童話

ライの雨







    今日のお空は、どんなお空ですか? 


    お外に出ていきたくなるような、青い青いお空ですか?

    心細くなりそうな、曇りのお空ですか?

    小さい頃を思い出す、雨音のするお空でしょうか?


    お空はどうやって、どんどん変わっていくんでしょうね。

    少し、お話ししてあげましょう。

    今日は、雨のお話です。





   「ライ、もっと叩け!叫べ!光を雲にたたき落とすんだ」

    大きな袋を持った男が叫びました。
   その袋からは、ビュービューと風が唸りをあげて出ています。

   そう、ここはお空の雲の上。
   彼は風の精、「フー」と言われる男なのです。

   「どうした、ライ。
  おまえが暴れないと、雲は雨を降らさないんだぞ」


    すると、そばにいた「ライ」と呼ばれた男は
   やる気のないようにドンッと太鼓を一つ叩きました。
    その音で見る見る雲が黒くなり
   光とともに大雨が降り注いだのです。

   「ああ・・・・・・」

    ライはおそるおそる、雲の切れ目から下界を見下ろしました。
    さっきの一撃で山が崩れ
   その土砂が今にも人を飲み込もうとしています。

   「もう嫌なんだ!」

    ライは太鼓を放り出しました。

   「嫌だ、嫌だ。もう山を崩したくない。
  木も焼きたくない。人を殺したくないんだ!」


    そう叫ぶとライは雲を蹴り、下界に向けて飛び降りたのです。
   その瞬間、すさまじい落雷が走り抜けました。

   「ライ!」

    フーはライが飛び降りた方を見ようとしましたが
   つぎつぎと流れる雲がそれをさえぎりました。




    あの日から、何日たったのでしょう。
   ライは私たちが住む、下界の山に落ちたのです。

    その奥の奥、真っ暗な洞穴の中で
   ライはずっと膝を抱かえていました。

    ここは昼も夜もわかりません。
    朝はやってこないのです。

   「今は一体、いつ頃なんだろう」

    ライはちょっと不安になりました。

   「こんな空も見えない場所に
   いつまでもいるわけにはいかない。
   下界に降りては来たものの、俺は雷の精だ。
   人間に俺が見えるのだろうか?

    いやいや、見えたとしても人間の目には
   きっと恐ろしい怪物に写るだろう。
    気持ち悪がられるか、笑われるか・・・・・・
   どうしたらいいんだろうか・・・・・・」


    ライは目を閉じました。

   「ずっと、眠っていたい」

    次の日も、また次の日もライは洞穴の中で動きませんでした。




    さらに何日かたったある日。
    ライは外の方から、サワサワと聞こえる音に気がつきました。

   「なんだろう」

    今までも聞こえていたんでしょうか。
   サワサワと、途切れることなく続いています。

   「人ではなさそうだな」

    またサワサワとサワサワと、どことなく悲し気に聞こえてきます。
   どうにも気になって仕方ありません。

   「・・・・・・よし。出口の岩陰から、そっと覗いてみよう」

    コケの生えかけていた体を払い
   久しぶりにライは立ち上りました。

   「そっと、そっと」

    出口に向かうにつれて、少しずつ明るくなってきました。

   「あっちのほうだな」

    大きな岩陰から音のする方に顔を覗かせると
   そっちには野原が広がっています。

   「人か?」

    その野原には
   陽をうけて、美しく髪の輝く女の子が立っているのでした。

    女の子の足下には黄色い花がたくさん咲いていて
   風とともにサワサワと揺れていたのです。

    ライは恐がられると思っていたことも忘れて、近づいていきました。

   「何をしているんだ?」

    女の子は驚いた様子もなく、ゆっくり振り向くと

   「これ・・・・・・枯れるかもしれないの」

    そういって足下の花を指さします。

   「タンポポよ。もう、何日も雨が降らないから」
   「タンポポ?タンポポなんか、違うのがすぐはえるさ。
   雨だって、いつか誰かが降らせるさ」


    ライの言葉に、女の子は弱々しく笑いました。

   「そうね」

    二人の上に少し雲が出てきました。
   今まで穏やかに吹いていた風が
  勢いよくビューッビューッと吹き始めたのです。

   「フーの奴だ」

    その時、ビュッとひときわ強い風が吹き、女の子の髪を流しました。
   すると、きれいに光っていた髪が少し抜けて飛ばされたのです。

   「あ!」

    ライが声を上げたのも無理はありません。
   抜けて宙に舞った髪の毛は
  黄色いタンポポの花びらとなったのです。

   女の子は頭を押さえて、地面に崩れ落ちました。

   「消えちゃうよ、枯れちゃうよ。
  せっかく咲いたのに。一回しか咲かないのに。
   もっと、もっと咲いていたいのに・・・・・・」


    ふるえる声でいうと、泣き出してしまいました。

   「おまえは、おまえは・・・・・・」

    この女の子はタンポポの精だったのです。

    ライは顔を上げて、空を見つめました。




    雲の上では、フーが一人で袋から風を出しています。

   「ちぇっ、だめだ。やっぱり俺だけじゃ、雨は降らねえ」

    フーはがっくりと肩を落としました。

   「俺もやるよ」
   「ライ!ライじゃねえか」

    少し離れた雲に、ライが立っていたのです。
    ライは投げ捨ててあった太鼓を拾うと
   あらん限りの声を上げました。

   「さァ、風よ吹け!雲よ集まれ!雷が叫ぶぞ、雨よ降れ!!」

    にわかに黒い雲が、空を覆い尽くします。
    ゴロゴロ、グォングォン
   徐々に空の唸りが大きくなると閃光が走り
  たちまち雨が落ち始めました。



    雨が降ります。
   どこかの山には恐ろしく、どこかの川にはシトシトと。
   遠くの町には寂しげに。

    誰かの家の屋根の上、見知らぬ人の傘の上。
   気まぐれに優しく降るのです。

    あそこの山は崩れます。狂ったように流れます。
   そうして人が流されます。誰かの親が流されます。
   誰かの子供が流されます。


    ライは太鼓を叩き続け
   大きく眼を見開いてそれら全てを見つめました。

    でも、そんな中ライは見たのです。
   あの野原で雨の中、両手を広げて踊っているタンポポの女の子を。

    ライはポロポロと大粒の涙を流しました。

    その日、ここにいる私たちの上にも
   大粒の雨が降りそそいだのです。


                                 終わり。







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