×××2007年 霜月×××

 永邦物産強制捜査のニュース画面を彼は見入った。
 ビルの前には捜査官と思しき人物たちと報道陣で大騒ぎになっている。
「おい……やばいぜ」
 ぴくぴくと目元を痙攣させて、彼は食い入るようにニュースを見ている。あの男はまだ放送では捕らえられていないが、画面の端に社長として写真と名前が出ている。
「逮捕されるんだろうか」
 身柄を拘束されれば、彼にはもう手の出しようがない。
「大体こういった場合は、すぐには逮捕されないが、任意の事情聴取やら証拠隠滅を恐れて監視はつくだろうな」
 殺せない……。
 あのどす黒い腹にナイフを突き立てたいのに。
 笑いながら命の消えていくのを見届けてやりたいと思っていたのに。
「逮捕されたら……どれくらい実刑がつくんだろうか」
 何年? あと何年、この憎しみを抱き続けなければならないのだろうか。
 手を握りしめる。
 拳がブルブル震えた。
「さぁ……たいしてつかないだろうから……五年ってとこか?」
「そんなに……」
 今の彼にとって、五年は長かった。
 あの失敗から約一年。この一年は本当に長かった。
 憎しみを抱きながら普通の生活を送り、あの男を見失わないように、耐え続けた日々。
 何度も挫けそうになった。
 挫けそうになった原因に、彼は一人の少年を思い浮かべた。
 竜之介の屈託のない笑顔。その笑顔に、自分の中の憎しみが癒されそうになる。
 それを自分で許せなくて、憎悪と悔恨の中に自己喪失の恐怖が付きまとったのだ。
「様子を……見てくる」
「待て。やばいぜ、それは」
 マスターが止めるが、彼は店を飛び出してしまった。
「あの子に教えてやるべきだろうか……?」
 こんな報道がなければ、迷わずに報せていただろう。だが、今の状況はあまりにも彼に過酷だった。
 とても冷静ではいられないだろう。彼が憎しみの行き所を失い、それが一年前の失敗のせいだと責任をあの子に転嫁しないかと、それが心配になったのだ。

 彼はその後二日ほど姿を見せなかった。
 捜査は続いているが、ニュースのほうは永邦物産よりも、そこから賄賂を受け取っていたとされる、国会議員や官僚のほうへと対象が向けられていて、彼が知りたがっている永邦物産社長のことはあまり触れられていない。
 竜之介からは最初のニュースの夜に電話がかかってきた。
 とても驚いているようで、太郎さんはこのことを知っているんでしょうかと心配していた。
 知っている、ここに来たとは、やはり言ってやれなかった。
 彼はカウベルの音を響かせて店に入ってきた。
「何かわかったか?」
 酷く疲れた様子の彼に、マスターは熱いコーヒーを入れてやり、作ってあったオープンサンドも出してやった。
「上で少し寝ていくか?」
 彼はむしゃぶりつくようにサンドイッチを食べながら首を振る。
「あいつはこの二日、朝から晩まで事情聴取を受けているらしい。行きも帰りもぴったりと捜査員が張り付いていて、とても手が出せるような状態じゃなかった」
 忌々しげに吐き捨てる言葉に、慰める台詞はとても少ない。
「叩けばいくらでも埃が出る奴だ。きっと今までの悪事も表面に出てくる。なんなら密告するっていうのはどうだ?」
 もうお前の手を汚すな。その意味をこめて説得する。
「証拠がない。時効もある。…………それに、俺はあいつに罪を償って欲しいんじゃ……ない」
 そんなことで納得できるなら、ここまで引きずってはいない。
「だがな……」
 カラランとカウベルの音がする。
「すみません、まだ開店前で……」
 ドアを開けた空間に細い影が立っていた。
 言葉を途切れさせたマスターに、彼も不審そうにドアを見て、驚きに顔を強張らせる。。
「太郎さん……」
 同じようにとてもビックリしたように目を大きく見開いて、竜之介が立っていた。




 ×××2007年 木枯らし×××

「太郎さん……」
 竜之介が近づいてこようとしたが、彼はさっと席を立って、ドアを出て行こうとした。
「待ってください! 太郎さん!」
 横をすり抜ける時、竜之介が腕を掴んで引きとめようとした。
 腕を振り払い、店を出る。
「太郎さん、お願いです。待ってください」
 彼はバイクにキーを差し込み、シートを上げてヘルメットを取り出し、荷物を放り込む。
「太郎さん。僕の話を聞いてください」
 顔を見ようとしない彼に、竜之介は必死で縋りつく。
 道をいく人が胡散臭げに見てくるが、竜之介は自分のことに必死で気がついていないし、彼はもう二度とここには来ないつもりだったので、どうでも良くなっていた。
 キーを回し、ペダルを踏む。古いバイクなので、エンジンをスタートボタンで押すなどという便利なものはついていなかった。
 走ればいい。今ここから、遠くに行ければそれでいい。
「嫌だ! 行かないで!」
 スタンドを蹴った時、竜之介はバイクの前で両手を広げ、通らせないというように彼を見つめた。
 目には薄く涙が浮かんでいる。
「バイクにそんなことをしても無駄だ」
 車とは違い、その場でUターンができる。
「うしろには俺がいる」
 いつの間にかうしろにカウベルのマスターが立ち、同じように両手を広げて立っていた。
「何がしたいんだ、お前ら」
 彼は溜め息をついて、エンジンを切った。
 いざとなれば、足ででも逃げられるのだ。特に困ったとは思っていない。
「太郎さんに仇討ちを止めて欲しいんです」
 真剣な目で見つめられると、決意が揺らぐ。
「お前には関係ない」
 冷たく言い放つ。
 竜之介が傷ついたように顔を歪ませたが、彼も引き下がるつもりはなかった。
「関係あります。僕は太郎さんに犯罪者になって欲しくないです」
「お前の気持ちなんて、関係ないって言ってるんだよ」
 知り合ったのは一年前。そんな程度の付き合いで、説得されて止めるくらいなら、とっくの昔に忘れている。
 忘れようと努力した時期だってあったのだ。
 けれどできなかった。悔しさや憎さが薄れることなんかなかった。
「あの男を殺して、あの男と同じになるつもりなんですか」
 一生懸命な竜之介の言葉に、彼はわざとらしく笑った。
「もっともポピュラーな説得の仕方だな」
 竜之介は傷つき、顔を泣きそうに歪めた。
「その答えなら決まってる」
 彼は嘲笑うような笑顔を引っ込め、竜之介に顔を近づけた。
「あの男より堕ちてもいい。この手で殺せるなら」
 唇を戦慄かせ、竜之介は彼を掴んでいた手を離した。
「この手は炎の中で苦しみ、俺を逃がしてくれた両親に届かなかった。だから、あいつに向けるしかないんだ」
 炎は熱くなんかない。痛い。
 物が燃えるときには音がする。轟々と。
 そこまでは夢の中でも同じだ。
 夢の中では甦らないものもある。
 それは、夢から覚めたら思い出してしまう。
 ものの焼ける匂い。むせるような、匂い。
「二度と俺の邪魔をするな。俺のことなんか忘れろ」
「嫌だ……」
 涙に濡れた声。弱々しいながらも、拒絶を伝えてくる。
「忘れろ」
「嫌だ! 太郎さんが忘れても、僕は忘れない。僕が邪魔になるんなら、ずっと、ずっと、これからもずっと、邪魔をし続けるから」
 まっすぐに自分を見つめる強い視線。泣き腫らした目で、真っ赤な目で、それでも揺るぎなく、そらされることはない。
 逃げ出したくなる。
 いや、逃げ出していたのだ。この目から。
「どうやって邪魔するって言うんだよ。お前にできるわけがない。去年のクリスマスのような偶然が、もう一度起こるとでも思ってんのか」
 怖気づいた気持ちを隠すように、彼は顔を逸らした。
「あの男を刑務所に送る。二度と出られないようにしてやる」
 どうせずっと張り付いてやるとでも言うつもりかと思っていた彼は、竜之介の言葉がおかしくて笑ってしまった。
「どうやって」
「僕が告発します。裁判で証言します。あの男は一生刑務所から出られないだけの罪を背負う。もしかしたら死刑にできるかもしれない」
 そんな馬鹿な……。
 笑ってやろうと思ったが、声が喉に張り付いたように出てこない。
「あの男は僕の両親を殺した。交通事故に見せかけて。僕は……それを証言できます」
 彼はギラリと光る目で、竜之介を見て、そしてははっとまた笑った。
「無理だよ。子供の証言は、証拠能力に乏しいって、裁判じゃ聞いちゃもらえない。俺がそうだった」
 竜之介はゆっくりと首を振った。
「僕は両親が死んでから、長い間、ショックで喋れなくなっていました。記憶も混乱していて、頭の中で色んな出来事がごちゃごちゃになっていたんです。西脇さんが僕を施設で見つけてくれなかったら、今もそうだったかもしれません」
 一つ一つを思い出すように、しっかりと喋る。
「西脇さんが僕を引き取ってくれて、両親に代わって大切に育ててくれて、僕はだんだん思い出したんです。証拠があるんです」
「どうして……今までそれを出さなかった……」
 声が擦れた。
 怒りなのか、苦しみなのか、わからなかった。
「太郎さんは憎しみを忘れないことで生きていこうとした。僕は憎しみを忘れていた。忘れていた自分を憎むことで生きてきた。その違いを貴方は責めますか?」
 責めるのかと聞かれれば、責めたい気持ちでいっぱいだ。
 だが、今竜之介を責めるよりは、自分のやり方を押し通したい。
「だったら、どうしてお前は俺を止める。お前にだって、あいつは仇だろう。俺が殺ってやる」
「駄目です。あんな男のために、太郎さんの人生を無駄にして欲しくない。あの男への最高の仇討ちは、太郎さんが幸せに生きることなんですよ」
「もう、いいよ。竜之介。お前と俺は違うんだ。俺は、そんな風に考えられない」
 再びバイクに跨る。
「僕もやります。社会的にあいつを殺して、太郎さんを守るんだ」
「もう会うことはないな」
 エンジンをかける。
「また会います。僕は信じてるから」
 何を信じるというのだ。神か? 仏か? そんなもの、あってたまるか。
「太郎さん! 絶対に、太郎さんを止めますから!」
 喉を切り裂くような叫び声を背中に聞いた。
 肌を刺す風は、真冬の冷たさだった。




 ×××2007年 クリスマス・イヴ×××

 保釈のニュースが流れたのは、師走に入り、世間が慌しくなってきた頃だ。
 莫大な保釈金や、五人もの弁護団を雇う財力を、どのようにして作ってきたのか、彼は良く知っていた。
 あの男がのし上がるたびに、誰かが殺されてきたのだ。
 許されていいはずがない。
 男は監視の目はあるだろうが、彼の手の届かない場所から、掴み取れるところへ戻ってきた。
 彼はナイフを見つめ、迷いそうになる心を必死の思いで、決意へと戻す。
 やるなら今しかない。
『邪魔をします!』
 竜之介の声が頭の中に響き、彼はそれを振り払う。
 竜之介だって、24時間ずっとあの男にくっついてはいられないだろう。
「邪魔しないでくれ……」
 彼は祈るような気持ちで呟いた。

 クリスマスソングが賑やかに流れる夜の街で、彼は一人、ビルの暗闇に紛れ込み、その時を待っていた。
 平年より冷え込むという天気予報の通り、じっとしていると、足先から凍りついてしまいそうになる。
 爪先の感覚はほとんどない。
 ぞくりと寒さが足元から上ってくるのに、彼は音をたてないように足踏みをして堪えていた。
 ジャンパーのポケットに突っ込んだ右手の中には、ナイフが握られている。
 一年前、あの男を刺そうとして、果たせなかったときのあのナイフだ。
 あの男を刺すために買ったナイフだ。それ以外に使用するつもりはなく、今日までずっと彼と共にあった。
 一昨日、あの男は保釈された。
 彼はその映像をニュースで見た。
 保釈されてからイヴの今日まで、あの男は自宅を一歩も出ていない。
 だが、今夜は出かけるだろうと予想していた。
 クリスマスプレゼントを渡さないと大変な怒りようになると、男がバーで吹聴していたのだ。
 クリスチャンでもあるまいに。と彼は嘲笑った。
 男はまだ来ない。
 マンションのエントランスがよく見える場所で、彼はひたすらに待ち続けた。
 通りの向こうでは、竜之介が一年前と同じように、一生懸命ケーキを売っているだろう。
 あの時も結局は竜之介に邪魔をされたことになるのだ。
 眼鏡を弁償するだけのつもりが、ズルズルと半年以上も近くにいた。
 彼は竜之介を利用するつもりだったが、竜之介はまっすぐに彼を見てくれた。
 同じ境遇にありながら、竜之介は何故あんなにも純粋に生きてこられたのだろう。
 打ち明けられた話では、竜之介だって、精神的に不安定になり、かなり苦しんできたはずなのに。
 ……俺は駄目だ。
 俺には出来なかった。
 あの男に恨みをぶつけるためにしか、生きる意味を見出せなかった。
 身体がどれほど寒くなろうとも、あの男にナイフを突き立てるための右手だけは凍てさせるわけにはいかない。
 ポケットにナイフを入れたまま、右手を出して口元へ運び、はーっと息を吹きかける。
 気休めにしかならないが、それでも少しは温かさを感じられる。
 慌ててまたポケットへ手を突っ込む。
 女の部屋の窓に灯りがついて、彼ははっとして姿勢を正した。
 ベランダの柵で中までは見えないが、男を持つために部屋を温めているのだろう。
「そんなことはさせない」
 ぎゅっとナイフを握りしめる。
 ドク…ドク……と心臓の鼓動が大きくなってくる。
「早く来い……」
 俺の所まで。
「地獄に突き落としてやる」
 ぎりっと歯を噛み締めると、興奮のためか、寒さもほとんど感じられなくなってきた。
 表通りから住宅街へと続くこの道は、住民だけが通るせいか、人影もまばらである。
 そのせいか歩いてくる人の靴音が、妙に大きく響く。
 コツ、コツ、コツとまた一人、人影が見えた。
 彼は息をつめて、闇の中で更に黒く見えるその影を凝視する。
 規則正しく響く靴音は一人のもので、細身の身体で背が高く見えた。
 あの男ではないとわかり、彼はビルの陰の奥へと入り込んで身を潜める。
 影が通りを行き過ぎて、彼はそっと辺りをうかがった。
 そっと顔を覗かせた時、向こう側から車が近づいてきた。タクシーのようだった。
 タクシーは彼の前をスピードを落として通り過ぎ、マンションの前で止まった。
 代金を払う客の頭だけが見えた。
 車の室内灯が客の横顔を照らしだし、彼は頬を痙攣させた。身体に緊張が走り、折れるかと思うほどにナイフを握りしめた。
 タクシーのドアが開く。
 支払いを済ませた男が、車を降りてくる。
 一人……いや、二人だ。
 護衛のつもりだろうか。
 彼は帽子を深くかぶり、通りを横切った。
 二人が彼のほうを見た。
 彼は俯き加減で足早に近づいていく。
 タクシーが発進する。
 マンションのエントランスの明かりが、あの男をはっきりと浮かび上がらせてくれていた。
 護衛は危険を察したのか、男をマンションの中へと押しやろうとしている。
 だが、オートロックが邪魔をして、すぐには入れない。
 彼はポケットから右手を抜いた。きらりと光る銀色。
 男が何かを叫んでいた。
 彼も叫んでいる自分に気がついた。
 けれど何を叫んでいるのかはまるでわからなかった。
 驚愕に見開かれた目。
 彼を止めようとする護衛を避けられたのは、ただ執念の賜物だったのだろう。
 ナイフを振り上げていた。
 そのまま胸に突き刺してやる!
 彼は叫びながら、男に突進した。
「だめー!!」
 マンションのドアが開き、男はエントランスに引きずり込まれ、彼のナイフは男の上着を掠めただけで空を切った。
 勢いを殺すことができずに、彼は冷たい石畳に倒れこんだ。
 ガキッとナイフが石を削り、カランカランと飛んでいく。
 彼は慌ててナイフを拾おうとした。
「止めて! もう、止めてください!」
 彼の腕にしがみつく人がいた。
「止めるな! 退け!」
 竜之介は彼の腕を抱き込んだまま、首を左右に激しく振る。
 彼はあの男を捜した。
 男はマンションの中に入り、うろたえながらエレベーターに乗り込むところだった。
「竜之介! お前!」
 彼は悔しくて、竜之介に怒りをぶつける。
「邪魔をするって言いました! 何度でも邪魔します! 僕は、僕は、やっぱり貴方に犯罪者になって欲しくないんです。どれだけ太郎さんに憎まれてもいいんだ!」
 竜之介は泣いていた。
「諦めろ、高垣」
 転ぶ二人の上から、諭すような声が振ってきた。
 驚いて見上げると、あの男の護衛だと思っていたのは、刑事の山田だった。
「あんたは……」
「この坊主が、きっとお前は今夜、あの男を狙うだろうって言ってな。俺は護衛のようにしてくっつき、坊主はマンションの中で待っていたんだ」
「なんで……今日だと……」
「一年前、僕が邪魔をしてしまいました。あの男が保釈されてから、狙うのなら裁判が始まる年明けより前だと思いました。年内なら、この日しか考えられなかった」
 そんなにもわかりやすかっただろうか。
 彼はバカらしくなって、くっくっくっと喉を震わせ、あはははと大きな声で笑った。笑いながら、涙が零れて仕方なかった。
「お前に邪魔されて、ずいぶんケチがついちまった。一年前、ぶつかったまま放り出せばよかったんだ」
「それができない太郎さんだから、僕は止めたかったんです。太郎さんは、あんな奴と一緒の人間になって欲しくないんです」
 まっすぐな感情が怖い。
 そんな風に、まっすぐに育ってきてないのだ。
 どう受け止めればいいのかもわからない。
「被害者の同盟ができました。それぞれが証拠を持ち寄り、あの男を告発します」
「無駄だよ、どうせ」
「今までとは違います。あの男が今回捕まったことで、こちらに証言をしてくれる内部告発者もいます」
「坊主が全部連絡をつけてくれた。警察も検察も動く準備ができている」
 竜之介と山田が、彼の知らない情報を次々と披露する。
「だったらあんたらで勝手にやってくれ。俺には関係ない」
「太郎さんが僕たち被害者の代表です」
「……なんだって?」
「貴方は原告団の代表なんです…………高垣夢我さん」
 竜之介にフルネームで呼ばれ、彼は少年の顔を見た。
 澄んだ瞳、曇りのない表情。
「僕は一年前、ここで貴方に会えてよかったと思ってます。貴方に会うために、僕はここにいたんだと思えます。僕が貴方の邪魔をしてしまったのは、偶然じゃないと思います」
 真面目な顔で言われ、彼は目を背けた。
「僕たちと戦ってください。あの男を……死刑台に送ります」
 それまでの頼りなく、弱々しい竜之介の面影はどこにもなかった。
「いつの間にそんなに強くなったんだよ」
 夢我が呟くと、竜之介はまた泣き出しそうに顔を歪めて、無理にも笑った。
「それは、太郎さんが僕を捨てたからです」
 人聞きの悪い……。
 そう言おうと思った無我だったが、自分でも無意識のうちに手が伸びていて、泣き出さんばかりの竜之介の頭を胸に引き寄せていた。
 現実に引き止めてくれてありがとう。
 まだ言えない言葉だったが、気持ちは竜之介に伝わったようだ。
 竜之介は子供のように声を上げて泣き出した。




逆らえない偶然を人は運命と呼び、
運命の中で出会う偶然を人は呼ぶ……



彼は出会ってしまった
自分のただ一人の人に……

それは運命でも偶然でもなく……
ただ一つの……

奇跡




 XXX2007年 クリスマスXXX

誕生日おめでとうございます。といって竜之介がプレゼントを差し出した。
暖かい手袋は、凍える指先も、凍える心も溶かしてくれるだろう。

彼は一歩を踏み出す。
ずっと過去に向けてきた一歩を、未来に向けて。




        ■■■ 完 ■■■