奏のスーツを脱がしてみたい。
 それはいつ頃抱いた劣情だっただろうか。
 非常階段で泣いた奏。部屋で見た震える奏。レストランにきてくれた奏。テーブルを挟んで交わした会話。コンビニでの偶然の出会い。初めて奏をみた時に感じた電撃。
 時を遡って、どの奏を思い浮かべてみても、その時にはもう奏を好きだったように思う。
 ならば、もう写真を見たときに捕らわれていたとしか思えなかった。
 男のネクタイを外すという行為は、一番エロティシズムを感じさせるものかもしれない。
 タイトな企業戦士が、魅惑的な恋人に変わる瞬間。
 衣擦れの音を響かせてネクタイを引き抜くと、その一瞬だけ奏が不安そうに皓介を見つめた。
「俺も緊張してる」
 皓介は小さく笑って、ネクタイを後手に放り投げ、奏に口接けた。
 優しいキスと深いキス。唇を吸い、舌を絡めると、奏の両手が皓介の背中に回される。
 キスを繰り返しながらシャツのボタンを外していく。
 出会って五日目。けれど、その五日間の時の流れよりも恋に落ちるスピードの方が速かった。
 奏も同じ速さで落ちてくれたことが嬉しかった。
 合わせた唇を噛むように吸いながら、現れた肌に手のひらを這わせていく。
「ん……」
 奏が喉の奥を鳴らせた。
 その密やかな響きが、皓介の脳の中心を刺激する。
 性急過ぎるほどに急いで奏の衣服を剥ぎ取った。
「これで、奏さんは、ヴィーハイヴのコンシェルジュじゃなくなったね」
 皓介はベッドの上に座り、寝ている奏を見下ろした。
「君も、早く、ジルウェットの息子じゃなくなって」
 奏の願いに皓介は頷いて、掛けていただけのネクタイを引き抜き、シャツもスラックスも脱ぎ捨てた。
 ゆっくりと身体を倒していく。
 合わさっていく体と体。体温を確かめ合っていく肌と肌。
 甘い吐息が二人の間で距離を失くす。
「奏さん……」
「……んっ」
 白く滑らかな肌。今までにも女性と付き合ったこともあるが、彼女たちよりも奏の肌は柔らかく、皓介は手を離せない気持ちになっていた。
 その肌の中にある小さな突起。その二つを指先で押すようにこねる。
「……っぁ」
 驚いたように奏が背中を撓らせる。
「可愛いね」
 皓介は奏の反応を楽しみながら、その小さな飾りに唇を寄せた。
「あぁっ……」
 身体を捩って逃げようとするのを抱きしめて引き寄せる。
「ん……皓介くん…」
 奏は無意識のうちに皓介の名前を呼んでいた。
 肌の柔らかさを味わいながら、皓介は手を滑らせていく。
 薄い叢を指先でかきわけて、硬くなり始めた奏を包むように握った。
「……そこは……っ」
 恥ずかしさから閉じようとする足を足で押さえ込み、手の中で揉みながら擦っていく。
 目尻に涙を滲ませて、奏は首を激しく振った。
「感じて……気持ちよくなって……。奏さん」
 囁きながら目尻にキスをし、手の動きを強く早くする。
「こう……すけくん……」
 ぎゅっとしがみつかれると、愛しさが増していく。
 まだこんなにも奏を好きになっていく。もう十分すぎるほど好きだと思っていたのに。
「奏さん、大好き」
 年下とは思えない行為をしておきながら、子供のように言う皓介に、奏は快感の中で優しい気持ちが混じり、熱い息を吐きながら微笑んだ。
「奏さん、綺麗……」
「きみは……かっこいい」
 お礼の代わりに口接ける。合わさる舌の熱さにお互いの気持ちを知る。
「俺のも、触って」
 自分の身体が興奮し、堪え切れないほどに猛っている。それを感じながら、ねだるように言うと、奏はそっと手を伸ばしてくれた。
 緊張からか少し冷たい手が皓介の熱に触れる。
 一段と質量を増したそれに、奏は驚くように手を引いた。
「奏さん……」
 皓介は逃げる奏に腰を押し付けた。
 舌を絡ませながらキスをすると、覚悟を決めたのか奏は皓介の昂ぶりを握りこんだ。
「一緒にいこう……」
 皓介は奏を強めに握りしめ、手を上下させる。自分も腰を揺らし、快感を追い求める。
「んっ……んん」
「……はっ」
 二人の熱い息が混じる。
「奏さん……感じて……」
 気持ちよくなって欲しい。二人の気持ちを確かめ合うような行為だから、一方的なのは嫌だ。
 皓介を受け入れるという痛みを味わうことになる奏に、もっともっと気持ちよくなって欲しかった。
「ああ……皓介……くん……、ぁ、も、もう……」
 握りしめた熱い塊の先端から温い雫が溢れてくる。
「いって……奏さん。……だして……」
「……っや……、ああぁん」
 びくりと腰を震わせて、奏は皓介の手の中に、熱い雫を迸らせた。
 奏の手もいつしか皓介から離れていた。
 皓介は微笑んで荒い息を繰り返す奏に、息の邪魔をしないようにゆっくりと口接けた。合わせるだけのキスは、鎮めたはずの熱をまた少しずつ上げていく。
 奏の舌が皓介のキスに答え始めた頃、皓介は濡れた手を奏の後へと伸ばした。
「あっ……」
 驚いて腰を引く奏に、キスをしながら「嫌?」と聞く。
「……わからない」
 不安そうに皓介を見る奏に、大丈夫だと微笑んでやる。
「嫌だったらやめる。だから、もう少し進ませて」
 迷うのはかわいそうだと感じたのか、奏は小さく頷いた。
 先ほど感じた皓介の熱がまだ手の中に感じられるほどだ。それを嫌だと撥ね退けられなかった。何より、奏も皓介を感じたかった。
 皓介は奏が頷いてくれたので、優しく微笑んで、指の動きを再開させる。
「目を閉じて……気持ちいいことだけ……感じてて」
 優しい呪文のように繰り返す。
 硬く締まっていた蕾は少しずつ柔らかくなっていく。
 皓介はゆっくりと人差し指の先を潜り込ませた。
「……っあ……っだめ…」
「奏さん……」
 痛みから言っているのではなさそうで、皓介は徐々に指を埋め込んでいく。
 抜き差ししながらの指は、奏の中へと沈んでいく。
 一本目が入る頃には、強い抵抗はなくなっていた。
 それを回してほぐしながら、また一本指を増やす。
「……んんっ、……ああっ……っや」
 ひっきりなしに漏れる奏の声に、皓介は痛いほど張りつめる自分を感じていた。
「奏さん、ゆっくり息を吐いて……、俺、そんなにもちそうにない」
 奏が唇を開いて、皓介の言うように息を吐こうとしている。
 その艶かしい表情に皓介は首を振って意識を少しだけ逸らし、指をゆっくり引き抜いて、自分を捻じ込むように入れていく。
「っぁああっ……、だめっ……っんんんっ」
 奏は痛みからか新たな涙をこぼす。
「奏さん……息、吐いて……きつい……」
 嫌だったら止めるという約束はもう守れそうになかった。
 奏が痛みを堪え、息を吐こうとする表情にも興奮する。
「奏さん……」
 引き抜き、押し込みと繰り返しながら、皓介はすべてを奏の中へと埋め込んだ。
「奏さん……愛してる…」
 熱い息を吐き出す唇にキスすると、奏は涙で濡れた目に、優しい笑みを滲ませた。
「すぐに済ませる……っていうか、もういきそう……」
 皓介は奏の頬にキスをして腰を揺らせた。
「っんんっ……っあ」
 奏も痛みの中に快感を見つけたのか、淡い声を漏らし始める。
「奏……さ…ん」
 きゅっと締まる熱い壁と、それまでの快感とで、皓介は奏の中に熱い迸りを放った。
「皓介……くん」
 奏は皓介の頬を両手で挟む。
「辛くない?」
 奏の鼻の頭にキスをして、皓介は労わるように尋ねる。
「辛いけど……嬉しい」
 皓介を身体全部で感じた。そんな気分だった。
「俺は……ものすごく、嬉しい」
 正直な感想に奏は微笑み、二人は何度もキスを重ねた。


 車の荷台から椅子を降ろす。
 数は二つ。
 せっかくだからと、揃いの物を買い直した。
 皓介は前から目をつけていた売り場の中の椅子を買った。もちろん従業員販売割引で安くしてもらった。
 奏が元々持っていた一つきりの椅子は、皓介が自分の部屋用にと貰うことにした。
「この椅子、ほんと、座り心地いいよ、奏さん。背もたれの角度が絶妙」
 本当に嬉しそうに皓介が言うので、奏も嬉しくなって笑ってしまう。
 明日から、奏はジルウェットに移る。
 もちろんコンシェルジュとして。
 他のメンバーとの顔合わせも済ませた。みんな優しそうで、前任の主任の仕込みなら間違いがないと、ライバルホテルから来る奏なのに、歓迎してくれる。
 皓介はそのままデパートの家具売り場でアルバイトを続け、大学の卒業を待ってジルウェットに入ることとなった。
 佐伯社長は、予定通り奏を手に入れ、独立したがっていた末息子を取り込んだ。そのことに少し抵抗のあった皓介だが、お前は結婚しなくていい、美土里の相手も別に見つけると言われれば、抵抗感など吹き飛んだ。
 そして……、奏の部屋に椅子を運ぶこととなった。
「いくら座り心地が良くても、君が座ったら壊れないかなぁ」
 綺麗な細い脚。少しカーブしている椅子の脚は、少しばかり頼りなく見える。
「大丈夫。売り場にある時から、何度も座ってる」
 皓介の自信満々の返事に、奏はますます笑う。
「早く運ぼうよ。奏さん」
 部屋に行かなけりゃ、キスできないでしょ。と皓介は奏に囁いた。
 皓介が囁こうすれば、奏に覆い被さるようになる。
「君といると、いつも青空を見ることになる」
 背の高い皓介に、奏はぼやくように呟く。
 けれど、本当は全然嫌じゃない。青空に輝く太陽。それはとても皓介らしい。
「俺の青空はね、奏さんの瞳の中にあるよ」
 皓介も奏を見つめた。
 目と目が合う。皓介の笑顔の向こうに青空。奏の中に青空。
 二つの青空はやがて一つになり、見えなくなった。




おわり