SELENE

 

     Platinum


『だから、明後日。ね? 泊まる用意をしておいで……』

 耳の奥に残る拓也の声に、京は独り部屋の中、真っ赤になって俯いた。
 幾度も夜を過ごしていたとしても、改めてそう言われてしまえば、京は湧き起こる恥ずかしさに身を持て余してしまう。
 しかも、時間が経てば経つほど恥ずかしさはつのって。
 いつになっても物慣れないのは、快感に乱される、あられもない自分の姿を思い出してしまうからだと解っている。
 でも、その優しく意地悪な手を待つ自分も確かにいて。
 京は、拓也の肌の温もりを思い出し、自分がとてつもなく浅ましい人間になってしまったと恥じ入り、戸惑うように誰もいない部屋の中で視線を泳がせた。
「・・・あぁ・・・もう」
 振り切るように頭を小さく振り、目の前のものを確認する。
 歯ブラシ、タオル、次の日の着替え・・・指折り数えてみても、宿泊に必要な物などたかが知れている。
 京は、ちんまりと纏まった「お泊まりグッズ」を眺め、一つ小さなため息を吐くと、気を取り直して部屋を出た。

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 拓也の指が、時折掠めるようにピアスに触れながら、わざとくすぐるように京の髪の一房を弄んでいる。
 他愛の無い話と、触れ合う温もり。
 寄り添ったまま過ごす、こういう時間が何よりも幸せだと京は思う。
 それに、拓也の部屋は落ち着く。
 部屋の持つ雰囲気が拓也そのものだからだろうか、初めて通された時からそう感じた。
 灰味がかったシックなブルーと深い蒼。そして透明感のある素材で作られたファニチャーやファブリックがセンス良く置かれ、照明を絞ると、まるで海の中にいるような不思議な安心感がある。
 多分同じくらいの広さに違いない、勝也の部屋とはまったく違った雰囲気。行き慣れた勝也の部屋もとても居心地は良いが、どちらが好きかと問われれば、自分はやはり拓也の部屋が好きだ。
拓也の部屋。
 京はただそれだけで嬉しいのかもしれない。
 ゆったりと拓也のぬくもりに酔いながら、とりとめの無い思考を漂わせていた京は、不意にある事を思い出した。
「あ……」
「どうした?」
 つい漏らした声に、優しく覗き込んでくる拓也の瞳。
 京は困惑を隠せず視線を逸らし、持ってきた自分の荷物へと手を伸ばした。
 だが、やはり……と焦る。
「ん……」
 本当の意味で『無い』とは言えなくて。だがどう言えば良いだろうと、京は上手い言葉も見つけられず俯いた。
 故意でなくても、『持ってこなかった』と言うには、あまりにも京にとってあざと過ぎたのかもしれない。
「いやなの?」
「え?」
 一瞬何の事を指しているか解らなかった。だが次の瞬間思い当たって真っ赤になる。
 京は小さく「違う……」と答えた。だが、どうしようかと悩む事を止められない。勝也の部屋に行けば必ずある物なのだから。
 京自身、今、拓也のぬくもりからは離れがたく、もう少しと願う甘えが気持ちを包み込む。ましてや、拓也の手が自分の顔に触れ、近づいてきたら、キスから先へ流されてゆくのは自分でも解りきっていて。
 もっと一緒にいれば益々離れるのが辛くなる。少しでも離れたくない気持ちはいつでも持っている。だから京は振り切るように言った。
「勝也の部屋に行ってくる」
―――だが、その言葉がこんなに拓也を怒らせることになるとは思わなかった。
 京では到底敵わない力で押さえつけられ、いくら「パジャマを忘れたから取に行くだけだ」と白状しても解ってもらえない。
 ベットへと強引に押し倒され、強い瞳が京を捕らえる。
「必要ないよ、京は今夜、ずっと裸で過ごすんだから」
 その時の京の気持ちをどう説明すれば良かったのだろうか。
「怖いの? 僕が」
 苦し気な拓也の声に、京は自分が怯えを纏っていた事を知る。
 そして己の恐怖が希求が紙一重だという事も。
 京のなにもかもが、拓也の全てで乱されてしまっても、痛みも恥ずかしさも押し流してしまう程、拓也を欲しいと願う心があるのだと。
 上辺に流されていた自分の感情。それが拓也にこんなに悲しい瞳をさせている。
 拓也のこの瞳に偽ってはいけない。間違ってはいけないと。
「……怖くない」
 紡ぎ出した言葉は、聞き取れないほど掠れていて。
 だが、伝えなければならない。自分は『拓也』が欲しいのだと。
「拓也さんになら、何されてもいい。……怖くない」
 偽り無き本心を、愛する人に。
 京は拓也に全てを任せ、瞳を閉じた。
 そして。
 京に与えられた物は・・・

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 愛する人に抱かれ満たされてゆく時間。
 身体を貫く灼熱が愛しくて、歓喜に震えた。
 誰にも渡さないと強く抱きしめる腕に、自分もそうだと伝える力になたくて。
 愛していると囁く声が、空気に溶けるのさえ惜しくて、唇をねだった。
 抱かれることに喜びを感じる自分に、今だ戸惑いは拭えないが、拓也を受け入れ、感じることが出来るこの身体が嬉しい。
 それだけでいい。
 拓也の為に自分はいるのだと、そう思える程に。

 激しい情交の中、幾度も互いの薬指に光るリングに口接けた。
 交わしたばかりの変わらぬ約束。
 生まれた日への慶びに、二つ目の贈り物。

                                       END

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