Wデート

 




「頼まれて欲しいことがあるの」
 と母親にお願いされて、果たして断ることができるだろうか。
 もちろん、断ることもできる。だがしかし、その後に父親に諭されることを想定すれば、よほどの不都合がない限り、「いいよ」と答えてしまうことが、三池家の息子の正しいあり方である。
 だが、「お願い」が一泊を必要とする日程だったことは、承諾してから知らされた。そのため、やっぱり小言は覚悟しようと拒否の言葉を口にしようとしたところで、デートのついででいいわよと言われ、京都の老舗旅館の名前を出されて、ついその餌に食いついてしまった。
 しかし、「お遣い」が自分一人ではなかったと知るのは、恋人と一緒にいそいそと新幹線に乗ったところ、並びの席に、自分の兄弟とその恋人を見た時だった。
「まじかよ……」
 勝也の呟きに、拓也は諦めの溜め息を一つ。
 陽は苦笑いで、京は戸惑いながら会釈を交わした。

 母親の用事は結局は二手に分かれるものだった。
 勝也は母方の親戚に母が借りていた着物と帯を返すこと。郵送でいいじゃんと言った勝也に、持って行ったんだから持って来いと言われたのと香那子は笑った。古代紫の着物は、今では簡単に買えない着物らしく、香那子も仕方なく借りたものらしい。
 拓也は母の華道師範に、プレゼントするための花器を届けるため。これも郵送すればいいと抵抗したのだが、フランスから大切に持ち帰ったガラス花器は、製造番号まで振ってあるものなので、万が一に弁償してもらっても気持が収まらない物だという。
 二人は京都駅で別れ、それぞれのお遣いに向かう。
 勝也と拓也は以後ずっと別行動のつもりだったが、陽が京都駅で「俺たちは旅館で待ってるから」と言って、京も迷いながらも頷いてしまい、母親の手配した旅館で合流することになってしまった。
 そうなると妙に対抗意識がわいてしまい、自分の方が先に帰ってやるぞ!的に用事を済ませ、タクシーを急がせて旅館に向かう。
 ほぼ同時に旅館についた二人は、そこでのんびりとリクライニングチェアで昼寝をしている陽と、縁側に座って庭を眺めている京を見つけ、顔を見合わせて同時に溜め息をついたのだった。
 まさか一部屋?と心配していたが、ちゃんと部屋は別々に取ってあり、拓也が京をつれて部屋を移動した。
 夕食は旅館でとることになっているのだが、それまでには時間が余るので、それぞれに近場を観光することにした。
「下鴨神社の糺の森が今の季節は緑が綺麗ですよ」
 宿のお勧めを言われた時点でそこは避けるべきだっただろう。神社の入り口でばったり出会ってしまったら、もう笑うしかない。
 今から別の場所に行くのは時間がないし、離れて歩くのもかえって不自然なので、四人で散策することにした。
「京都は何度か来たことがあるけれど、ここははじめてだな」
「どこの寺社も観光向けに、派手な感じになっているけれど、この森は静かでいいよね」
 陽と勝也は緑を楽しみながら歩いていく。
「陽、糺の森の七不思議っていうのがあるんだって。一つずつ確かめていく?」
「いいな、それ」
 二人はパンフレットに書かれた七不思議というのを、一つずつ確かめていくことにした。
「行っちゃったね」
 楽しそうに探険に行く二人を見送って、拓也は京に微笑みかけた。
「僕たちも行く?」
 京は首を振って、ゆっくり歩くことを選んだ。
 森の中には小川が流れていて、急いで歩くのはもったいない気がした。
「ゆっくり行こうか」
 夕暮れの時間のためか、散策の人影はなく、拓也が差し出した手に、京は迷いながらも手を重ねた。
 無言で歩く楽しさを味わいながら、ゆっくり森の清らかな空気を味わう。
「たまにはいいよね」
「……うん」
 じゃりじゃりという足音と、微かに聞こえる虫の音。さらさらと流れる小川のせせらぎに耳を傾け、手の温もりに幸せを感じながら歩く。
 贅沢な時間の使い方だと拓也は、嫌々だったお遣いに、ようやく感謝する。
 散策道の終わりで勝也と陽が笑顔で待っていて、京と顔を見合わせて、自分達も笑ったのだった。