黒ネコの子はいつも一人でした。
他のネコ達は、いつも駐車場で楽しそうに遊んでいます。
その様子を、黒ネコの子は
向かいの茂みの陰からそっと見ていましたが
しばらくするとそそくさと歩き出しました。
でも他のネコ達は、黒ネコの子に気がついていて
「あいつは気味の悪い奴だね」
「親も友達もいないひとりぼっちの奴さ」
と真っ黒な後ろ姿を見て、ヒソヒソ言い合いました。
黒ネコの子は街はずれの方に歩いていきます。
冬の空は、歩くと共に鉛色になっていくようです。
黒ネコの子も前はお母さんと一緒でした。
でも、ある朝にご飯を持ってくるからと出かけたまま
いつになっても帰ってきませんでした。
それからずっと一人なのです。
黒ネコの子は町外れにある池のほとりにやってきました。
寒々としたところでしたが、毎日ほとんどここで過ごしていました。
ここは他に誰もいないから、ひとりぼっちと思われない。
ここは他に誰もいないから、仲間外れになることもない。
澱んだ池でしたが、眺めるもがなんとなく好きでした。
ある日、黒ネコの子が散歩から帰ってくると
池の前に知らない黒猫がいました。
黒ネコの子を見て警戒しているのか、じっと見つめてきます。
よく見ると、おどおどしていて泣き出しそうな顔をしていました。
怖がっているんだと思い、話しかけてみることにしました。
「どこからきたの?」
でも、知らない黒猫はちょっと口を動かしただけで
不安そうに見つめてくるだけです。
黒ネコの子は自分と同じひとりぼっちなんだと思い
「心配しなくていいよ。ここは他には誰も来ないから。
これからはここにいてもいいよ」
と言いました。
それを聞いて知らない黒猫は、ようやくにっこり笑いました。
次の日、黒ネコの子が公園を通りかかると
ベンチでおじさんがお弁当を食べていました。
黒ネコの子に気がつくと、ソーセージを一本投げてくれました。
食べようと近づきましたが、気が変わったのか
口にくわえて走り出しました。
黒ネコの子は町外れの池に向かっていきます。
昨日やってきた知らない黒猫と、半分こにしようと思ったのです。
駐車場の前を通り過ぎようとしたとき
「どこへ持って行くんだ?」
と声がかかりました。
振り向くと、いつものネコ達がニヤニヤとこちらを見ています。
「どうせ町外れの汚い池のところで、一人で食べるんだろう」
と言うとみんなで笑い出しました。
すると、黒ネコの子は目をつり上げて
「友達が待っているんだ!二人で一緒に食べるんだよ!」
毛を逆立てて大声で怒鳴りました。
他のネコ達はその剣幕と
友達がいるといったことに驚いた様子です。
その中の一人が
「本当かい?それなら、みんなにも紹介しろよ。
別に二人でコソコソしなくてもいいだろ」
と言うと、黒ネコの子は
「嫌だよ。すごく大人しい子なんだ。
おまえ達なんかには怖がって会いたがらないよ」
とソーセージをくわえ直して駆け出しました。
町外れの池に、あの知らない黒猫が待っていました。
黒ネコの子に気がつくと、うれしそうに近づいてきます。
「ごねんね、ひとりにして。
ソーセージもらったから、一緒に食べよう」
でも・・・よく見ると知らない黒猫も
口にソーセージをくわえて笑っています。
「なんだ。君も、もらってきたのか。じゃあ、半分ずつ交換しよう」
と、二人でソーセージを半分にかみ切って
片方を相手にあげました。
「おいしいね」
仲良く二人で食べていると
「アッハッハッハ」
と後ろから笑い声がしました。
驚いて振り向くと
さっきのネコ達が木の後ろから顔を出して笑っています。
黒ネコの子は凍りついたように動かなくなりました。
その様子を見て、さらに大きな声で笑い出しました。
「アッハッハ。友達なんかいないじゃないか。おかしな奴め。
友達が出来ないから、池に映った自分に独り言をいっていたのか」
「誰からも相手にされない、ひとりぼっちの黒ネコめ」
「気持ちの悪い黒ネコめ。アッハッハ」
そういいながら、次々と走り去っていきました。
黒ネコの子は、ネコ達が笑いながら去っていった方を
見つめたまま動けませんでした。
ずっとずっと動けませんでした。
たそがれを過ぎ、真っ暗な夜になった頃
黒ネコの子はようやくノロノロ動き出しました。
池の淵から水面をのぞき込むと
ソーセージが半分浮かんでいました。
そして、ひとりぼっちの黒ネコの子が
作り物のような顔をして映っています。
本当はわかっていたのです。
知らない黒猫なんかいなかったことを。
水に映った自分の姿だったことを。
ひとりぼっちだったことを。
ひとりぼっちが嫌だったことを。
友達がほしかったことを。
池の中に映った黒ネコの子は、いつのまにか涙をためています。
黒ネコの子は池の水を叩きました。
すると自分の姿がグチャグチャになり、顔に水が飛び散りました。
それでも何度も何度も叩き続けました。
飛び散った水でびしょ濡れになった黒ネコの子は手を止めて
声を出して泣き出しました。
涙がポトポトと池に落ちていきます。
「もうこんな所にいたくない」
と叫びました。
泣いた顔のまま、ふと池の中を見て黒ネコの子は息を飲みました。
そこには・・・今までとは違う大きな黒猫の姿が映っていたのです。
「あ、おかあさん」
その姿はお母さんでした。
以前のままのように、少し目を細めて笑っています。
「どこへ行ってたの!?」
あわてて黒ネコの子が近づこうとしたその時
「あ!」
黒ネコの子は頭から池の中に突っ込みました。
鼻に突き刺すように水が入り込んできて
苦しさのあまり前足と後ろ足をバタバタ動かしました。
「たすけて!」
でも、いつもひとりぼっちの黒ネコの子の
声を聞くものは誰もいませんでした。
しばらくして、黒ネコの子は目を覚ましました。
「ここ・・・どこだろう」
まだ夜なのか暗くてよくわかりません。
なんだか背中か柔らかいものに当たっています。
後ろを見ようとすると、ペロッと顔をなめられました。
「あかあさんだったんだ・・・」
黒ネコの子は、お母さんに寄り添って寝ていたのです。
「そうかあ。一緒に寝てたんだ。
ねえ、なんか嫌な夢を見てた気がする。
でも、平気。おかあさんが一緒だから。
これからもずっとずっと一緒だよね?」
お母さんは、うれしそうに目を細めて見つめています。
黒ネコの子は安心するとまた眠くなったようです。
目を閉じると、体をお母さんにギュッと寄せました。
眠りに落ちる前に
「あれ、ここ、どこだったかな」
と思いましたが、すぐに眠り込んでしまいました。
翌朝、町外れの池にネコ達がやってきました。
でも、黒ネコの子の姿がありません。
しばらく、キョロキョロと見回していましたが
つまらなさそうな顔をすると
いつもの駐車場の方に戻っていきます。
誰もいなくなった町外れの池には
ソーセージが半分、プカプカと浮かんでいました。
おわり