サードガール(西村しのぶ)
 西村しのぶの作品、「サード・ガール」(1984年4月〜1994年4月に複数の雑誌に連載)は、神戸を舞台にした話で、あえてジャンル分けすれば、恋愛モノのマンガです。大学生の頃に読んで、とても好きだったコミックです。いい歳になった今では、大好きです、というのは少し気が引けてしまいますが、それでもやはり好きなマンガです。最近(2006年)、何と「完全版」と銘打って愛蔵版でコミックが出ました。(2006年の10月から、毎月1冊刊行。)

 ストーリーは、K大学工学部に在学中の涼が、当時中学生(14歳!)の夜梨子をもっと歳の大きい娘と間違えてナンパするところから始まります。涼には、美也という美人のガール・フレンドがいて、後に(2巻で)結婚(同棲)生活を始めることになります。夜梨子は「涼さんが一番」好きな人ですが、美也と正妻の座?を争ったりはしません。美也さん「公認」の涼のGF、それが夜梨子なのです。

 美也という申し分のない「妻」がいるのですが、夜梨子は妹のような、娘のような、涼のガール・フレンド(のようなもの)として物語に出てきます。タイトルのサード・ガールとは、そんな夜梨子のことを指しているのかも知れません。この不思議な三角関係に、美也さんの昔の男(妻子あるリッチな歯科医)や、夜梨子のボーイ・フレンド(京大生になります)、その他の男女が複雑に絡んでくる話であります。

 このコミックの面白さは、洒落たセリフまわしと、登場人物の魅力にあります。

 例えば、1巻にはこんなセリフが出てきます。

     「大人のわがままは許されるものさ 
      美也がいつも言うんだよな
      私はそのために大きくなりました 
      だからわがままきいてくださいね‥‥って」

   (スタジオ・シップ版コミックス1巻p18)

 ユーミンの詞に出てくる女の子みたいですね。私はこれを「傲慢」とは呼ばずに「等身大の素直さ」と呼んでみたいと思います。こいつのわがままなら聞いてやれる、と男に思わせる美人のわがままは、それ自体が魅力的ではないでしょうか?そういう美人の方が大人しい美人よりも魅力的かもしれませんよ(笑)。うまく云えませんが、「風と共に去りぬ」のスカーレットがもっと清楚な女性だったら、あれほど魅力的だったでしょうか?

 また、夜梨子は、時に"健気"で、時に"あざとい"女の子として出てきます。夜梨子は涼よりハンサムな彼氏といても、「涼さん」が一番です。

      「大沢くん もう少し 
      一緒に(いよう)……って 言ったよね
      夜梨も思うよ 涼さんと一緒に いるとき……

      (大沢くん) 夜梨のこと ホントに 好きなんだ
      嬉しいな 優しく してあげなきゃ」

      (スタジオシップ「サードガール完全版」3巻p.p.77-78)

  涼の正妻?、美也とも仲良くやっている夜梨子ですが、こんな風なことも思ったりします。涼と夜梨子が神戸から広島へやってきた場面で、涼が「よく考えたら美也とふたりで旅行したことなんてねーなあ。」と言った直後のモノローグです。

     「夜梨はね
     うれしいんだもん

     新幹線のって こんな遠くまで 
     遊びに 連れてきてもらって

     もいっこ うれしいのはね
     美也さんじゃなくて 夜梨のほうが1番め
     そんなのが まだ残ってたって ことだよ

     夜梨子いっとう最初
     美也さん2番め

     ひょっとして まだ他にも あるかもしんないね」

     (スタジオシップ「サードガール完全版」3巻p.p.185-186)

 なかなか健気でしょう(笑)。

 夜梨子の名セリフとしては、こんなのもあります。夜梨子が来年高校に進学するので、涼が勉強でもみてやろう、と電話で話す場面です。

    「そーゆーのって、”タダのお兄様”のすることじゃない?
    つまんないよ
    ”タダのお兄様”なんか 夜梨いらない

    イザって時に”キミはカワイイ妹ダッタヨ”
    なんつって逃げるんだわ
    夜梨だって もう子供じゃないんだから 
    そのくらいお見通しよ

    だまそおったってダメよ!! 」

        (スタジオシップ版コミックス@巻p.p.178-179)

 …世の男性諸君には耳の痛いセリフですね(笑)。

 サードガールは、BS2の人気番組「マンガ夜話」にも取りあげられたくらいで、カルト的な人気を誇るマンガです。それ故、寡作なこの作者の作品としては比較的語られる事も多いです。サードガールの世界観を表す言葉として、「刹那的恋愛」という表現があります。「今、そこにある恋心を大事にする物語」ということですね。今、隣にいる、側にいる人とのひとときを大事にする…。

 それは、このようなモノローグに表れています。

     「あの女の人に腹が立ったんじゃないよ
     涼さんが困ればいいと思ったのよ

     だってバカみたいだもん
     夜梨のこと考えてないのに
     どーして涼さんの横に座ってなきゃなんないのよー

     夜梨だっていつまでもニコニコしてないんだから」

     (スタジオシップ「サードガール完全版」3巻p.p.211-212)

 作者によれば、この作品のテーマは"BOY MEETS GIRL, GIRL MEETS BOY"だそうです。

 作者は神戸在住の方で、地名はもちろん、ショップなども一部実名で出てきます。雑誌連載当時の流行モノも出てきますので、一部懐かしいものも出てきます。例えばカルチャー・クラブのボーイ・ジョージとか「天使のウィンク」とか「おニャン子」とか。もちろん、携帯電話は存在しません。そういう部分を除けば、今もあまり古めかしさを感じさせないコミックだと思います。


 残念なことに、夜梨子が短大生になったところで連載は中断され、未完の作品となっています。作者の作風(画風)も変わってしまったため、この未完の作品が完結することは恐らく無いでしょう。なお、「完全版」では、初版のコミックスにも掲載されなかった2話が初めて単行本化されることになっています。

 最後に、この物語は好き嫌いのはっきり分かれる作品で、万人向きではありません。文字量も多く、人に勧めても、あまり喜ばれません(苦笑)。でも、この作品の世界観を受け入れられる人にとっては、不朽の名作たり得るマンガだと思います。ちょっとimmoralですが(笑)。

(この文は、1999年4月に書いた記事に、2007年1月、加筆・修正したものです。)