『大丈夫』



 大丈夫だよな。変じゃないよな。
 何度も鏡の前で服装をチェックする。
 今日は劉が、家に夕飯を食べにくる。なんでそう言うことになったのかは、全然覚えていないんだけど、2人っきりになれる誘惑には勝てなかった。
 晴れて両思いになれたって言うのに、色々と状況が許さなくって、やっと今日二人っきりになれる。
 緊張と期待と不安。色んな感情がごちゃ混ぜになって、少し落ち着きが取り戻せない。何度もセッティングした料理の具合を確かめたり、鏡に自分を映してみたり。
 ああもうっ、落ち着かないよ!
 早く来てくれないかな。
 こんなにドキドキして落ち着かないのは、待ってるっていう状況だからかもしれない。きっと顔を見れば、何時ものように笑えるはずだ。だから、早く来いよ。
 ピンポーン♪
 約束の時間きっかりに、ドアのチャイムが鳴った。ずっと待ってたはずなのに、足が竦んで上手く動けない。深呼吸を何回か繰り返して、なんとか動いた足で、玄関に向かった。最後にもう一度、鏡を見る。大丈夫、だよな。
「はい」
「こんばんは、アニ…っと、龍麻。これ、お土産なんやけど…」
 ドアの向こうに立っていた劉は、俺の顔を見るなりにっこりと笑って、背中に隠していた花束を手渡してくれた。
 季節外れの、真っ白な百合の花。俺が前に好きだって言ってた、カサブランカ。よくこんな季節に…。
「気に入らんかった?」
 花束を受け取ったまま固まってしまった俺を、下から覗きこむようにして劉の顔が間近にあった。
「あっ…違うよ。そうじゃなくて、ありがとう劉」
 こんな言葉じゃ足りないと思うのに、考え付く言葉はこれしかなくて。それでも嬉しい気持ちが少しでも伝わって欲しくて、にっこりと微笑んだ。
「へへへっ。あれっ…今日は、女の子の格好しとるんやな」
 どうしよう、やっぱり変なんだろうか?
 真っ白なワンピースに身を包んだ俺を見つめる視線に耐えきれなくて、床に視線をさまよわせる。
「めちゃくちや可愛いで、龍麻」
 不安に俯いた俺に、劉の優しい声が聞こえた。
「本当に?」
「ホンマや!龍麻かてホンマは女の子なんやし、そういう格好も見てみたかってんけど、見てしもたら誰にも見せとうなくなってしもた」
 そう言って優しく優しく笑ってくれる。不安が一気に消えてなくなった。
 本当は女なのに、男として使命を果たさなきゃならなくて、ずっと男として生活してきた。真神の皆に、仲間の皆に出会ってからも。でも、劉は俺が女だって分かる前から、俺のこと好きだって言っててくれて、俺も全てが終ったあの日、自分の気持ちを打ち明けた。こんな、女の子らしさなんか微塵も持ってないような俺の、どこが良かったのかと尋ねる度に劉は、微笑んで『龍麻が龍麻やから好きなんや』と答えてくれた。
 だから、全ての柵から解き放たれた今、ちゃんと女として見て欲しくて、こんな格好をしたわけなんだけど。
 きっと劉なら似合うって言ってくれるって信じてたけど、でも、言ってもらうと嬉しくて泣きそうだ。
「どないしたん?ワイ、なんぞ変なことでも言うた?」
 黙りこんでしまった俺に、心配そうに劉が声を掛けてきた。
「ううん、なんでも無い。あっ、ごめん。何時までも玄関はないよな。上がって」
「それじゃ、お邪魔します」
「うん、いらっしゃい」
 先に立って劉を部屋に案内する。テーブルには既に料理がスタンバッていて、俺は取り敢えず劉を座らせると、花を花瓶に生けてきた。
「この季節に、よく見付かったな」
 さっきの疑問をぶつけて見ると、ちょっとズルしてしもた。と曖昧にしか答えてくれない。なんだろ、ズルって。
「なあ、龍麻。これ、全部龍麻がこさえたんか?」
「う…うん、まあ。美味しいと良いけど」
 料理は得意って訳じゃないけど、全然できないって訳でもなくて、でも劉に食べて欲しくて一生懸命頑張った結果がこれ。
「美味そうやな」
 ニコニコとそう言ってくれる劉に箸を渡して、第一声を待つ。
「美味いっ!めちゃくちゃ美味しいで。龍麻はええ嫁さんになるわ」
「本当に?」
 嬉しくて聞き返してしまう俺に、劉は何度も美味しいを連発してくれた。
 良かった。
 ホッとして俺も料理に箸を付ける。
 美味しそうに食べてくれる劉を見ているだけで幸せで、全然味なんか分からない。
「ずっとこうして龍麻の手料理食べれたら幸せやろな」
 うん、俺もずっと劉にご飯作ってあげたい。って、劉?今、なんて?
 驚いて顔を上げた俺に、劉は何時もと同じ笑顔で笑っていた。
「ずーっと、龍麻の手料理食いたいって言うたん」
「それって、ずっと一緒にいたいって取ってもいいのか?」
 思わずといった風に聞き返した俺の頬に、劉の手がスッと触れた。
「そう取ってもらわへんと困るんやけど」
 困ったように笑った劉に、笑い返そうと思うのに、上手く笑えない。涙が溢れてきた。
「わっ…どないしたん?いややったんか?嫌やったんなら、謝るし、泣かんといて」
 俺の涙に劉がオロオロとそんなことを言うから、違うんだって事を分かって欲しくて首を左右に振る。
「違っ…ひっく…嫌じゃ…なっ…うっく…」
 なんとか言葉を紡ごうとするのに、嗚咽が込み上げてきて上手く喋れない。こんなんじゃ、また誤解される。
「わかった。分かったから、無理に喋らんとええよ。もう泣かんと、な?」
 優しく俺を抱き締めて、泣き止むのを待つように髪を梳いてくれる。ふっ、と瞼に暖かいものを感じて目を開けた俺は、そこにあった劉のアップに息が止まりそうになった。
 今、キスされた?瞼に感じのたは、劉の口唇?
 驚きに涙が止まった。でも、代わりに心臓が激しく鳴り出して、顔がドンドン赤くなっていくのが分かる。
「泣いてる龍麻も可愛ええけど、笑ろてるほえがもっと、可愛ええで」
 そう言って、瞼に溜まった涙を吸い取るように、ちゅっ、と劉の口唇が触れた。
「…だっ…、劉が、あんまり嬉しいこと言うから…」
 照れて拗ねたようにそう言うと、そっと抱き締めたくれた。身長はそう変わらないはずなのに、俺よりずっと大きい劉の胸に抱きしめられるのは凄く気持ちが良かった。
「龍麻めっちゃ可愛ええ」
 嬉しそうに囁いて、抱き締める腕の力を強くする。もっと強く抱き締めて欲しくて、自分から劉の背中に腕を回してしがみ付いた。
「好きだ…劉」
「うん、ワイも龍麻が好きや」
 何度も何度も囁くように告げた口唇が、ゆっくりと俺の口唇に重なった。初めてのキスに、心臓がさっきよりも早くなる。
 触れるだけのキスなのに、もうどうにかなってしまいそうだ。
「アカンて龍麻。そない可愛い顔されたら、ワイ止まらんようになってまう」
 心底困ったような声を上げる劉に、なんだか可笑しくなってしまって、ぷっ、と吹き出してしまった。
「なんで笑うねん。ワイかて男やで、好きな子と密室で2人っきりやったら、そないな気持ちになったかて可笑しないやろ」
 ぷうっ、と拗ねたように頬を膨らませる姿が可愛くて、そっと頬に口唇を押し当てた。
「俺が、欲しい?」
 わーっ!俺、何言ってんだよ。
 そう思うのに、言葉も感情も止まってくれない。
「欲しい。龍麻が欲しいてしゃあないねん」
 切羽詰ったように劉の腕が再び俺の身体を抱き締めてくるから、抗わずにその胸の中に身を委ねる。
「優しくしてくれるなら、俺のことあげるよ、劉」
 自分から誘うみたいなこと自分でも言えるなんて思ってもいなかった。けど、最初からこうなる予感はしていたのかもしれない。だって、じゃなければ女物の服なんか着たりしないだろうし、あんなに劉が来ることにドキドキもしなかったと思う。
 大丈夫、後悔はしない。劉は俺の全部を受けとめてくれる。いい所も、悪い所も。だから、そっと劉の口唇にキスをして目を閉じた。
「ワイが龍麻に優しゅうせんはずないやろ」
 ふわりと抱き上げられながら、俺は優しい劉の言葉を聞いた。



「あっ…ああっ…やっ…りゅ…ああっ…」
 ルームランプだけを燈されたベッドの上で、俺は劉の背中を抱いていた。
 緊張に強張る身体をキスで宥めながら、一枚づつ服を脱がされてその逞しい胸に抱き締められた。
 同じ位ドキドキしている心臓の音に、ほんの少し安心する。
「んっ…はあっ…やっ…」
 劉の口唇が肌に落ちる度に、濡れた声が上がって、恥ずかしさに死んでしまいそうになる。
 優しく触れる手に、自分が自分じゃなくなっていくようで、縋るように手を伸ばすと、俺が大好きな笑顔を浮かべながら抱き返してくれた。
「りゅ…んっ…ああっ…りゅ…うっ…」
 切ない声を上げる口唇を貪られて、夢中になって舌を絡ませた。大切に大切に触れてくる手に、我を忘れそうになる。
「好きや、龍麻」
「んっ…れも…好き……りゅ…っん…ああっ…」
 甘い囁きに言葉を返したいのに、上がる吐息にかき消されてしまう。それでも、分かってると微笑んでくれるから、俺も小さく笑みを浮かべた。
「エエ?」
「んっ…いいっ…よ…」
 足の間に割って入ってくる劉の身体に、一瞬だけ恐怖が込み上げてきた。でもそれは一瞬だけで、すぐに降りてきたキスに溶かされてしまう。
「ひっ!…ああっ…あ――っ!」
 貫かれる苦痛に身体は悲鳴を上げるのに、心は幸せに満たされていた。痛みに堪えきれなくて、爪を立てるように背中にしがみ付く。
 あやすようなキスと、背中を抱き締める手に全てが呑み込まれていく。




 喉、乾いた。
 喉の乾きに我慢できなくて、眠りの淵から呼び戻された俺は、自分の現状を把握できないでいた。
 あれっ、何時寝たんだっけ?
 部屋の暗さから今が真夜中であることだけは確認できるが、それ以外がはっきりしなくて、時計を見ようと身体を起こし掛けて鈍い痛みに眉を顰めた。
「いっ…」
 痛みに全てが蘇えってきた。
 俺、劉としちゃったんだ。
 鮮明に蘇える記憶に、頬が赤くなる。どうしよう、嬉しい。
「あれっ…起きたんか?」
 俺のうめき声で目を覚ました劉が、もぞもぞと起きあがってくる。恥ずかしくて顔が見れない。暗闇な事にも気付かないで、枕に顔を伏せてしまう。
「どないしたん?…あっ!身体、痛むんか?大丈夫か、龍麻?」
 包み込むように抱き締めながら、顔を上げさせるように手が伸びてきて、羞恥にぎゅっと目を瞑った。
「そない痛いんか?ワイ、乱暴やった?優しゅうできんかった?」
 矢継ぎ早にそう聞いてくる劉の声に、そっと目を開けると、心配そうに覗きこんでくる劉と目があってしまった。
「あっ…」
 固まってしまう。こう言う時って、どうしたらいいんだろう。なにか言うべきなんだろうけど、言葉が出てこない。
「暗ろうてよう見えへんな」
 真っ暗な中で目を凝らしていたらしい劉が、ベッドサイドのランプを点けてしまった。
「たつ…」
「わー…見るな!」
 明るい中で見られたら、顔が赤いのがバレてしまう。ばたばたと手を振って、劉の視線から逃げようとするのに、頬に添えられた手に逃げられない。
 まっすぐに目を見つめられる。
「痛い?」
 自分が痛いわけではないのに、苦しそうな顔をしているから、恥ずかしいのを我慢して微笑んでやる。
「ちょっとは痛いけど、でも大丈夫だよ」
 安心させるように微笑むと、覆い被さるように劉の身体が重なってきた。
「ワイ、今最高に幸せや」
 呟くようなその言葉に、同じ想いを込めて背中に腕を回した。
「ずっと一緒におったってな。嫌やて言うても、離せへんけど」
 気弱なのに強気なその言葉が嬉しい。
「うん、ずっと一緒にいよう」
 大丈夫、ずっと一緒にいられる。だって、こんなにも想いは一緒だから。
 暖かい腕の温もりに、幸せの溜め息を吐いた。



 

 遅くなりましたが、1234番のキリ番SSです。
劉×主でラブラブとのリクエストだったんですが、
何故か女主。
いえ、ちょっと色々ありまして。
しかし、女主でエッチは恥ずかしいですね。(^^;;
逃げちゃいました。
大塚さん、どんなもんでしょう?