『ケーキの誘惑』     雷×主

 週末の土曜日、人でごった返す街の中、雨紋雷人は緩む頬を必死で隠していた。
 見つめる視線の先には真っ白な真神のセーラー服を来て、不機嫌そうに立っている龍麻の姿。
「違和感…ねェよな」
 思わず雨紋の口から、呟きが漏れる。
 女装。の筈なのに、その辺の女子高生が束になっても敵いそうもないほどの美少女振りである。
 抜けてしまいそうなくらい白い肌、光に輝く漆黒の髪。桜色の頬。蕾のような赤い口唇。折れてしまいそうなくらい細くて華奢な体。
 決して女顔な訳ではないのに、セーラー服が違和感なく似合っている。
 雨紋が隠れて見つめている間にも、男たちが何人も龍麻を誘おうと声を掛けていた。
 もちろん、皆龍麻の鋭い一瞥に撃退されてしまったが。
「そろそろ、行くか」
一人呟くと、隠れていた柱の影から出た雨紋は、まっすぐに龍麻に向かって歩き出した。
「ようっ、龍麻さん」
 語尾にハートマークが付きそうなくらい超ご機嫌な雨紋の声に、信じられないと言った表情で龍麻が顔を上げた。
「う…紋?…なんでこんなとこにいるんだよ」
 意外な人物の登場に、心なしか嫌そうな表情が。
「なんでって、龍麻さんがあんまり可愛いカッコで立ってるもんだから、デートのお誘いに」
 ニコニコと端から溶けてしまいそうなくらい嬉しそうな笑みを浮かべる。
 対照的に龍麻の表情はドンドンと嫌そうに歪んでいく。
「なあ龍麻さん、待ち人も来ねー見てぇだし、俺様とデートしようぜ。美味いケーキ屋を見つけたんだ。奢るぜ」
「…!」
 ケーキ屋。その一言に龍麻の眉がピクリと動いた。
「どうだ?龍麻さん」
 ニヤリと笑った雨紋の顔が、スッと目の前に迫って来て、決まりすぎるくらいカッコ良くウィンクをすると、掠め取るように口唇を奪っていく。
「なっ…」
 次の言葉が続かない龍麻の手を、少し強引に取ると、抵抗など知らん顔で歩き出した。
「ちょっ…雨紋、雨紋てば!」
 龍麻が本気で抗えば、多分雨紋は太刀打ちできない。なのに半ば引きずられるようにしてでも歩いてくれていると言う事は、あながち本気で抵抗されているわけでは無い筈。と言うのが雨紋の、龍麻との長くは無い付き合いの中で覚えた事だった。
「雨紋!!」
 声に本気の色が混じり始めたのを敏感に感じて、渋々歩みを止める。
「なんだよ、龍麻さん」
「なんだよじゃ無いよ。俺、待ち合わせしてたんだぜ。勝手にすっぽかしたら相手に悪いだろ?」
 言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ龍麻の前で、雨紋の目がスウッと暗くなった。
「誰と待ち合わせしてたんだよ。やっぱり京一か?」
「それとも、美里さんか?如月さんとか、壬生さんとも仲がいいよな、あんた」
 段々と迫ってくる雨紋から逃げるように後ろに運んでいた踵が、とうとう行き当たりの壁に突き当たってしまった。
「俺様以外の誰と出かけるつもりだったんだ?」
 バンッ!!と顔を挟んで、雨紋の手が壁に打ち付けられた。
「なっ…なんだよ、俺が誰と出かけようと、俺の…勝手だ…ろ」
 そう言い返しながらも、迫力の時点で雨紋に遠く及んでないのは龍麻自身分かっていた。
「酷ぇな龍麻さん。俺様のこと好きだって言ってくれたのは、嘘だったのか?」
 一変して雨紋の表情が、悲しげに曇る。
「なんだよ、それとコレとは話しが違うだろ」
「違わねぇよ。俺様のことが好きだったらもうちょっと逢う時間作ってくれたっていいだろ?俺様とは逢えないくせに、他の誰かとはこうして出かけるなんてよ、愛されてねぇみてぇじゃん」
 冷めた口調でそう呟く雨紋の声に、胸がズキリと痛んだ。
 龍麻にしてみれば、雨紋と二人っきりになるのにまだテレがあるだけで、他意があるわけじゃなかったから、傷ついたようなその表情に胸が締め付けられる。
「なんだよ、図星なわけ?」
「えっ?」
 どうして良いか分からなくて、困ったように俯いたのを「言い辛いけどそうなんだ」と取ったらしい雨紋の、一層悲しげな顔にいい訳の言葉が堰を切って溢れ出した。
「ちっ、違うよ。絶対に違うって。そうじゃなくて、だって、二人っきりになるのって、なんか恥ずかしい…だろ?それに…そう!!お前が悪いんだからな!!お前が…」
「俺様がどうしたって?」
 突然言いよどむ龍麻に、追い討ちを掛けるように俯いた顔を持ち上げて、瞳を覗きこむ。
「龍麻さん?」
「お…お前が、お前がヤらしいこと、するからだ!」
「は?」
 顔面を真っ赤にして叫ぶ龍麻に一瞬きょとん?としてしまう。
 たっぷり10秒間、お互いそのままの姿勢で固まってしまった。
「あははははは」
 あんまりにも可愛い龍麻のいい訳に、涙が出るほど笑ってしまう。
「なんだよ、何が可笑しいんだよ」
 龍麻にしてみれば、何に対して笑われているのか、全然分からない。
 しゃがみこんでしまう位に笑い転げている雨紋に、怒鳴って答えを求めるしか対策の取りようが無い。
「雨紋!!」
「っはははは……はぁはぁ」
 襟首を捉まれて、やっと雨紋も笑いを納める努力をしてくれた。
「悪りぃ、龍麻さん。でもよ、そのヤらしいことってなんだよ?エッチはお互いの愛を確認する為の大切な行為だろ?イヤなのか?」
 今だ頬を赤く染めたままの龍麻をそっと抱き寄せると、長い前髪を掻き上げて、額にチュッと軽くキスをした。
「だっ、だから往来とかでこういうことをするな」
 うろたえたように胸に手を付いて、抱擁から逃れようとする龍麻を、一層強く抱き締めて逃がさない。
「キスが、あんたにとってはヤらしいことなのか?龍麻さん」
「……」
 逃げるのがムリだと悟ったのか、腕の中の龍麻が急に大人しくなる。
「龍麻さん」
 答えを求めるように名前を呼ばれて、躊躇いがちに口唇が開かれた。
「だって、キスされると身体が熱くなるような気がするし…キスがヤらしい訳じゃないけど、キスする時の雨紋の気がヤらしいんだよ」
 そう言われてしまえば雨紋には返す言葉が無い。けれど、このまま黙ってるのは肯定してますよ。と言っているようなもので、取り敢えずなにか言わねばと口を開いた。
「ったく、しょうがねぇだろ?俺様はあんたが好きなんだから。好きな奴にキスするのに、ヤらしい気分になっちまうのはダメなのか?」
「…別に、ダメって訳じゃないけどさ…。雨紋の場合、そのままエッチにもってかれそうで…」
 遠慮がちな口調と表情からは推し量れないほどはっきりと物を言う。
 コレでは行為を拒まれているようにしか取れない。
「するのがイヤって訳じゃないんだけど、なし崩しっぽいのは…」
 がっくり落ち込んだ雨紋の心情を読んだ訳ではないのだろうが、絶妙のタイミングでフォローの言葉が聞こえた。
「なんだ、龍麻さんはちゃんとムードを盛り上げてってのがお好みなのか。それじゃ次からは期待に応えて甘〜いムードで、な」
 ニヤッと笑った雨紋の表情に、何か填められたような気がしないでもない。
「…もういいっ」
 クスクスと笑う雨紋に頬の火照りが消えない。
 怒ってるわけではないのに、つい怒ったような口調と態度になってしまう。
「さてと、ケーキ、食いに行こうぜ龍麻さん」
 グイッと、当然のように肩を抱いてくる雨紋の手を、パシッと叩いて落とす。
「だから、今日は待ち合わせが…」
 ♪〜ピピピピッ♪〜ピピピピッ
「えっ?あっ、はい、もしもし?…あれ、高見沢?」
『は〜い、舞子でぇす。あのねぇ、今日ダメになちゃったの〜。でぇ、雨紋くんがぁ、お迎えに行ってくれるって言ってたんだけどぅ、もう会えたぁ?』
「あ…うん、会えたよ。分かった、じゃ」
『うん、じゃあ。今日はごめんねぇ』
プツッ。ツー、ツー。
切れた電話を握り締める龍麻の手がフルフルと震えている。
「う…もん?」
「なんだ?龍麻さん」
「お前、全部知ってて俺のこと揶揄ってたな!」
がバッと振り返りざまに襟首を掴むと、反対にうもんの背中を壁に押し付ける。
「何だよそれ。あんたが高見沢の姉さんと待ち合わせしてたのは知ってたけど、それだけだぜ」
シレッと言い返す雨紋の首を、グッと力を入れて締め上げる。
「じゃあ、何であんな事言うんだよ」
「っ…なんだ…よ、あんなこ…とって…」
まともに息のできない状態だというのに、雨紋の口元には軽く笑みが浮かんでいて。
「お前の事…好きじゃないとか…そう言う事だよ!」
形成は完全に逆転している筈になのに、責められている雨紋の方が余裕を見せている。それが癪なのに、かっこいいから腹が立って仕方が無い。
「あれは、マジだぜ龍麻さん」
そっと力を入れてない雨紋の手が重なってきて、龍麻は弾かれたように首を絞めていた手を放した。
「あんたが誰と逢うかを知っていたって、それが俺様以外ならやっぱり面白くねぇんだよ」
逃げる手を捕らえて、その手のひらに唇を押し当てる。
「まして、こんな可愛い格好して出掛けるってなりゃ、相手に嫉妬の一つや二つ、したっておかしくないだろ?」
手の上に屈み込んでいた姿勢のまま、見上げてくる雨紋の支線に頬が染まる。
あんまりにもストレートな執着に、嫌悪を抱くよりも嬉しさで一杯になってしまう
「だ…だって、これは…。制服を着た女の子は半額になるって高見沢が言うから…。でも俺、本当は嫌だったんだからな。本当だぞ!」
今更ながら自分がセーラー服だという事を思い出させられて、羞恥に聞かれてもいない事まで喋ってしまう。
「分かってるよ、龍麻さん。だからもう機嫌直してデートしようぜ。せっかくあんたがこんな可愛い格好してんだから、楽しまなきゃ損だよな」
 そう言って笑った雨紋の顔が、次の瞬間、訝しげに歪められる。
「しかし、あんたケーキの為だけにこんな格好したんだよな?」
「うっ…」
 少し意地の悪い雨紋の言葉。
「食いモンの為なら女装はOKなんだ?ふーん」
「なっ…なんだよ。…いいじゃん別に…」
 なんだか自分がただの食い意地の張った奴に思えてきて、言い返す言葉がどもってしまう。
「へー。良いんだ。じゃあ、どうしようか。ケーキは俺様が奢るって言ってやつたから別として。夕飯に、パスタとか食いたくねぇ?それとも焼肉とかの方がいい?久しぶりに寿司も食いたいな。で、龍麻さん、どれがいい?奢るぜ」
 ニヤリと何かを企んでいるような笑顔で、雨紋が顔を近づけてくるから、知らず腰が引けてしまう。
「ケーキでセーラー服なんだ、ディナーなら何着てくれんの?」
 留めとばかりに耳元で囁く声に、怒りと羞恥が込みあがってきて。
「なっ…なんだよそれ!俺はそこまで節操無しじゃないぞ!!」
 説得力が無いのは百も承知で、でも言い返さずにはいられない。
「でも、実際あんたそれ着てるじゃん」
「うっ…」
「もうしない?」
 悔しさに口唇を噛み締めた龍麻の顎を、指先で上向かせて雨紋が告げる。
「今後俺様以外の誰にもこんな可愛い格好見せないって誓える?」
 頷きを求める雨紋の声に、屈したくないと思うのに。人間感情より体の方が正直で。
 求められるままに、首を縦に振ってしまう。
「じゃあ、行こうか。あんたの好きなもんなんでも奢ってやるよ」
 上機嫌で腰を抱く雨紋に連れられて、不機嫌な表情のまま連れ立って歩く。
 ほんのちょっとの出来心が、こんな羽目になるなんて、思いもしなかった週末の土曜日。
 2度と食い物には釣られないぞと固く心に誓いながら、雨紋の出した食い物につられて歩く龍麻だった。

100HIT記念のSS。キリ番GETは桜太さまでした。(^-^)
リクエストは「女装して不機嫌なひーちゃんと、それを見て楽しそうな雨紋君」でした。
課題クリアしてるかちょっと不安。
でも、喜んでいただけたようなので、一安心。
Hが無いとオカシイと言われたんで(相方に)
書こうか・・・な。続き。H。