Time optimal

 




 テレビ画面の中では華やかなパーティーが映し出されていた。
 わが国の首相が某国に招待され、その国の大統領と親しそうに握手を交わし、会談とは別の私的な親睦会という設定である。
 二国間の首相が会話するのに『私的な』と評するにはいかにも嘘っぽい設定であるが、ある物が登場してからは、陽の目は二人の首脳のことなどどうでもよくなった。
 わが国の首相が得意げに『それ』を紹介する。子供が見せるような得意満面の笑顔である。
 PRIMIOと名づけられたそのヒューマノイドロボットは、現時点において、世界で最も人間に近く、高性能であるという評価を受けている。
「自分で作ったわけじゃあるまいし」
 つい、陽はつまらない愚痴をこぼしてしまう。
 相手国の大統領も見たことはあるはずなのに、白々しくも驚いた様子で首相に礼賛している。
 ニュースキャスターはそのパーティーの様子を映した後、戻ってきたロボットとそれを整備しているメンバーに近づいた。
 それまで気のない様子でニュースを見ていた陽は、そこで身を乗り出した。
『こんにちは。PRIMIO君を開発された方々ですよね?』
 キャスターは一番近くにいた青年に声をかける。
『今日のPRIMIO君の調子はいかがですか?』
"optimal control"
 日本語で聞かれた彼は、短い単語で返事をするが、キャスターには彼の発音が良すぎた事もあって、うまく聞き取れなかったらしい。
『もう一度お願いできますか?』
 聞き直した彼女に、メンバーの間から失笑が漏れる。
"He did his work perfectly."
 今度は中学生でもわかる英語に変えてみせた彼に、キャスターは一瞬詰り、そして愛想笑いを浮かべた。
『パーフェクト。完璧なんですね。素晴らしいです。えっと、あの、日本本社のメンバーの方は居られますか?』
 その時慌てて本社の広報と思しき人物が駆け寄ってきた。
 どうやら彼女は、事前の打ち合わせを無視してメンバーの一人に声をかけたらしい。広報が彼に申し訳なさそうに彼女を引き離していく。
 カメラワークが変わり、もう彼は映らなくなった。
 そこで陽はテレビの電源を切った。
 キャスターはロボット開発に若いメンバーがいたことと、彼がハリウッド俳優も逃げ出さんばかりのカッコ良さに、果敢にも予定外のインタビューを試みたのだろうが、その青年、勝也はあっさりとかわしてしまった。
 本来なら愛想良く受け答えをして、CMするべきなのだろうが、生憎彼は社員ではない。
 勝也はまだアルバイトの身分である。
 何度も正社員として入社するように要請されているが、勝也には自身で作り上げたいロボットがあり、それが今はまだ会社には受け入れられない部類に入っている。
 勝也の能力だけを欲しがる会社へのせめてもの抵抗で、彼は大学院に身を置いている。
 機会を見て独立するつもりだろう。会社はその時、損失の大きさに愕然とするかもしれない。
 勝也はそんな状態の中、大学院のレポートと学会の超多忙のスケジュールを削って、無理矢理に近い懇願で渡欧していた。面倒な広報活動には一切出ないというのが、渡欧の条件であったはずだ。
 それでなくてもきついスケジュールに、この件が入ったものだから、陽と勝也はしばらく会えないでいた。
 子供のように会えない事を不満にいうつもりはないが、勝也に会えずにいるということが、陽の気持ちを徐々に沈めていく。
 物分りのいい振りをするのも、そろそろ限界かと思うほどに。

 三日後、ようやく帰れると電話をかけたきた勝也のために、陽は空港まで出迎えに行った。
 教えてもらった便が到着したことをインフォメーションで確かめて、陽は到着口で出てくる人たちを待った。
 勝也が出てきたなら、その身長で一目でわかる。外国人がいても、彼ならば頭一つは飛び抜けているし、なにより、彼の周りだけ覇気が違う。
 キャスターもそれに惹かれてついインタビューを試みたのだろうと、陽はこれから勝也に会える気持ちの高ぶりから、つい思い出し笑いをしてしまった。
「何笑ってるの?」
 突然背後から声をかけられる。頭をそっくり包み込まれるように抱かれ、上から「ただいま」の声が降ってくる。
 もちろん、日本語だ。
「どこから出てきたんだ?」
 出てくるところを見つけて、自分の方からおかえりと声をかけたかったのにと、陽は驚きながらも、少しばかりむっとしてしまう。
「特別に税関を通してもらった。それくらいの優遇は受けさせてもらわないとね」
 勝也はクスクス笑って、抱え込んだ陽のこめかみにキスをした。
「やめろって」
 早く顔を見せろよ、こんな場所で煽るなよ。陽はそんな思いを込めて勝也の腕を抓る。
「俺も家まで我慢するためにここで辞めとく」
 勝也は笑いながら、両手を上げた。
「おかえり」
 陽はわらって答えてやる。本当なら自分も抱きつきたいが、ここはぐっと我慢をする。
 出迎えの中には、憚らずに抱き合う男女のカップルもいるが、さすがに自分たちはできない。今の勝也の軽いスキンシップでさえ、注目の的だ。
 いや、勝也自身が人目を惹いているのであろう。
 190を越す身長。十代の頃から日本人には見え難かったが、最近では出会った頃の少年っぽさは影も形もなくなり、端整でいて美しい容姿は、どこにいても注目を浴びてしまう。
「帰ろう」
「だね」
 そんな人々の視線を避けるために、二人は駐車場へと急ぐ。一刻も早く、二人きりになりたくて。
「家に一度帰らなくていいのか?」
「いいよ。無事に着いたことだけ知らせとけばね」
 陽から車のキーを受け取り、勝也は疲れているだろうと心配する陽を助手席に乗せた。
「PRIMIOは一緒に帰ってきたのか?」
「いや、向こうの支社でちょっとだけ実験したいらしくて、置いてきた」
「一緒に残らなくて良かったのか?」
 ハンドルを握る勝也は、冗談でしょと笑う。
「時間は大切。これ以上、会社の都合に振り回されちゃたまらないよ」
「無理するなよ」
「陽だけだよ、そんなこと言ってくれるの」
「恋人だからな」
 陽の答えに勝也は微笑んで、信号が赤に変わったのをいいことに、素早く唇を盗んだ。