歳月
 


−Q− −あなたは時間の大切さを何に強く感じますか?−

 業界紙の若手建築家への50の質問という用紙に答えながら、真央は唸り声を上げて眉間に皺を深く刻む。
 最初は名前や所属、簡単なプロフィールなどが続き、仕事に対する質問が続いていたので、軽く考えていたのだが、残りの問題が少なくなるに従って、質問は抽象的になり、答えにくいことばかりになってきていた。
 無難に答えを書けばいいのだろうが、他の若手建築家がどのように答えるのかを意識してしまい、あまりお馬鹿な答えも書けないなと悩んでしまう。
「倉持さん、これ、なんて答えればいい?」
 とうとう考えるのに疲れてしまい、秘書である倉持に甘える。
「締め切りだとか納期だとか、正直に答えられてはいかがですか?」
「それって、もしかして嫌味?」
「もしかしなくても嫌味です」
 差し迫った締め切りが二つ。それが無事に過ぎても、近い納期のものが三つ。
 この不景気にありがたいことなのだが、真央はこっそり、もう少し暇なら嬉しいと思っていたりする。
 倉持の嫌味に撃沈して、真央は問題用紙を横に滑らせる。
「この締め切りはとりあえず、週明けだから」
 倉持の冷たい視線に、真央は乾いた笑いで答える。
「そうしたまた、ご自分を厳しい状況へ追い込まれるわけですね。ご立派です」
「うっ」
 言葉に詰り、真央は恨めしそうに倉持を見上げる。
「倉持さん、そろそろ結婚したら? 最近かなりきついよ?」
「余計なお世話です」
 真央の嫌味返しはまったく通じず、更に冷たくあしらわれ、真央はそそくさと仕事へ戻る。
「がんばろうっと」
 子供のような真央の態度に、倉持は微苦笑を隠す。
 真央の仕事を最も信頼しているのは倉持だ。
 ぎりぎりにならないと仕上がらないのは、クオリティの高さを追求するあまり、それまで何度でもやり直したり、検討を繰り返すからで、倉持こそもう少し真央が手抜きをすればいいのにと、働きすぎの室長を心配していた。
 だから早く仕上げろと急かしてしまうのかもしれない。
 CADに真剣な顔で見入る真央を見届けて、倉持は自分もまた仕事へ戻った。

「ただいまぁ」
 マンションへ帰るとまだ聡寿は戻っておらず、真央は一人で食事を済ませ、シャワーを浴びた。
 時計を見ると、そろそろ聡寿が帰ってくる時間だなと、わくわくと気持ちが高鳴る。
 エレベーターが上がってくる音が聞こえないだろうか、足音が聞こえないだろうかと、真央は耳を澄ます。
 できれば送ってくる門田の車の音が聞こえればいいのにと思う。
 そうすれば玄関まで迎えにいけるのに。
 真央はビールを飲みながら、目を閉じ、外の音に意識を集中させていった。

「真央、ほら、風邪を引く」
 トントンと肩を叩かれ、真央ははっと目を覚ました。
「あ……、おかえり、聡寿」
 真央は慌てて立ち上がる。
「ご飯食べてきたか? 風呂は?」
「済ませてきた。もう寝るよ」
 聡寿は言いながら、肩から羽織、着物、襦袢と落としていく。
「こら」
 パジャマを着ようとする聡寿を後ろから抱きしめた。
「今夜はだめ。もう眠い」
 うなじに息を吹きかける真央からそっと身を離そうとする。
「うん。こうして抱きしめるだけ。な?」
 くすりと聡寿の忍び笑う気配がして、真央はゆったりと抱きしめ直す。
「聡寿さ、時間の大切さって、どんなときに感じる?」
 真央は午後から頭を悩ませた問題を聡寿に投げかけた。
「時間の大切さ?」
 問い直す聡寿に、真央はうんと頷いた。そのついでに甘い香りを吸い込む。
「で、真央はなんて答えたんだ?」
「悩んでいるところ」
「ふーん。離せって。着替えられないだろう」
「このまま裸で寝ればいいじゃない……いてっ」
 聡寿に後ろ手で小突かれ、真央は渋々手を離した。
「その答え、変なこと書いたらしばらく別居」
「えええっ!」
 聡寿の爆弾発言に真央は叫び声を上げる。
「な、なんて答えて欲しい?」
「真央が自分で考えないとだめ」
「うううう」
 真央は新たに深い悩みを抱え、聡寿を抱きしめながらも、寝苦しい一夜を過ごした。

−Q− −あなたは時間の大切さを何に強く感じますか?−
−A− −永遠という言葉−


 それだけを信じて過ごした七年の歳月。
 それに勝る大切な時間はない。
 今二人があるのは、その時間を諦めずに過ごしたから。
 後日、こうして真央は聡寿に別居されることなく、難関を乗り切った。