Next Christmas.







 ××× Next Christmas×××

 一年前、俺は復讐に失敗した。
 両親と幸せな家を劫火に包んだ憎い男。
 まだ子供だった俺は、必死で手を伸ばした。
 あの時は両親を助けたかった。小さな手は届かず、俺だけが生き残ってしまった。
 今思えば、俺は両親と一緒に逝きたくて、手を伸ばしていたのではないだろうか。
 父も、母も、俺に手を差し伸べてはくれなかった。
 出口を指差し、早く行けと、手を振って。
 炎に全てを焼かれ、俺は復讐を誓った。
 届かなかった手で、あの男を殺すと。

 だが、俺は失敗した。
 一人の少年に、二度も阻止されてしまった。
 一度は偶然に。
 そしてもう一度は、必死の努力の成果で。

 あれから一年が経った。
 この一年はとても長く、そしてとても早く過ぎた。

 あの男の被害者たちは本当に団結し、組織として活動を始めた。
 竜之介によって俺はその代表となり、刑事告訴した。
 一人一人の証拠は少なくても、被害者たちが集まれば、複合的に確実な証拠も出てきたし、内部告発者も現れて、殺人犯や殺人教唆で起訴されることは確実となりそうだった。
 贈収賄事件の関係者が殺人事件で告訴されたことは世間の注目を浴びた。
 あの男が社会的に抹殺されたことは疑いようもなく、山田刑事によれば、酷く気落ちしていて、自白も取れるのではないかという話だ。

 俺自身はカウベルに一室を借り、昼は建築現場で働きながら、夜はカウベルの手伝いをし、資金を貯めて資格を取る勉強を始めた。
 どうせ殺人事件の犯人になるのだからと、目標も持たずにその日を生きてきた俺だったが、建築現場で働きながら、人の住む家を建てるというのも悪くないなと思い始めていたのだ。
 学歴もないので、何もかも一から始めなくてはならないから、何度も投げ出しそうになったが、おれを支えてくれる人がいたから、なんとか続けられている。
 そう、竜之介だ。

 竜之介も西脇夫妻の元で手伝いをしながら、夜間高校に通い始めた。
 高校を卒業すれば、調理師の専門学校に通うのだと張り切っている。
 パティシエになって、西脇さんの店をもっと大きくするのが目標なのだと言っている。
 竜之介ならやれるだろう。

 落ち着いた生活を始めて、俺は竜之介の言っていた本当の復讐の意味を知った。
 俺たちは目標を持ち、毎日が楽しく過ぎていく。
 生活は苦しく、贅沢もできないけれど、笑顔で過ごすことの素晴らしさを知ることができた。
 あの男の贈収賄事件での裁判が始まり、一度だけ傍聴に行った。
 見る影も亡くなった男の姿を見て、俺は自分の今の幸せがとても貴重なのだと知った。

 街にクリスマスソングが流れ始めた頃、俺はようやく居候を卒業する目処が立ち、一人暮らしの部屋を借りることができた。
 カウベルに厄介になるときも、部屋を借りるときも、竜之介は自分のところへ来ればいいと言ってくれたのだが、俺はそれを善しとしなかった。
 自分が俺の邪魔をしたからだと沈んでいたが、感謝をしているからこそ、俺は竜之介の世話になりたくなかったのだ。
 せめて対等な立場でいたいと必死だったのだ。

 部屋を借りて一週間。
 クリスマスイヴの夜は当然竜之介は忙しく、俺もカウベルの手伝いをした。
「イヴは別に大切な日じゃないですから」
 竜之介は明るく笑う。クリスチャンでもないから、クリスマスは店のほうが大切だと言った。
 竜之介はよく笑うようになった。
 俺はそれが本当に嬉しかった。
 あの日、俺が復讐を遂げていたら、竜之介は俺のために泣いただろう。
 そうならなくて良かった。

 クリスマスの日、俺ははじめて竜之介を自分の部屋に招待した。
 狭い1DKの部屋だけれど、今はここが精一杯だ。でもようやく落ち着ける場所を得られたので、俺はとても嬉しく、気分も高揚していた。
「綺麗ですね、太郎さんの部屋」
 結局、竜之介は俺のことを太郎さんと呼ぶままだ。
 俺もそれが自然のような気がして、訂正させたりしなかった。
「綺麗って、まだ何もないだけだろ」
 必要最小限の家電や家具は、あちこちから貰ったものや、リサイクルショップで手に入れた。
 寒さをしのげればそれでいい。
 俺の身の丈にふさわしい場所だと思う。
「太郎さん、誕生日おめでとうございます」
 竜之介は俺に誕生日のプレゼントをくれる。
 去年は手袋だった。今も大切に使っている。
「開けてもいいか」
「もちろんです」
 竜之介の目の前でプレゼントを開ける。中身は紺色のセーターだった。
「ありがとう、竜之介」
 俺は竜之介の目の前でそれを着た。
「似合うか?」
「はい!」
 ニコニコと嬉しそうな竜之介に、俺も買っておいたプレゼントを渡した。
「俺からクリスマスプレゼント」
 竜之介はとても驚いて、眼鏡の向こうで目を見開いている。
「僕……、プレゼント買ってないです」
「今貰っただろ?」
「それは誕生日プレゼントです」
 どちらでも嬉しいのだが、何かが違うらしい。
「俺はいつも、誕生日とクリスマスプレゼントを一緒に貰ってきたから、一緒でいいよ」
「でもー」
 納得できないように悩む竜之介に、プレゼントは嬉しくないのかと問うと、慌てて首を振って受け取ってくれた。
 竜之介はとても嬉しそうにプレゼントを解いた。
「あんま、金かけてなくて、悪いと思ったんだけどさ」
 仕事の合間に木材を彫り、手刀で作った眼鏡ケースだ。
 竜之介の名前とコックさんのイラストも模様で彫った。コックと入っても、泡立てを握っているパティシエだ。
「すごいです! 太郎さんが作ってくれたんですか?」
 想像していた以上に感激してくれて、竜之介は眼鏡を外してケースに入れている。
「ぴったりです」
 眼鏡を外した竜之介の手から、眼鏡ケースを取り上げた。
「太郎さん?」
 視界がぼやけたせいか、目を細めて竜之介が不安そうに俺を呼んだ。
「もう一つ受け取って欲しいんだ」
 眼鏡ケースをテーブルの上に置き、俺は竜之介の手をとった。
「もう、僕、これだけですごく嬉しいんですけど」
 戸惑う竜之介の手の平に、俺はポケットから取り出したものを乗せた。
「これ……?」
 手の平に乗せられた銀色の鍵。よく見えないのか、顔に近づけた竜之介は、不思議そうに俺を見た。
 俺は高鳴る気持ちのままに、俺を見つめる竜之介の身体を抱きしめた。
「竜之介」
「はい」
「……お前が大切なんだ。……ずっと、傍にいて欲しいんだ」
「僕も……太郎さんと一緒にいたいですよ?」
 その言葉の意味は、俺とイコールなのだろうか。
「竜之介が好きなんだ。恋人として、一緒にいて欲しいんだぞ。いいのか?」
 はっと息を呑む音。
 竜之介は俺を慕ってくれているようだけれど、それはどんな意味があるのだろうか。
 一年間、悩み続けた答えを、俺は今、聞こうとしている。
「太郎さん……」
「合鍵を使って、俺のところへ来て欲しいんだ」
「……太郎さん」
 竜之介の声が涙で潤む。
「嫌か?」
 嫌がる顔を見たくなくて、俺は竜之介を抱きしめたままだ。
 その腕の中で、竜之介は頭を振った。
「嫌じゃ……ないです」
 太郎さんと名前を呼ばれて、俺は更に強く抱きしめた。
「好きだよ、竜之介」
「太郎さん……太郎さん……」
 竜之介は泣きながら何度も俺の名前を呼んだ。
 俺はキスをしたいと思いつつ、苦笑しながら少しだけ身体を離し、指先で竜之介の涙を拭いてやる。
「大切なセーターなんだから、汚すなよ」
「だって……太郎さんがー」
 また新たな涙を零す。
「怒ってないって。嬉しいんだよ」
 側にあったティッシュをとり、顔を拭いてやった。
「竜之介は? 俺のこと、好きか?」
 ひっくとしゃくりあげて、竜之介は頷いた。
「僕は最初からずっと、太郎さんが大好きでした」
 嬉しい言葉を告げてくれた唇に、俺は自分の唇を重ねた。
 竜之介はまた泣き始める。
 初めてのキスはやっぱり涙の味がした。