煮込むと大変良い味が出る。


 「タン」と言うと解剖学ではペケである。「ゼツ」なのだよ。
 仙台はなぜか牛タンが名物である。牛タンの塩焼きと麦飯にテールスープを添えたのが仙台名物牛タン定食である。俗に「3スケ」と呼ばれる「*助」という名前の店が旨いと評判なのだ(3スケは本家と分家の関係らしい:どれがどれだったかは忘れた)。
 仙台と牛タンの関係をつなぐ説の一つを紹介しよう。戦後,仙台には米国進駐軍のキャンプがあった(現在の東北大学川内キャンパス)。米兵さんたちは牛肉を食べるので沢山の牛が仙台に運ばれ食肉となった。牛を牛肉にすると頭と尻尾が残る。それを見て,もったいないと思った人が居た。何とか使えないだろうか?で,尻尾に注目し,工夫を重ねて「牛タン焼とテールスープのセットで飯を食わせる」現在のスタイルが確立した,のだそうだ。麦飯は当時の麦入りご飯がそのまま継承されたものと思われます。
 舌の一番旨いところは舌の根っこの太い部分。ここには脂肪が霜降り状にたっぷりと入っていて,柔らかく,旨いのである。丸のままの舌を見るとギョッとするかも知れませんが,一度は丸ごと料理してみてはどうですか?
 下ごしらえはまず表面の硬い角質をこそげとること。熱湯に浸けて表面が白くなったら水にさらし,表面を包丁でこそぐとベリベリと一皮むけます。焼肉ならばここから良く切れる包丁で薄切りにします。タン・シチューならばデミグラスソースと赤ワインで味付けして煮込みます。舌が柔らかくなってから取り出し,切り分けてから鍋に戻してひと煮立ち。付け合わせに好みで野菜も煮込む。


 テールである。韓国料理でコムタンと呼ばれる牛テールスープは旨いのであるよ。牛がハエを払うために毎日振り回しているだけに,鍛えられた(?)味わいがにじみ出して来るのだ。骨ごと煮るので骨髄やゼラチンがスープにコクを与える。生姜と長葱で臭みを取りつつ煮込み,仕上げは塩胡椒で味を整える。切り胡麻と白髪ネギを添えて頂くと絶品の味である。ラー油を垂らしてもイケル。コムタン・スープで作った雑炊,コムタン・クッパの美味しさを知っとるか?もー腹が減って来たぞ。
 洋風だと尻尾の根元の太い所だけを使ってテールシチューという手もあるな。


横隔膜

 サガリ(ハンギングテンダー)とハラミ(スカート)に分けられる。肺の入った胸腔と腹腔を仕切る筋肉でできた膜。脊椎に繋がるところは肉厚でサガリといい,薄くなっている部分をスカートという。横隔膜は内臓肉として一段低く扱われがちだが,良く肥育された牛のサガリはヒレとほぼ同等の柔らかさであり,とても美味しい。また,食肉売り場で見掛ける「ソフトカルビ」という焼肉用の商品はたいてい輸入牛(アメリカ産)のスカートのスライスである。

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