Star Festival
 


 玄関のドアを開けるなり、聡寿は一歩さがってしまった。
 聡寿の帰りを出迎えてくれたのは、太陽のような恋人の笑顔ではなく、細い葉をいっぱいにつけた大振りの笹の枝だった。
「な、なに、これ」
 聡寿は戸惑いながらも葉を掻き分けて玄関を通り過ぎる。
「あ、おかえり、聡寿」
 聡寿の帰宅に気づくのが遅れたのは、真央がシャワーを浴びていたかららしい。腰にバスタオルを巻いただけの姿で廊下の奥から歩いてくる。
「あっ、髪、乾かしてないだろう。雫が滴ってるじゃないか」
「後で拭くよ」
 聡寿が顔を顰めるのに、真央は申し訳なさそうに笑って、聡寿を抱きしめた。
「おかえり」
「あの笹、どうしたんだ」
 唇に降りてこようとするキスを遮って、聡寿は真央を睨みつける。
「帰りに花屋さんで買ってきたの。明日、七夕だろう?」
「…………もしかして、短冊をつけて飾るとか?」
「そのつもりだけど、駄目?」
 キラキラした瞳が聡寿を覗き込む。
「どこに飾るつもりだよ」
「ベランダ。ここからだときっと良く見えるよ」
 誰に、と聞こうとしたが、真央の答えがわかってしまうので、質問は取り消すことにした。
「頑張れば」
 あえて反対しないことで、聡寿は自分は乗り気でないことを表明したつもりだった。
「聡寿も書くんだぞ」
「あほな」
「絶対書かせるからな」
 無理強いなどしたことのない真央が、何故か強硬に言い張りそうな雰囲気に、聡寿は表情を曇らせる。
「…………願い事なんて、ないけどな」
「えー、何もない?」
「早くパジャマを着ろよ」
 しつこく七夕祭りに参加させようとする真央に少なからずうんざりして、遠ざけるようなことを言ってしまう。
「じゃあ、これな。何か書いといて」
「だから、僕は……」
 短冊とペンを渡して、真央はタオルで頭をごしごしと拭きながら、自分の部屋へと消える。
 取り残された聡寿は、細長い紙を見つめて溜め息をつく。
「何を書けっていうんだよ……」
 テーブルの上には他に、セットで買ったのか、いろんな色、いろんな形の飾りが広がっている。
「何がそんなに楽しいんだろう」
 いい年をした大人が、と思ってしまう。
「楽しいよ。恋人たちの祭りだろう」
 まだ髪は半乾きのままで、真央は聡寿のうしろに立った。
「一年に一度しか会えないけれどな」
「それが羨ましかった時があるんだよ」
「…………真央」
 その言葉の想いは、聡寿にもよくわかった。しばらく考えて、聡寿は唇に悪戯な笑みを浮かべ、短冊にさらさらと願い事を書いた。
「そ、聡寿!」
 くすっと笑って、聡寿は玄関へと向かう。慌てる真央に阻止されないように、腕で短冊を庇いながら、枝に結びつけた。
「そーじゅー」
「外したりしたら許さないからな」
「なっ……、だってさ」
 きつい口調とは反対の聡寿の楽しそうな笑顔に、真央は短冊を外すことを諦める。
 笹を持ち出して、ベランダの柵に結わえつける。
 笹は夜風にふわりとその飾りを揺らせた。
 結局、真央は自分の願いを書かなかった。
 今、こうして、二人で、同じ場所で空を眺められること。それ以外に真央の望みなどない。
 昔、逢いたいと、ただ逢いたいと願ったあの日。それ以上の願いを叶えてくれた星たちを眺める。
 ありがとうと感謝の気持ちを込めて。
「綺麗な月が出てる」
「うん」
 肩を抱き寄せると、聡寿がもたれてくる。
「来年も、……そのまた次も、……ずっとずっと、こうして飾ろうよ」
 駄目だという反論は聞こえてこず、真央は細い身体を強く抱きしめる。
 いつまでも、いつまでも。
 こうして二人でいられますように。紙には書かなかった願いを二人、そっと星に願って……。