TOP > 衛生害虫としてのスズメバチ

人間に対して直接的あるいは間接的に何らかの被害を与え,健康上好ましくない虫(昆虫やクモなど)を衛生害虫と呼ぶ.病原体を媒介したり,吸血,刺咬,皮膚炎などを起こす虫がこれに該当する.

 

それ以外にもアレルゲンとなったり,人に不快感を与える,家屋や貯蔵食品,樹木を食害するなどして間接的な被害を与える虫も害虫と呼ばれ駆除の対象になる.

 

スズメバチを始めとするハチの仲間は,刺咬により皮膚炎やアレルギーを引き起こすことから衛生害虫に含まれる.また,ミツバチのようにハチ蜜などを採取するために飼われている場合は重要な益虫であるが,人を刺したり,分蜂群が市街地を飛び回るなどして大騒ぎになると,人々に恐怖心を与え害虫や不快昆虫となる.最近は都市部でハチに関する相談が急激に増加し,ネズミに関する相談とトップの座を争っている.

 

 

都市ではさまざまなハチが苦情・相談の対象になる.相談の対象となるハチ類の種類は都市により異なるが,アシナガバチ,スズメバチ,ミツバチの集団で生活し人家やその周辺に巣を作るハチが大部分を占めている.

 

主に刺傷被害の原因となるのもこの3種で,特に大型のスズメバチの仲間は攻撃性も強く,各地で大きな問題となっている.

 

ハチによる被害は大きく分けて,(1) 刺咬,(2) 不快感や恐怖感,(3) 活動の制約,(4) 汚染・損傷・異物混入の4つに分けられる.このうち刺咬による被害が最も深刻で,時には重篤な症状となり死亡する事例もあるので注意が必要である.

 

不快感や恐怖感の原因としては,人家の近くに営巣した場合や,家屋内への侵入,樹液や花などでの採餌・採蜜時,ヒメスズメバチの交尾行動に伴う集団飛行などが原因となるが,営巣時とオオスズメバチが樹液に飛来している場合を除いて刺傷被害につながることは稀である.

 

また営巣した場合でも,刺傷被害の発生状況は種類によって大きく異なっており,オオスズメバチとキイロスズメバチの2種が攻撃性も強く危険である.営巣場所によっては通行止めや作業の中断などが必要となることがあり,家屋や墓石などに営巣した場合は,汚染や損傷,食品等への異物混入などによる経済的被害が発生する可能性もある.

 

このように見てみると,スズメバチの悪い面ばかりが目立つが,生態系の中で上位の捕食者として重要な位置を占めている点も忘れてはならない.多数の昆虫を狩る益虫としての側面にも目を向ける必要がある.

 

 

1980年頃から,周囲に丘陵地や山地をもつ全国各地の都市やその周辺で,大型のスズメバチの仲間(スズメバチ属 Vespa )が多発するようになった.全国的な発生動向は地域や年次により様々であるが,各地とも2〜3年周期で不規則な変動を繰り返しながらも増加傾向にある.

 

本州西南暖地の都市部において増加傾向が著しいのは,キイロスズメバチとコガタスズメバチの2種である.この2種は営巣場所や採餌習性に柔軟性があり,都市環境に対して高い適応能力を持ったハチであるといえる.またこの2種以外のスズメバチも都市部で少なからず発生がみられる.

 

人間の手による駆除の影響も,毎年の発生状況をみると,それ程大きくはないと思われる.都市部でスズメバチが多発している原因としては次のような理由が挙げられる.

 

(1) 丘陵地の宅地化によりスズメバチの生息域と人間の生活圏が重なった.

(2) 雑木林の荒廃や植林により山林における生息適地が減少し,市街地に進出した.

(3) 都市緑化の推進により様々な樹木が植樹された結果,市街地で餌資源が増加した.

(4) 衛生害虫に対する住民の意識が変化し,不快感や恐怖感を抱く人が増加した.

(5) 有機塩素系殺虫剤(BHCなど)の使用が禁止されたり,散布量が減少するな

ど,殺虫剤の使用形態が変化し,餌資源の増加につながった.

(6) ジュースなど空き缶の放置され,成虫の良い炭水化物源となっている.

(7) 天敵のオオスズメバチが減り,他のスズメバチにとって巣を襲われる機会が減少した.

 

一番大きな理由としては,宅地開発によりスズメバチの生息域と人間の生活圏が重なったことだと考えられる.農山村地域のように十分な空間があれば,人とハチの生活場所が重なることも少なく,共存が可能であるが,人口が多く住宅が密集した都市環境下ではお互いに接触が避けられず,ハチは人を刺す恐ろしい虫として駆除の対象となる.