古賀嘉人氏によるライナーノーツ

 

「レコーディング」。
バンドや作曲をする者達にとってこの言葉は、何か嬉しいような、腹から胸へ込み上がってくるような、わくわくさせる響きを持っている。
 数百万円もするコンソールミキサーに32トラックのオープンリールや(今はハードディスクレコーダーにDATかな)サンプラーを駆使した“高価な”スタジオでの「レコーディング」から、ラジカセとマイク1本だけの“ローファイ”一発録音まで、レコーディングもピンキリだが、どんなものにせよ、「レコーディング」とは楽しいものである。

 彼ら「艶歌バリウム」の曲作り体系は、野間氏によるアレンジ・打ち込みで、シーケンサーを駆使する。録音媒体はMD。高音質が期待できるが、ヴォーカル及びコーラスは、マイクを立てて一発録りだ。つまり、音楽スタジオを借り、シーケンサーでオケを、ヴォーカルマイクで歌を、スタジオ設置のPAで流す。それを直接生録するのだ。
 MTR、すなわちマルチトラックものを使わない。したがって録音した後で、各楽器やコーラス間の音量バランスを変えることはできないし、歌のエコー量を変更する、なんてこともできない。文字どうり一発勝負のレコーディングである。しかしながら、「せーの」で始める同時録音は、プロでも珍しくない。むしろ緊張感溢れる演奏が期待できる(こともある)。
 彼らのこの歌入れは、普段、のほほんとギャグをかましているメンバーの、緊張した真面目な表情を唯一見ることの出来る一瞬かも知れない。
 ともかく、この風変わりなレコーディングによって、彼らの記念すべきアルバムは完成した。

 CDプレイヤーの再生ボタンを押す。(レコードに針を静かに落とす…などという表現ができないのはちょっと寂しい。)壮大なファンファーレに続いて、8ビートと、林氏の演歌風のこぶしが妙なマッチングを見せる「臨海副都心ブルース」。そういった曲調がこのアルバムの、いわば基本型と言えるだろう。
 かと思えば「等々力渓谷」では、しっとりとアコースティックテイストで、悲哀や笑いを唄い上げるデュオを聞かせる。そんな対比が絶妙だ。
 悲哀といえば、社会風刺や哀しい実体験(こんな単語も白々しいほど皮肉を超越しているのだが。)を織り込むことも忘れてはいない。それらのマイナー調の曲が、野間・齊藤氏のヴォーカルとあいまってアルバム全体を引き締めている。
 あるいは、ミュージカル風(〜風、というより、思いっきり歌詞の中で「ミュージカル〜」と言っているが)の1曲で、全体の中のよいスパイスとなっているのが「映画につれてって」。なかなかツボにはまったJAZZが聴けるだろう。
 特筆すべきは、「アクアライン」に見られる著しい進歩である。(「進歩」などと偉そうに言える自分でもないが…)ハネた感じのビートにブラスアレンジがはまっている。唄の音のはずしも皆無で、ピアノソロがかっこいい。なにより全体のバランスが最高である。アルバム全体を見てみると、着々とクォリティが向上しているのがわかるだろう。この曲は技術と経験の積み重ねの集大成である、と僕は見ている。

 彼らは常に楽しんでいる。
作詞・作曲・アレンジ・打ち込み・歌う・聞く・やり直す・緊張する・録り直してくれと訴える…。そんなことも全てひっくるめて楽しんでいる。楽しむことに徹しているように見える。
 勿論、楽な事ばかりではない。生みの苦しみ、クォリティを落とさない、等々…。そんな苦悩も目に見えるようだ。しかし何かを創造しようとする限りこれは避けられない。あるものを創りだそうとする時にはつきものの苦労があるのは当然かも知れない。
 でも、苦労の見返りの様なもので、このアルバムが、色々なもの(曲の奇抜さ・笑い・思わずニンマリしてしまうフレーズ)をごちゃっと含む、バラエティなものに仕上がっているのは、そんな姿勢からくるのだ、という気がする。

 アルバムは完成した。「レコーディング」は終わったのである。
今でも彼らがスタジオにいる、という錯覚にとらわれるが、そうではない。
 そういう現実に直面すると、夢の終わった場所にポツリと立たされているような、そんな感慨にふとおそわれる。
 いや、今日もスタジオにいて活動しているのでは? 行けば彼らがいるんじゃないか? そういう気がする。いや、そんなふうに願っている。(2ndアルバムについてどう考えているのか、彼らの意志は聞いていないのでわからないが)
 このユニットは進化の途中である。僕はその続きをまだまだ見てみたい。

       *         *         *

 東急池上線・千鳥町駅の改札を出て、踏み切りを渡って右へ。線路伝いに程なく歩くと、そこに「シティ・バード」は、ある。ギターや管楽器を背負った、数多のミュージシャンが出入りする、“よくある”音楽スタジオである。
 重そうで実は軽い黄色いドアを開けると、バンドの練習の音が地響きのように低く伝わる。所せましと楽器が置かれている狭いロビーにはジャズが流れ、時間待ちであろう、一人の少年がスティックで膝を叩いていた。壁にはメンバー募集のポスター、充満するたばこの煙。
 そんなスタジオの一室に彼らは、いる。誰一人楽器を持たない、5、6人の怪しい男女。一体何の集団だろう?、と不思議に思える。
 ロビーの傍らで、ギターの弦を張り替えている男が“なんだこいつら?”というふうな訝しげな表情をする。しかし彼は、自分の楽器に視線を戻しながら思った。
(楽しそうだな)

                                (古賀 嘉人)

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