ホワイトデイには……

 
 東郷隼人はガラスケースの前で唸っていた。
 明日はホワイトデイ。一ヶ月前のバレンタインに隼人は恋人の織原舜からチョコレートを貰った。
 それはもう、『まさか、自分で買ったの?』と問いたくなるような、立派なバレンタイン仕様のチョコレートで、女性たちに混じって舜が買ったのかと、隼人はしばらくチョコを持ったまま考え込んでしまった。
 おそるおそる舜に尋ねると、『もちろん、僕が買ったんだよ?』とあっけらかんと言われてしまって、隼人は乾いた笑いを浮かべてしまったのだが。
 そしてやはり、『お返し』を、と考えて色んな所を見て回っているのだが……。
 飾られているものは当然と言うべきか、これでもかー!というほど可愛らしくラッピングされており、いかにも女性が貰って喜ぶように飾られている。
 これを買うのはいい。だが、それを舜にプレゼントして、はたして喜んでもらえるだろうか?と考えて、隼人は頭を抱え込んでしまうのである。
 舜は綺麗で繊細な容姿だが、実はシンプルなものが好きである。色も原色やはっきりした色よりも、淡い色を好む。
 コロンはつけているが、装飾品といったものには一切興味がないらしい。
 だから……。隼人はこんな派手なものを買う気持ちにはなれなかった。
「おきまりですかー?」
 ガラスケースの向こうから、可愛い制服を着た店員がにこやかに声をかけてきたが、隼人は曖昧に首を振って、その場を離れた。
「……何がいいかな」
 大勢の客で狭くなったデパートの通路を歩きながら、隼人は溜め息をつく。
 結局、何と決められずに隼人はエスカレーターに乗る。
 今晩にでも電話をして、直接何が欲しいのか聞いてみようかと考える。
 舜が喜ぶ物をあげたい。だから、聞くのも悪くないと思い直して、隼人はデパートの出口へと足早に向かう。
「えー、これがいいー。これ、買ってよー」
 1階の出口に近いアクセサリー売り場で、隼人とそう変わらない年齢のカップルが、熱心にケースの中を覗きこんでいた。
 女の子は彼氏にべったりと身体を摺り寄せ、一つの指輪をねだっていた。
「だって、お前、これ、高いよ」
「いいじゃーん。弘司はバイトしてるでしょー? 私はママがバイトさせてくんないんだよ。少ないお小遣いの中から、あーんなに美味しいチョコ、あげたじゃーん。ね? ね? これ、これほしいー」
 女性店員が苦笑いしながらも、彼女の欲しがる指輪をケースから取り出している。
 ……大変だな。
 隼人は肩を竦め、二人のうしろをすり抜ける。
 舜なら、あんなねだり方はしない。むしろ、さっき隼人が悩んでいたチョコでも、喜んで受け取ってくれるだろう。
 そして極上の笑みで隼人にお礼を言ってくれる。
 だからこそ、隼人はもっともっと舜を喜ばせたくなるのだ。
 舜が驚くほど嬉しいと思うものをあげたい。
 具体的にその品物を思いつかない自分が腹立たしかった。何がいいかも思いつかず、隼人はデパートを出た。
 三月とはいえ、まだ冷たい風が吹き抜けていく。思わずコートの衿を合わせてしまうほどに。駅ビルに駆け込もうとして、隼人はふとある物に目を奪われた。
 露天でアクセサリーを売っているその店で、隼人は足を止めた。もう冷たい風も気にならなかった……。
 
 
「いらっしゃい」
 学校は学年末のテスト休みで、進級の判定会議や職員研修のため、修了式が終わるまでは、登校してはいけない日も多く、ホワイトデイの日もクラブ活動もできない。
 そんな自由な時間に、隼人は舜の自宅を尋ねた。
 私服の舜はざっくりしたブルーグレーのセーターとジーンズ姿で隼人を出迎えてくれた。セーターから覗く細い首に触れたいという欲望を押し隠し、隼人は舜の部屋へと入れてもらった。
「学校がないとつまんないよね」
 舜が熱いコーヒーを運んできて、ラグの上に座っている隼人の隣に腰を下ろす。そしてそのまま、隼人の肩に頭を乗せる。
「舜、これ……。気に入ってもらえるかわかんないけど」
 隼人は上着のポケットから小さな包みを取り出した。
「これ?」
「えっとさ、バレンタインのお返し」
「ほんと? 嬉しいな」
 舜は綺麗な微笑を浮かべて隼人を見た。
「ありがとう隼人。開けてもいい?」
 隼人は舜の笑顔に見蕩れながら、うんと頷いた。
 舜はにこにこしながら、細く長い指で、丁寧に包装をほどいていった。もともと小さな包みなので、すぐにそれは姿を見せた。
「……きれい」
 透明のケースから舜はそれを取り出した。
 銀製の天使。羽根を広げ、天を仰いでいる。両手を胸で合わせている。その手は小さな卵の形をしたムーンストーンを包み込んでいる。
 決して精巧な造りでもなく、名のある作家のものでもなかった。値段にすれば、あの女の子がねだっていた指輪の10分の1にもならないかもしれない。
 けれど、天使の表情やムーンストーンの美しさが隼人の目を引いた。
 そう、その天使がどこか舜に似ていると思ったのだ。
「これは携帯のストラップ?」
 天使の身体と同じ銀色の細いチェーンが繋がっている。
「舜、携帯に何もつけてないから」
「ありがとう、隼人。大切にする」
 にこりと笑った隼人は、天使を握りしめ、隼人の首に手を回した。
「舜?」
 隼人は舜の細い身体を抱きしめた。
「隼人、大好き」
 頬に柔らかい息がかかり、囁きと共に唇が触れた。
「俺も、大好きだよ」
 舜の頬にキスを返し、隼人はゆっくりとラグの上に押し倒した。
 見つめあい、微笑みあった。
 隼人が顔を近づけると、舜はその綺麗な瞳をゆっくりと閉じる。そっと唇を触れ合わせ、舜の頬に触れた。
「……はやと…」
 唇と唇の間から、舜の吐息がもれる。
 深く唇を合わせ、舜のセーターの中へと手を忍び込ませる。
 ぎゅっとしがみついてくる舜の耳や喉にキスを落とし、手で探り当てた密やかな飾りを指先で撫でる。
「ん……」
 びくりと震える身体を抱きしめ、舜からセーターを奪う。
「寒くない?」
 春の陽射しは暖かく、部屋にヒーターを入れていなかったので、細い身体が露わになると寒くないかと心配になってしまう。
「隼人が暖めて」
 今は離れたくないと、舜は隼人にしがみつく腕に力をこめる。
「うん」
 隼人は暖めるように、舜の胸に手を這わせる。
「……隼人」
 潤んだ瞳に見つめられ、隼人は自身の身体も熱くしながら、愛しい人をきつく抱きしめた。