Drive − Date 「暑い……」どこまでも青い夏の空。 正午を過ぎ、一日の温度が最も上がり始める時間。 雲の一欠けらもないのさえ恨めしい暑さだ。 陽はそんな空を、目を細めて見上げる。 「迎えに行くのに」 ついぼやいてしまう。 出かけることに対して文句はない。 けれどいつものように来てもらうか迎えに行くと陽が言う前に、勝也はこの場所を指定してきた。しかも電車で来いと。 デートは楽しい。勝也と一緒にいたいのも、もう隠さない。 けれどまだ勝也が高校生であり、自分が彼の教師であるという事実は変わらずにあるので、できれば出かけるのなら車で移動したい。生徒たちが行かないような場所へ。 それは勝也もわきまえてくれているはずなのにと思いながら、都合があるからとここを指定されれば、じゃあやめようとは言えなかった。 それは今日が勝也の誕生日だったから。 夏生まれは、勝也に似合いだと感じてしまう。汗さえ輝くように見えるのは、やはり惚れた欲目だろうか。 よほどのことがない限り約束の時間前には来ている勝也が、今日は遅いなと思って腕時計を確かめ、駅の出口の方へ視線を移したとき、『陽』と声をかけられた。 確かに勝也の声だったと、さらに駅の出口へと首を伸ばした。 「陽、こっち」 短いクラクションと勝也の声に、駅前の道路へと首をめぐらせる。 「ここ、ここ」 見覚えのない車の窓から勝也が身を乗り出していた。窓を開けて手を振っている。 家族の誰かの車だろうかと、陽は車に近づいていって、勝也が運転席に座っているのに気づいた。 クラシックカーを思い起こさせるようなデザインのバンだが、濃紺の車はまだ真新しい。ボンネットに貼られた初心者マークが可愛らしいのは愛嬌だろうか。 「ええっ?」 「どうぞ、乗って。陽が最初の同乗者」 「って、お前、免許証」 「さっき、取ってきたところだよ」 勝也はポケットから免許証を取り出して、陽に向けて見せた。 確かに、勝也の写真が貼られてあり、勝也の免許証である。 「今日が18歳の誕生日だからね」 驚きと戸惑いで、陽は「ええ?」とか「はぁ?」とかしか言えないでいる。 「ほら、早く乗って。長く停めていると、注意される」 駅前の無断駐車はマナー違反でもあるので、陽は言われるままに慌てて車に乗り込んだ。 勝也は戸惑うこともなく、車をスタートさせる。本当に今免許を取ってきたばかりだろうかと疑うほどの上手さである。 「いつから教習所に行ってたんだよ」 驚かされた恨みで、ついそんなことを言ってしまう。本当なら、まず誕生日おめでとうと言いたかったのに。 「先月。かなりつめたからきつかったな」 「だから電話が繋がらなかったりしたんだな。しかも内緒にしやがって」 どうも忙しそうにしていると思っていたのだ。会えない時間も増えて、さすがに受験生としての自覚か、はたまたバイトなのかと思っていたのに……。 「驚かせたかったんだよ。それに、反対すると思ったし」 免許取り立ての車に乗るのは不安もあったが、すぐにそんなことも忘れた。それほど運転は上手だった。 「この車、どうしたんだ? お兄さんの誰かに借りた?」 「違うよ、俺の」 「お前の?! って、えええっ?」 「昨日納車だったんだよね」 お金はどうしたと聞きかけて、陽は口を閉じた。勝也のアルバイト代がいくらかはきちんと聞いたことはないが、あの企業で、ある程度の仕事を任されていることを考えれば、聞かないほうがいいとわかる。 自分より多かったりしたら……確実に多いだろうが……さすがに年長者としてやるせなくなる。 「お前ならスポーツカーを選びそうなイメージがあったけど」 外見はクラシックなイメージ。クルーザータイプの5ドアは勝也のイメージに似合うようで、似合わない。 「うーん、どうしても荷物を一杯積み込みたくて。これだと、リアシート全部外せば、機材一式積めるし」 確かに今は新車で、何も積み込まれていないが、この車だと勝也の作るロボットも積み込めそうである。 「なんていう車だよ」 「これ? クライスラーのPTクルーザー。日本仕様だから右ハンドルで運転しやすいよ。あとで運転してみる?」 簡単に言う勝也に苦笑してしまう。 自分の力であっさり車を買ってしまう高校生。その車を惜しげもなく貸してくれるという。 「簡単に人にハンドルを渡すなよ」 「そりゃ、陽だからだよ」 自分で言い出したことだが、特別だと言われると、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになってしまう。 「で、どこへ行く予定なんだ?」 確かめることもなく、勝也の運転に任せていたが、どこへ行こうとしているのか急に気になってしまった。 それまでは電車で移動だと思っていたので、たいして遠くへ行くとは思っていなかったのである。 「河口湖。静かな貸し別荘があるんだって」 「泊まりなら、泊まりで昨日のうちに言っとけよっ!」 「何? 心の準備がいるの?」 冗談にしてはつまらなさ過ぎる冗談に、陽は運転の邪魔にならないように勝也の頭を叩いてやった。 「なあ、ここ、本当に貸し別荘か?」 陽は星空の下、疑わしそうに勝也を睨んだ。 連れてこられたのは確かに河口湖だったが、貸し別送というよりは、個人の家のような気がした。 貸し別荘というと、幾つかロッジが並び、管理事務所で鍵を受け取るのを予想していた陽である。 「そうだよ。大体、個人の家に露天風呂はないでしょ?」 勝也の言葉通り、二人は今、別荘の露天風呂に入っている。しかもどこかから温泉を引いているらしい。 「そうだけど……」 どうもまだ信じ切れない陽に、勝也は笑って手招きした。 「誕生日の俺を寂しくさせちゃ駄目でしょ」 陽は肩をすくめて、勝也へとお湯の中を進んだ。 「おめでと」 平らな岩に腰かけた勝也の唇へ、優しいキスをする。 それだけで離れていこうとするのを許されず、頭の後ろへと手を回されて、深くキスを重ねる。 さらに肩を引き寄せられて、勝也の膝へと抱き上げられた。 お湯の中から引き上げられて、足が底につかない状態は不安定だったが、それでも強く抱きしめられるとほっとする。 「プレゼント、買ってあるのにな。泊りとは思わなかったから、部屋に置いてきたよ」 陽は勝也の頬に手を添えて、少し残念そうに呟いた。本当なら、ここで渡せられればよかったのに。泊まりだと言ってくれればちゃんと持って来たのに。 「いいよ。陽を貰えば」 去年と同じ台詞を口にする勝也に、陽は笑いそうになるのを堪えて、ちょっと怖い顔を作る。 「お前さ、そう言うけど、じゃあ今までの俺はお前のものじゃないんだな?」 「おぉぉ」 陽の反論に、勝也はわざとらしい驚きの声をあげた。 「数学の教師とは思えない切り返し。論理的だな」 「ばーか。帰納的な論理で、数学的だろ。数学において証明は重要だぞ。1マイナス1はゼロ。つまりお前は今はゼロなわけだ。毎日離れたらゼロでいいのか?」 「そうじゃない。毎日毎日加算されていくんだよ。今はね、陽でいっぱいなの」 「上手く誤魔化すなぁ」 誤魔化しじゃないよと勝也は陽の顎へと手をかける。 「毎日、毎日、いつも陽が欲しいの。今日は俺の誕生日だから、いつもより陽をたくさん頂戴」 陽は微笑みを浮かべて勝也を見上げた。月の灯りと露天風呂の周りに配置された灯篭の小さな明かりが水面をきらめかせ、陽の微笑みに淡い陰影を照らしだす。 同じ年頃の弟ばかりが可愛いとか綺麗だとか表現されるが、勝也は年上のこの人の本当の綺麗さを知っていた。 今はその美しさに幻想的な美が加わり、月も恥じ入るような美しさを匂わせている。 「俺も勝也が欲しいけどな」 綺麗な微笑みが、挑発するように勝也を見つめる。 毎日なとその囁きは直接唇へと伝えられる。 星の瞬きも、月の光も、時の流れも忘れて、互いの温もりを求めた。 勝也の愛撫に足が揺れると、ぴしゃんとお湯の跳ねる音がする。 膝の上に抱き上げられている不安定な姿勢のため、もっともっと欲しいと思う愛撫を得られない。 「んん……」 勝也の首に腕を回し、縋りつく。胸と胸をくっつけると、余計に愛撫の手は限られた場所にしかもらえない。 だからこそ、直接的な、熱いものが欲しくなっていく。 「……勝也…」 「愛してるよ、陽」 甘い睦言に、陽は首を振る。今、欲しいのは、そんな言葉じゃない。 「……ぁ、……もっと」 体を押しつけるようにして、勝也の腰を跨いで膝立ちになる。 「……陽」 呼ばれる声が熱に潤んでいる。自分も欲しがってもらえることが嬉しかった。 灼熱の楔を受け入れて、陽は背中を反らした。 お湯が揺れ、体が宙に浮いたように感じられた。 「……ぅ、……んん、……溺れ…る」 陽は勝也の肩に噛み付くように縋りついた。 「大丈夫、……掴まって」 逞しい肩に爪をたて、耳元で囁かれるが、陽は違うと呟いた。 勝也は、あぁと気づいたように、陽をぎゅっと抱きしめた。 俺も……陽に溺れてる |