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| それはもう、ドコからどう見ても『村雨 祇孔一生の不覚』としか言い様のない場面であった。 場所は歓楽街、ネオン煌くホテルから、可愛い少年を同伴で村雨が出てきたその時、道の向こうに何故か、この場所に相応しからぬ人物が立っていた。 「先生…」 高瀬天夜。村雨の恋人であり、今は仕事の為1ヶ月ほど合うことも叶わなかった天夜が、少し驚いたような表情でこっちを見ていた。 まずった。 明らかに村雨の表情がそう語っている。 確かに、恋人に見られて申し開きができる状況ではない。村雨の腕にぶら下がるように抱き付いている少年は、うっとりとしているし、今まさにホテルから出てきたばかりの場面では、何を言っても言い訳にすら取ってもらえないだろう。 「村雨さん、どうしたの?あっ、もしかして、まだ足りないの?もうっ、僕くたくたなのに」 ホテルの門を出るか出ないかで止まってしまった村雨に、少年は科を作るかのように身体をくねらせ、媚びるような甘ったるい声を掛ける。疲れていると言いながらも、満更でもない表情と声。 「おっ…おいっ…」 少年の可愛らしい媚態に、村雨の表情が引き攣った。これではまるで、今までお盛んに楽しんでいたように聞こえてしまう。道を隔てているとはいえ、天夜に気づかれないはずはない。 「うふふっ、村雨さんってホント素敵なんだもん。僕本気になっちゃいそう。ね、これから僕の部屋、行こう?」 見た目には焦っているとは見えない村雨も、内心は冷や汗もので、半ばパニックに陥っていた。そんな村雨の状況などお構い無しで、少年は身体を摺り寄せながら村雨を誘う。 「ちょっ…ちょっと待て」 浮気をしているつもりもなければ、誤解されるような事などなにもしていないのだから、焦る必要などない筈なのに、道の向こうの天夜の視線が痛いくらいに刺さってくる。 せめて一言何でも無いのだと伝えなければと顔を上げた村雨は、一瞬で石と化してしまった。 にっこりと、それはもう凶悪なほどに綺麗に微笑んだ天夜は、全てを拒絶するように背を向け、何事も無かったかのように雑踏の中に消えて行ってしまった。 「マジかよ…」 追い掛けたくても追いかける事のできない村雨は、自分の不運を只嘆くことしかできなかった。 ドカッ!バキッ!ガスッ! 新宿にある自室へ戻ってきた天夜は、今夜フラフラと出歩いた自分の不運に腹を立てていた。手当たり次第、手にした物に拳を打ち込む。 「なんだよ、仕事が忙しいって言ってたくせにっ!」 1ヶ月前、秋月の警護で暫く留守にすると言って出掛けた村雨。最初は1週間くらいだったはずが、少しづつ期間が延びて昨日で1ヶ月だった。 村雨には村雨の事情があるからしょうがないと、電話するのも控えていたというのに。自分はお楽しみだったとは。 ふつふつと、怒りが込み上げてくるのを止められない。 「あーもうっ、腹立つっ!」 手繰り寄せたクッションに、バスバスと拳を打ち付けて憂さを晴らそうとしても、さっきの場面が脳裏から消えてくれない。 当然のように村雨の腕に、しな垂れかかっていた少年。商売物の色気と華やかさではあったが、それでも綺麗だった。 「あんなのが好みだったのか?」 なんとなく面白くない。 「男抱く趣味はないって言ってたくせに。俺だから、男でも抱けるんだって言ってたくせにぃっ!!!」 自分を口説き落とした時の村雨の言葉を、思い出せば思い出すほど、腹が立ってしかたが無い。 しかも、自分と目が合ったくせに追い掛けてもこない。 「つーか、なんだよあいつは、人の物にベタベタ触った挙句、僕の部屋にこない?だぁ?村雨は俺のだって言うの!腹立つ」 村雨に媚びを売っていた少年の顔を思い出すだけで、無性に腹が立つ。 アレから既に、2時間以上は経過している。それでも村雨が帰ってくる気配は感じられない。いい加減、起きて待っている自分に嫌気が差してきていた。 「寝よ。起きてても帰ってこないだろうし」 眠れるかどうかは分からないが、このまま腹を立てて起きているよりはずっといい。と、ゴソゴソとベットに潜りこんだ。 「…………」 が、やはり簡単に眠りに着けるはずも無い。 ごろりと寝返りを打っては、また寝返りを打つ。延々と寝返りを打ち続け、いい加減毛布が捩れて掛けている意味がなくなった頃、ガバリと天夜は起きあがった。 そして、唐突に電話を手にし。 「……あ、もしもし藤崎?こんな時間にごめん。あのさ、明日時間ある?…うん、ちょっと相談に乗ってもらいたくてさ。…うん…うん。じゃ、明日10時に…うん、じゃ、お休み」 明日の約束を決めてしまうと、すっきりしたとばかりに、今度はすぐさま眠りの世界へと入ってしまった。 カタカタ、コトコト。 ぼんやりと夢と現実の境をうつらうつらしている寝起きの耳に、なにやら音が聞えてきた。心なしか、美味しそうな香りまで漂ってくる。 「ん〜?」 カーテンの隙間からは眩しい光がサンサンと降り注いでいて、朝の到来を告げている。 まだ温い寝床から出たく無いと思いながらも、藤崎との約束が合ったと思いだした天夜は、ダラダラと這い出るようにベットを降りた。 「誰かいるのか?」 ポテポテと寝室にしている部屋から台所に向かいながら、人の気配に向けて声を掛ける。まあ、鍵を掛けたこの部屋に入ってこれる人物は、限られているのだが。 「よう先生、お目覚めか?」 案の定台所に立っていたのは村雨で、机の上には天夜の大好物が所狭しと並んでいて、昨日のことでご機嫌を伺おうとしているのがありありと分かる。 「おはよ、村雨。なに、コレどうしたの?」 村雨の思惑は分かっているが、知らない振りを装って椅子に座った。冷たい態度で、ひょいとテーブルのオカズを摘み食いする。 「いやその…昨日のことなんだけどな、先生。あれは仕事で…仕方なくだな…」 珍しく困ったような様子で、村雨が言い訳を始めた。が、そんな言い訳に騙される訳にはいかない。 「そう、仕事だったんだ。お疲れ様。朝まで大変だっただろ?」 さり気に嫌味を織り交ぜた言葉を返し、視線を合わせないで笑みを向けてやる。思いっきり冷ややかな笑みを。 「だから先生…別にあいつとは何もなかったんだって。信じてくれよ」 天夜がまるっきり言い訳を信じていない様子に、どうすればいいのかも分からない。これが遊びで付き合っていた女とかなら、はいそれまでよ。と、別れ話を切り出すものの、相手が天夜では村雨の方が分が悪い。 『恋愛は惚れた方が負け』とは良く言ったもんだと、妙な事に感心しているうちに、食事を終えたらしい天夜が、すたすたと台所を出て行くところだった。 「ちょっと待てよ、先生っ!」 このまま誤解された状況を放っておいて良い筈もなく、慌てて天夜の腕を掴んだ村雨は、何度も昨日の状況説明を繰り返す。 「あれはだな…その…情報を得る為に仕方なくだな……」 「ふ〜ん。良い仕事だねぇ。情報の為にあんな可愛い子とエッチできるなんて。相手の子も満更じゃなかったみたいだし。村雨だって、楽しかったんだろ?可愛い子だったしね」 村雨が最後まで言い終わる前に言葉を遮って、にっこりと笑顔で切りつけてやる。下手に怒って暴れるより、この方が効果的だと踏んでの行動だ。 「だから先生っ!してないんだって…!!。先生に顔向けできないようなコトは、これっぽっちもしてねぇよ。本当だって、信じてくれよ」 「あ、ごめん村雨。俺、これから藤崎と『デート』なんだ。じゃ」 信じてくれと言われて「はいそうですか」と信じられる筈が無い。大体、男が浮気した時に使う常套句を、素直に信じるほど自分は馬鹿じゃない。と、無下に村雨の腕を振り払い、『デート』の部分を強調して告げてやる。 「それはねぇだろ、先生よぅ…」 強く出れない自分の状況を分かっているのか、引き止める事も出来ない村雨は、ガックリと肩を落として椅子に崩れ落ちた。 その様子を良い気味だと見送り、着替えの為に部屋へ引っ込んだ。 「なんだってんだよ。いったい俺が何したってんだ?俺は只仕事を真面目にこなしただけじゃねぇかよ。それも、少しでも早く先生に会いたいからって頑張ったってのによ」 ぶちぶちと、誰に聞かせるでもなく愚痴った村雨は、不貞腐れたようにタバコを吹かし始めた。 「村雨!タバコ吸うのはしょうがないから許すけど、灰落とさないでよ。んじゃ、俺出掛けてくるから。鍵宜しくね」 『デート』だと言っていたのは本当らしく、何時もより少し気張った格好で出かける支度をした天夜の姿に、村雨の中に嫉妬の火が灯る。 出来る事なら今すぐにでもその服を引き剥がして、誰にも会わせなように閉じ込めてしまいたいのに、誤解されっぱなしのこの状況では、更に立場を悪くするだけに終わってしまう。 ジレンマに陥ってしまったままプカプカとタバコをふかし、天夜が出て行くのを黙って見送るしかない村雨だった。 ・・・続く |
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村雨×主です。
しーちゃんは扱いが楽なんだよね。
だから、今回はちょっと災難にあってもらおうかな?とか(笑)
続き物ですが楽しんで頂けたら嬉しいな。
2001-7-05