はつこい
コウキは自分のショップで店員になるのがとても好きだった。 自分のデザインした服を、どんな人が買っていってくれるのか、そしてどんな風に着こなしてくれるのか、それを見ていたいのだ。 試着した人に着こなしのアドバイスをしていると、反対に「もう少し襟がシャープだといいのになぁ」などと、はっと気づかされることもある。 以前、かなり酷いスランプに陥ったときも、スタッフの心配をわかりながらも、店員として店に入っていた。 その時に『彼』と出会った。 彼はコウキのデザインする服を着るにはまだ若いように思えたが、すらりと伸びた身長と精悍な顔が、コウキの服によって、程よく大人びて見えるようになっていた。 彼が中学生と知って、コウキはかなり驚いたが、まだ早いよとは言えなかった。試着した彼を見て、コウキはもっと彼の年に似合う、それでいて少し大人びた服を作ってやりたいと思うようになった。 気がつけば、彼が帰ってから、コウキのデザインブックは今までにない速さで埋まっていった。コウキは自分でも気づかぬうちにスランプを脱していたのだった。 それなりにデザイナーズブランドとして認められ、ショップも少しずつ増えていった。けれど、コウキは相変わらず、自分の店に出るのが好きだった。 その日の朝、彼から電話がかかってきた。 秋の新作カタログの、トップページのシャツが欲しいのだという。コウキは喜んでそれを取り置きしておくと約束した。 あのシャツは彼にしか似合わないと思っていた、コウキにとっても自信の一枚だったのだ。 一号店のウインドウに飾っていたそのシャツを下げる。丁寧に畳み、バックルームに名前をつけてしまいこんだ。 そのあとだった。 一人の青年が店のウインドウに張り付くように立っていた。 (確か、昨日も来ていたかな……) 綺麗な男の人だなと思っていたのだ。コウキは人を見る時に、その人に自然の風景を思い浮かべる。彼が夜空なら、その青年は早朝の湖だと思った。 「すみません、昨日ウィンドウにディスプレイされていたシャツは……」 やはりあのシャツを欲しいらしいとわかってコウキは微苦笑を浮かべる。 「申し訳ございません。他のお客様からご注文がございまして」 「売れてしまったんですか?」 青年の必死な様子に、コウキはどうしたものかと返って戸惑いを覚えた。 「いえ、……当ブランドはお得意様にカタログを発送しておりまして。ご注文がございましたので」 「だったら、あの、……同じ物は……」 「あのシャツは新作でございまして、ワンショップ一点限りの品でございますので」 「その人、まだ取りに来てないんですよね。絶対買いにきますか?」 多分、その人には似合わない強引さに、コウキは困ってしまった。嫌な客なら、そつなく追い返せるのだが……。 「お客様には少しサイズが大きいと思うのですが……」 「プレゼントなんです。どうしてもあのシャツが、気に入ってしまって」 コウキはそうまでして欲しいと思ってもらえることが嬉しくて、ある提案を持って青年に告げた。 「少々お待ち下さいませ」 スタッフルームに下がり、携帯を取り出した。彼はすぐに出てくれた。 「申し訳ございません。今朝御予約いただいたシャツなのですが、昨日から迷われていたお客様が、譲って欲しいと仰いまして。もちろんお断りしたのですが、プレゼントにどうしてもとお望みでして。もしお待ちいただけるのでしたら、一週間ほどお時間をいただけましたら、三池様のサイズに合わせて作らせていただきますが」 彼は電話口で苦笑を隠しきれずに、じゃあ、その人に譲ってあげてくださいと言ってくれた。 店に戻ると、青年は恐縮しきった表情で小さくなっている。コウキは安心させるようににっこり微笑んだ。 「注文下さったお客様へ事情をお話しましたら、譲ってもいいと仰って下さいました。こちらでよろしいですか?」 「ありがとうございます。お願いします」 その笑顔に、コウキまでもが嬉しくなる。 この人がそこまでして贈る人が、コウキの大切な子供を気に入ってくれますように。できることなら、その人がこのシャツを着たところを見てみたいと思った。 次の日、彼から電話があった。 『昨日の件ですけど、ごめんなさい。シャツをプレゼントしてもらいました。コウキさんに作っていただくお手間を取らせないですみました』 コウキはなんと返事をしたのかあまりよく覚えていない。 それだけ自分がショックだったことに、そのときはあまり自覚できなかった。 じわりと動揺が広がり、力なくその場に座り込んでいた。 目を閉じると、あのシャツを着た彼とあの青年が並んでいる姿が浮かんだ。 お似合いだなと思うと、少し笑いがこみ上げてきた。どうして笑えるのか、自分でも良くわからなかった。 恋の自覚と失恋を同時にした自分が可笑しかったのかもしれない。 けれど……。 今度はあの青年にも似合うような、二人が着て並べば映えるような、二人分のコートを作ってみたいなと思っている、案外逞しい自分に、コウキはまた笑ったのだった。
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