Lock Out

 




 卒業生代表の答辞に一人の生徒が壇上に上がっていく。
 その背中を見つめながら、三年前のことを思い出した。
 そういえばこいつ、新入生代表の挨拶もしたよな……と。
 あの時、彼の背中はとても孤独そうで、自分が受け持つことの不安を感じたものだ。
 そして今、堂々とした背中を頼もしそうに見つめる。
 やっと卒業……もう卒業……。
 どちらともつかない気持ちを持て余す。
 この卒業を期に二人の関係が大きく変わるとも思えない。けれど気持ちが軽くなるのは事実だ。
 それなのに、彼の卒業を寂しいと感じる。
 三年間受け持ちの生徒として、担任の自分を支えてくれた。今までで一番楽をさせてもらったクラス運営だったと思う。
 挨拶を終えて壇上から降りるとき、勝也と目があった。一瞬だけふっと微笑む勝也に余裕を感じて憎らしくなる。
 陽にとっても、三年間を続けて受け持った生徒達というのははじめてで、彼らの卒業を見送るのは誇らしいのと同時に、言いようのない寂しさを感じる。
 ほとんどの生徒は国立大学の受験に向けて、まだまだのんびりとはできないし、その合否を受け取るまで、彼らの担任としての仕事は続くわけだが、やはり明日から陽の受け持つ教室はなくなる。
 勝也と陽にとっての区切りとなる大切な一日。
 式は厳粛に進み、大きな拍手に包まれて卒業生達は学校を送り出された。

 西日の差す教室の中は、ひどくがらんとしていた。
 生徒達から礼として贈られた花束と、お洒落なスプリングコートを手に、陽は主を失くした机の列を眺めていた。
「ここにいたんですか、先生」
 かたりと音がして、開け放していたドアにもたれて、勝也が立っていた。
「まだ残っていたのか」
「はい。生徒会のみんなに引き止められて。ようやく振り切ってきました」
 一歩、また一歩と近づいてくる勝也を目を細めて見つめる。
「もう明日からここに来られないんだなと思うと、さすがに寂しいな」
 陽の隣に立って、勝也も教室を見渡す。
「三年間、ありがとうな」
「それは俺の台詞ですよ、先生」
 ことさら「先生」という呼び方をする勝也を横目で睨む。
「だって、この呼び方をするのも、今日が最後かなーって」
 勝也はクスクス笑う。
「お前、俺に合格報告しないつもりか?」
 県立大学を目指す勝也は、3月が本番の試験だ。合格は確実で何の心配もないが、それでやはり合格の報告を聞くまでは気が抜けない。
「しますけど、ここにはこないし」
「そう……だよな」
 二人で過ごした三年間。
 出会い、告白され、撥ねつけ、冷たい関係になり、それでも離れられず、とうとう受け入れた。
 教師と生徒の顔をしながら、隠し続けた関係にも、今日で終わりだ。
「この学校に来て良かった。貴方と出会えなかったら、俺はまだ暗闇の中にいた」
 勝也の告白に、あの日の孤独な背中が思い出される。
「お前と出会えて良かった。お前と歩く未来を手に入れられて……良かった」
 陽の答えに勝也は卒業式でも見せなかった涙を一粒零した。
「ここを出たら、貴方を恋人だと、遠慮なく言える」
「今までもあまり遠慮しているようには見えなかったけどな」
 陽の指摘に勝也は軽く笑った。
「行こう……抱きしめたい」
 本当に遠慮もせずに言ってのける勝也に、陽は驚きつつも笑顔で頷いた。
 教室のドアを閉じ、鍵をかける。
 カチリと鳴った小さな音が、勝也の高校生活の終わりを……告げた。