SELENE

誘 惑

 

 

 京のアルバイトが今日で終わり、迎えに行った拓也はそのまま自宅へと恋人を誘った。
 招く言葉に、素直に頷く恋人があまりにも可愛く、拓也の頬が意図せずに緩む。
 本来ならば、京を自宅へと送り届けるのが筋なのだろうが、相変わらず家人は留守で、疲れた京の世話をしてくれるような人間は残念ながら居ない。それを幸いと思ってしまう自分に、拓也は内心苦笑した。
 やはり顔を見てゆっくりと話が出来る距離がいい。それだけではなく、愛しい人と触れ合う距離が欲しいという欲望が何よりも強かった。
 打ち上げで盛り上がる某所から、少々強引に連れ帰ってきてしまったものの、これで良かったのかと拓也にも少し不安はあった。だが、拓也の車に乗り込んだ瞬間、目に見えて緊張を解いた京を見れば、これが正解だったのだと良い意味で自分を納得させることも出来る。
 車の助手席でぼんやりしている京の姿からも、疲労が大きい事は充分伝わって来ていた。拓也にだけ解る疲れた顔を見れば、静かな場所でゆっくりと休ませてやりたいと考えるのは、恋人として正しい判断だろう。
「眠い?」
 信号待ちのタイミングで問い掛けると、京の頭が小さく左右に揺れる。
「無理しなくていい」
「無理っていうか、なんか……頭と身体が……」
「あぁ……」
 脳だけを長い時間酷使した場合、身体と頭が不協和音のような奇妙な感覚に囚われる事は拓也にも経験がある。
「じゃぁ、目を閉じてるだけでもいいから」
「……ん」
 言われるまま目を閉じた京だったが、車が走り出ししばらくすると、やはりまた周囲の景色を黒い瞳が追っている。
 まだ仕事の緊張感が抜け切っていないのだろう、疲労で尚白くみえる肌が痛々しい。少しでも労わってやりたくて、そっと京の髪を撫でてやると、甘えるように京の頬が僅かに擦り寄った。
 車の流れはスムーズで、特に何事もなく自宅へと到着したが、玄関の扉には鍵がかかっていた。
「あれ、出かけているのかな?」
 拓也は幾つかキーの付いたホルダーから自宅の鍵を選び出し、玄関の扉をあける。
「入って」
「こんにちは」
 招き入れる言葉に、静かな声が律儀に挨拶をする。
「母さん出かけてるのかな。勝也も居ないし……」
 なんとなく掛けた声に、京が首を傾げた。拓也を見つめる瞳が寝不足の為か紗をかけたように霞み、どことなく頼りない。
「眠そう」
 クスクスと笑う声に、京がゆっくりと首を振る。
「眠くない。大丈夫」
 起きていようとする頑な返事は、久しぶりに拓也に逢った為だろう。眠ってしまう時間を惜しんでいるようだ。
「紅茶、飲む? 京の好きなの淹れてあげる」
 無防備にコクリと頷く姿が普段の彼よりも数段幼く見えた。
「じゃ、僕の部屋に行っていて。ね」
「でも……」
 手伝うと言う京を、拓也はやんわりと押しとどめる。
「京に貸そうと思っていた本が僕の部屋にあるよ。先に上がって読んでて」
 そう言って拓也が小さな口接けを京の額に落としたとき、電話のベルが鳴った。キスの余韻を抱きしめることでなんとか締めた拓也は、京に微笑み自分の部屋へと視線で促す。受話器を手に取りながら、拓也は京を優しく見送った。

 



 名水を沸かせたお湯で丁寧に淹れた紅茶は、かなりの上出来に仕上がった。
 幸せそうに薫りを楽しむ京の顔を想像しながら、拓也は自室の扉を開ける。だが、部屋の中の恋人の姿を見つけると、今まで思考を支配していた上出来の紅茶の事も忘れ、思わず微笑んでしまった。
 カーテン越しに柔らかく射し込む夕焼けのオレンジが、部屋を暖かな状態に演出している。その中で、京が開いた本も読みかけのまま、無防備な姿でうたた寝をしていたのだ。
「京……」
 床に座り、ソファを背にして寝息を立てる京。拓也がそっと呼びかけても返事は無い。
 華奢なせいか、座ってしまうと更に実際の身長よりも小柄に見えてしまう京は、実際にも拓也の腕にすっぽりと収まってくれる。それが拓也にとって、京が唯一の半身であるという証のようで、たまらなく嬉しい。
「可愛い」
 穏やかな顔で眠る恋人を間近で見たくて、音を立てないよう拓也は紅茶の乗ったトレイをサイドテーブルへと置く。京の顔を覗き込むようにすると、気配で目覚めたのか、ゆっくりと黒い瞳が切れ長のまぶたから覗いた。
「ごめんね、起こしちゃった?」
 ぼんやりした表情のまま、緩慢に左右に揺れる髪。
「眠いならベッドで寝たほうがいい。ここじゃ疲れが取れないよ」
 僅かに乱れた髪を直してやりながら、京の膝の上の本を取り上げると、彼は不満そうに小さく首を振った。
「やだ……」
「本は逃げないよ? あとでゆっくり読んだらいい」
 本を取り上げられるのが嫌だと思った拓也は、そう言って宥めたが、京は幼い子供のように顔を顰める。
「……んん」
「疲れているだろう? そんな眠そうな顔して」
「眠……くない」
 どう見ても睡魔と闘っているようにしか見えない京だったが、なぜか言うことを聞かない。
「どうしたの?」
 拓也が問えば、なんでもないと言うように、また首を振る。まるで駄々をこねる子供のようで、拓也はその愛らしさに笑みを浮かべた。
 しばらく拓也の宥める言葉にむずがっていた京だったが、やはり疲れたのか、ふと動きを止めると小さなため息を吐いた。
「ほら。無理するから……」
 労わるようにそっと抱きしめると、細い指が拓也の腕に縋る。そのまま擦り寄るように京の頭が拓也の胸に密着し、その後ゆっくりと顔を上げた。
「拓也……」
 突然名前を呼ばれ、拓也は驚く。今までの幼い仕草と、絶妙に入り混じる艶のある声。
 薄く開いた唇は拓也のそれを欲しがっているように見える。何より普段は絶対に言おうとしない呼び捨ての名前。
「京……?」
「拓也」
 都合のいい聞き間違いではない、再び聞こえた柔らかな声。呼び込まれるように、口接けを交わしていた。
 甘い唇を味わうように啄ばみ、薄い舌を食むと、甘えた声が京の喉奥から漏れる。
「口、もう少し……そう」
「ん……」
 深く求め合う為に誘う言葉。応える身体がいつもより従順で、拓也はつい本気になりそうだった。
「もっと欲しいの?」
「うん……」
 朦朧としつつも拓也を欲しがる京に、いつもの羞恥は見えない。
 久々に触れる恋人の体温は何故かとても新鮮で、それだけに触れ合う肌の温度差が悔しい。
 馴染むようにもっと自分の傍に来て欲しいと、唇だけでなく額に頬に首筋に、拓也は愛撫と変らぬ口接けを落としていった。
 淡い声が甘く部屋に響き、拓也の身体を熱くさせる。
「京、可愛い」
 愛しさを言葉に変え、口接けの合間に伝えると、京の眦に薄っすらと涙が浮かんだ。
「う……」
 調子に乗りすぎたかと慌てる拓也。
「ごめん、嫌だった?」
「……」
「疲れているのに、ごめんね」
 危うく流れそうになる欲情を抑え、拓也が京を抱き上げベッドへと寝かせようとすると、また京は不満そうに眉を寄せる。
「どうしたの?」
 柔らかな毛布をそっとかけてやると、京は尚悲しそうな顔をした。
「眠く……な……い」
 キスで濡れた唇からやっと出てきた吐息の様な、声にもならない脱力した響きは、誰がどう聞いても眠いとしか取れない。
 拓也は少し困ったように、宥めるような口接けを京の頬に落とした。
「ねぇ京? 何日寝ていないの?」
「……」
 何かを答えようとした唇は、小さなため息を漏らしただけだった。
「ほら、喋るのも億劫なくらい疲れているのに」
「だ……て……」
 消え入りそうな声が、それでも違うと訴えてくる。
「大丈夫、ずっとここにいるから」
「……久しぶり…なのに……、あ……えたの」
 また泣き出しそうな声が聞こえ、拓也が慌てると、京の指先が拓也のシャツを掴んだ。
「ほし……い……」
「え?」
 今度こそ本気で聞き間違いかと思った。
 だが、懸命に見つめてくる黒い瞳は真っ直ぐで、身体を重ねている時の、夢中で拓也を欲しがっている時の物と良く似ていた。
「したいの……?」
 まさかと思いつつ問い掛けると、京は小さく頷く。
「……い…や?」
 求めてはみたものの、不安そうに震える声で問い掛けてくる姿が、拓也には愛しくてたまらなかった。
「そんなことある訳無いでしょう? いつだって僕は京を抱きたくて仕方ないのに」
 拓也の答えに幸せそうに微笑む京があまりにも可愛くて、拓也は彼が自分のものである嬉しさに、再び唇を奪った。
「京が……気持ちいいって思う事だけしてあげたい」
 首筋の薄い肌を唇で食みながら、拓也が優しく伝える。
「気持ちい……こと……?」
 吐息に溶けるような甘い声が聞き返す。
「そう。だから……僕の言うとおりにしてね」
「う……ん」
「可愛いね、京」
 満足を含んだ拓也の答えと共に、シャツのボタンが一つづつ外され、薄い胸が露になってゆく。
「京の声、沢山聞かせて欲しいから、我慢しちゃダメだよ?」
 脱がせる為に掌全て使い、京の肌を暴いてゆく拓也。
「んっ」
 拓也が触れた所から、白い肌がさっと刷毛で刷いた様に朱に染まり、そのまま淡く色を留める。
「京……綺麗、もっと、全部見せて……」
 緩いベルトを引き抜くと、あっさりとジーンズが京の脚から抜けていった。
 快感に酔う無抵抗の身体から、最後の下着を取り除く。
 痩せた腹部は仰向けになると浅く抉れたようになるが、淡い象牙色の肌は吸い付くように滑らかで、永遠に触れていても飽きない。細く括れた腰は決して女のものとは違うが、繊細な線を描く白い身体は拓也を誘うに充分だった。
「京、愛している」
 拓也は自らも全てを脱ぎ捨て、右腕で小さな頭を抱き込むようにして口接けると、京は応えるように腕を拓也へと伸ばしてくる。左手の指先で小さな乳首を弄ぶと、キスで塞がる唇から愛らしい声が漏れた。
 京が目尻を薄っすらと紅く染める。艶やかに濡れた唇が僅かに開き、何かを伝えようとしたが、声にはならなかった。
 焦らすためだけに、拓也は京の首筋に愛撫を与える。その度に京は快感に肌を染め、薄っすらと涙を浮かべた。
「どこが気持ち良いか教えて……?」
 京の手首を拓也は両手で捕らえ、誰もを魅了する完璧な貌を、京にだけに向けて惜しげもなく艶然と微笑む。容の良い唇から真っ白い歯が僅かに覗き、その隙間から紅い舌が現われたかと思うと、京の浮き出た鎖骨を象るようになぞった。
「は……ん、ん……」
 甘い声を上げ、ヒクリと跳ねる京の身体に、拓也は満足気に目を細める。
 鎖骨から腕の付け根、そして胸にある小さな淡色の突起へと、決して遠くは無い距離を、拓也はゆっくりと時間をかけ、柔らかな肌に紅い花を散らしながら辿ってゆく。他には何処にも触れずに。
「っ、………たく……や」
 堪えきれない声が短く上がり、見れば京は細い首を反らせ喘いでいた。 
「どうしたの?」
 解っていて聞く意地悪な恋人に、京は焦れた様に首を振った。
「そこだけじゃ……、や……」
「どこがいい?」
「あ……」
 言葉では言えなかったのだろう。京はまぶたをきつく閉じると、胸まで真っ赤に染め上げ、震えながらゆっくりと立てた膝を開き始めた。
「京……」
「っ……あ……! ちが……」
 拓也の僅かに驚きを含んだ声が耳に届いた瞬間、京の瞳に力が戻った。
 我に帰った細い身体が逃げるように膝を閉じ身を捩る。
「ダメだよ」
「……ゃっ、違……っ」
 逃がさないと引き戻され、艶やかな微笑みに見下ろされる形で組み敷かれる。
「ココ、触って欲しいの?」
 力強い拓也の両手で閉じたばかりの膝が割られる。まだ一度も触れられていないはずの京の中心は、既にほぼ形を整え、先端からは透明の蜜が珠を結び始めていた。
「ね、京? 『舐めて』って言ってみて?」
「や……、拓也……っ」
 信じられないという表情。助けを求めるように、京は拓也の名前を呼んだ。
「そしたらもっと……、今までに無いくらい気持ち良くしてあげる」
 羞恥に隠してしまいたい秘部に、拓也は軽く息を吹きかける。京のペニスが堪えきれないように小さく震えた。
「イヤ? 気持ち良くなりたくない?」
 拓也が指先でそっと触れただけで、京のペニスは、既に完全に勃ちあがってしまった。
 熱く脈打つ快感の徴を軽く握り締めると、極まった声が上がる。
「あ……、ね、ね……ぇ」
 朦朧としても頑なな京の壁が、今崩れようとしていた。拓也はもう一押しになるだろう、京の身体の奥に潜む蕾に、そっと指先で触れた。
「あぁ……っ!」
「京、どうして欲しい?」
「おねが……い、あ……、あぁ……」
「僕は京がして欲しいことだけしてあげたい」
 緩々と、ただ焦らすためだけに強い刺激は与え無いまま、拓也が京の秘部を虐める。
 その一言を、この清廉な恋人の口から言わせて見たい。
「このままでいいの?」
「あ……いや、……お願い ――な……めて……」
 羞恥が肉欲に負けた瞬間だった。自分が発してしまった言葉に愕然と涙を零す京。
「沢山舐めてあげるね」
 拓也の声が、やたらと嬉しそうなのが憎らしいが、喘ぐことしか出来ない京には、拓也が与える行為に嬌声を上げるしかない。熱い口腔で根元まで含まれた京のペニスは、散々焦らされただけに、2、3度吸われただけで、あっけなく弾けてしまった。
 はぁはぁと薄い胸を喘がせ、京の身体が脱力に落ちる。拓也はごくりと京の精を飲み干すと、満足そうに微笑んだ。
「もっと、気持ち良くしてあげる……」
「……ぇ あっ!」
 拓也は軽々と京の身体をうつ伏せにすると、腰を持ち上げた。
「え? な……に?」
 拓也の目の前には、まだ固く締まった小さな蕾が、密やかに息づいていた。
「ふふ、綺麗……」
 チュ……と、拓也がその部分にキスをすると、京の全身が大きく跳ねる。
「ダメ、い……やっ、そこ違……う」
「違わないよ…… 僕はここも触っていたでしょう?」
 逃げる身体を引き寄せ、そのまま襞を寛げる様に舌をゆっくりと這わせると、小さな悲鳴の後、途切れ途切れに京の吐息が聞こえ始める。じっくりと念入りに可愛がると、強情だった入り口が僅かに開き、締め付けるように収縮を繰り返し始めた。
「は、ぁあ……っ」
 自分を支えきれなくなった京の腕が、シーツに崩れ落ちてゆく。
 拓也に都合の良すぎる体勢に更なる満足を求め、舌先を熱い内部に潜り込ませると、泣きの悲鳴があがった。
「だ……めっ!」
「どうして? 誘ったのは京だよ……?」
 ぴちゃぴちゃと耳を塞ぎたくなる様な音が、何処から聞こえてくるかと解るだけに、京は羞恥で気が狂いそうだった。
 なによりも恥ずかしいのは、それに反応してしまう自分の身体。駄目だと思いながらも、拓也の舌が自分の中へと潜り込んで来る度に、一度放出した熱が再び張り詰めた形として整ってゆく。
「気持ちいい?」
 問われれば、京にはただただ頷くしか出来ない。
 愛舌で濡れた部分は熱をもち、唾液で妖しく光っている。拓也はだいぶ素直になった蕾に、長い指をゆっくりと挿し込んでいった。指先に触れる柔らかな固まりをゆっくりと押すと、華奢な背が大きく震え、寛げた入り口がきつく締まる。
「あああ……」
 立て続けの快楽に、京の髪が激しく揺れる。
 口で達かせた場所を扱くようにすると、再び確りと存在を主張した。
「ああっ! 俺だけ……なんて、やぁ……ぁ……」
「じゃぁ、僕も気持ち良くさせてくれる……?」
 京の肌に触れた瞬間から、とっくに灼熱と化していた欲望を、拓也はこれから一つになるための愛しい入り口へと先端を擦りつけた。
「んっ、あ……、っ」
「京が許してくれないと、僕は入れない」
「あ、や、もうやぁ。 挿れて……、拓也、挿れて…… お願い……っ」
 快楽に負けた京の嬌態に、拓也は嬉しさの眩暈を起こしそうだった。
「京…… 可愛すぎ」
 拓也自身、呆れるほど硬く反り返ったペニスを、きつく締まった小さな口へと宛う。京が合わせる様に息を整えるのが解った。
「いくよ」
 ゆっくりと押し開き、狭く熱いものに包まれてゆく感触。何度経験しても今、この時の結合が一番良いと思える快感だった。
「あ……あ、ああ」
「京、京…… 気持ちいい」
 背後から交わる形で根元までしっかりと納めると、拓也は京を力強く抱きしめた。
 遮る物も無く触れ合う肌が二人の温度差を無くし、一つに蕩けてゆくようだった。
 細い腰から括れた腹部を撫で、そして愛しい熱へと愛撫を加える。引き抜く腰に合わせ根元を責め、深く抉る度に先端を弄んだ。
「も、だめ、い……、イク……」
 拓也の分身が京を深く求める。
「京、まだ早いよ?」
「い……かせて……拓也……っ」
「ダメ」
 はちきれてしまいそうな京をきつく握ると、限界を訴える悲鳴があがる。繋がったまま拓也は京を引き起こし、向かい合わせの形になるよう細い身体を廻した。
「ああ……っ!」
 極まったように京が激しく首を振る。押し倒すなり、拓也は細い足首を高く持ち上げ大きく開き、京の身体へと激しく出入を繰り返す欲望の塊を充足感と共に見つめた。
「すごいよ……京」
 背筋に震えるほどの快感が走る。
「拓……也……、も……俺……っ」 
 絶頂を迎えようとする京の身体が、拓也を追い詰める。
「京、一緒に……」
「ん、うん…… …………!! ぁあっ……っ!!」
「京……!」
 熱いと感じていた京の体内よりも、もっと熱の高い飛沫が彼の中へと放出された。

 

 


「大丈夫?」
 拓也の静かで優しい声に、京は小さく頷く。
 激しい欲情は去ったものの、離れるのが惜しい二人は、自然に抜け落ちるまでと、そのままで居た。
 名残惜しむように、拓也が緩々と腰を動かすと、繋がった場所から放ったものが溢れてくる。
「あ……、や、も……無理」
 ピクンと身体を反応させながらも、京は少し辛そうだ。
「解ってるよ」
 でも、僕を離さないで締め付けているのは京だよと、拓也はクスクスと笑う。
 振動や僅かな余韻にも反応してしまう敏感な身体をどうする事も出来ず、京は恥ずかしさに頬を染めた。
「でも……、気がついたら……って、……俺、ホントに……?」
 疑いの目で見つめる京に、拓也は複雑な顔で笑った。
 やはりあれは寝ぼけていたのだ。必死で誘う姿は大層可愛らしかったが、正気の彼に期待できるものではないのだと、かなり残念だと思わざるを得ない。
「誘ったのは京。僕はちゃんと寝なさいって言ったのに」
「……むー」
 拗ねた京が横を向く。
 そんな顔も可愛かったが、やはり自分を見てもらいたくて、拓也は京の瞼にキスをする。
 繋がったままでは身動きも出来ず、京は軽く睨むように拓也の瞳を見つめた。
「可愛い京。愛しているよ」
「また可愛いって……言う」
「じゃぁ、綺麗」
「……」
 どうしてか不満そうな京に、拓也がそっと囁く。
「愛しているよ、京」
 穏やかな美声に、京がほんのりと頬を染める。
「拓也さん……、キス……欲しい」
 薄く開いた桜色の唇に誘われ応えながら、拓也が誓ったこと。



 
バイト明けの京を迎えに行くのは、何があっても自分だけ。


 他の誰にも譲る気は無いらしい。

 

 


END



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